負けたー。
最悪負けても大丈夫な唯一のテスト、
それでも是非勝ちたかったのに、
問題用紙見て死んだ。
こりゃあ、いくら勉強しても駄目だったわと悟り、
それでも一応時間いっぱい虫食いにしたけど。
良いことなさすぎじゃないかって。
あとのテストは強敵ばかり。
うちひしがれてもう時間ない。
どうしよう。どうしよう。
気付けばあの人のことばかり考えてしまう。
忘れないようにしようとしても
なにもかも忘れてしまうのに、
あの人のことは、精一杯意識して忘却しようとしてるのに、
はっと気づくと自然とあの人のことを
いつもいつもずっと考えてしまう。
たぶん、それでも意識で打消し続けてれば、
やがて忘れきることもできるだろうけど、
まあそれはそれで悲しいね。
それでも一生の傷になることは確かだ。
歳をとるというのはそういうことなのだろうか。
せつないばっかりじゃないかと。
どうしようもない孤独、気持ちのおさまりがつけられず、
あまりのじぶんのみじめさ、だめさどうしようもなさに、
どう闘えばいいんだろうとわからなくなった。
それでも、それでも何もしないで耐えるしかできない。
精神の安定がとれなくなったとき、
狂うんだろうか。その頃にはもう手遅れだが。
ぼくは自分が狂人であることを病理学的に承認してはならない。
それはあの長かった人間の精神史に対する冒涜だ、
てなことを吉本さんが言ってた。
おう、やってやろうじゃないかと、思おうかなと。
誰にも会いたくないし、ひとりにもなりたくない、
そんなときどうしたらいいんでしょうか。
ひとりだ。まじでひとりだ。やばい。
でも耐える。
まだ耐えられてる。
崩壊するかどうか、わからん。
あの人に何でもいいからメールしたい。
でもそれもしない。
親とも連絡を断った。
誰にも頼らん。
まあ、余裕はないんだけど、
それでもむりやり余裕に考えると、
面白さも、ないことはないんだよ。
今の状況って、今後しばらくは味わえないと思う。
もしかしたら一生、いや、いつだって孤独にはなれるけどさ。
こんなにひどい、救いのない状況だけど、
面白いといえば面白い。
そのうちそんなこともいえなくなるかな。
確かに今、苦しんでる。
今が一番苦しいかもしれない。
もっと苦しかったこともあったはずだが、
ひとりぼっちである苦しみが、
やっぱりほんとは一番の苦しみなんだろうな。
だけど、加害意識や被害意識や、恥や罪にさいなまれるくらいなら、
ひとりであることの楽さって何物にも代えがたいものでもあると思う。
でも、どうしようもなく恥ずかしかったり
悪いことをしたりしてしまうことがあっても、
人と人との関係はかけがえがなくて、
そういうことを、今しっかりと思い知ろう。
ずっとひとりになりたかった。
もうそれにもさよならをしなければならない。
結局、いろんなことを面倒がって、気に病んで、
逃げてきたんだよね。
それは半分わかってたけど、やっぱそうだなって落ち込んで、
どうしようもない気持ちで家路についた。
だめなのはわかるけど、それで到底肯定できそうにない自分を、
どうはげましてやればいいのか、途方に暮れて帰った。
もうやだよ、誰か助けてよ、誰か肯定してよ、なぐさめてよ。
悲しくて悲しくて苦しくて辛くて、
倒れそうなのに、それでも意地を張ってしまうのよ。
ぼくの孤独はほとんどリミットに耐えられる
ぼくの肉体はほとんど過酷に耐えられる
ぼくが倒れたらひとつの直接性が倒れる
もたれあうことを嫌った反抗が倒れる
吉本さんの小さな群への挨拶という詩の一節。
詩に出会ってしまったから、
徹底はできなくとも、いつも胸にいだいてる。
あのときつらかったなぁって、
しみじみと美味しいお酒を飲める日があったらいいな。
そんな日がたまにあったらそれでたくさんだ。
それにしてもさ、ちょっとでいいのにね。
ちょっと救いがあったら、それでご飯何杯でも食べれるのに。
むこう数週耐えられるのに。
なんにもないんだもん。
よくもまあ生きてるわと我ながら思う。
下手すりゃ盛大に転倒する崖っぷちのなかで、
でも未曽有の孤独な状態の今を楽しめたらなと思う。
詩と、絵と、音楽。
どれも捨てられない。
全部かかえて生きるしかないんじゃないかな。
しっかりとコンスタントに創作したい。
つくりながら生きていきたい。
そのためにどうするか。
どこかグループに入りたいなとも思う。
ひとりでやるのもいいけど。
交流はあったほうがいいよね。
そういう文化に全然ふれてこなかったからなあ。
おれ、ほんとに未熟で未発達でしかも腐りかけてるけど、
たくさん頑張って頑張って頑張ったら、
ファンだと言ってくれる人が少数だけど出てきてくれると思う。
おれは原石をもってるぞという思いは、
勘違いかもしれないけど、おれとしては確信を持ってる。
磨けなきゃただの石以上に邪魔な代物でしかないけどな。
やっぱ自分には才能なんかないのかなと、
何度もくじけそうになったけど、
足りないのはいつも努力のみで、
やっぱり、なんらかの、才能とは言いたくないけど、
光るものは持ってるんだと、自分で言っていいと思う。
もう、言っちゃおうかなって。そう思っていいんじゃないかと
最近思うんだよね。
才能あると思い込んでなにもしないやつが
最も愚かで駄目で無能だと思うけどね。
今のおれはそれです。
まずは試験勉強しないと。
とりあえず創作への思いは一旦忘れるしかない。
今はほんとに、すべてを断ち切って、
勉強しなきゃいけない。
じゃなきゃ死ぬんだよ。いやあ、死にはしないけどさ。
ほんとにがんばらなきゃいけないのに、
誰も助けたり目をさまさせたりしてくれない。
そこに自分を逃がしてしまった。
自分で自制して、やっていかなきゃいけないんだ。
それはおっかないことだし、
普通の人でも難しいことなのに、
だらしない超怠け者で、どうしようもない退廃を経験して、
その味を知ってしまったような人間が、
さて自分を律することができるのでしょうか。
それでもやらなきゃいけないし、
誰もアドバイスとかしてくれないし、
逃げても誰も怒ってくれない。
そんななかでやるんだよ。
やるしかないんだよ。
そうなっちゃったんだから。
意地になって、苦しみに自分から挑む覚悟を持とう。
なんだかんだ言って、受動的な苦しみはそれはもう
たっぷりと味わってはいるけど、
自分から突入していくような苦しみは
全然なってない。逃げまくってる。
それが課題か。
ちゃんとしよう。苦しみに耐える意志を持ち、
逃げずに、極限まで逃げずに耐えていこう。
嘘にならないように、言うは易し、
大事なのはちゃんと行動に移せるか。
とにかく手を動かせるか。
そうそれから、今日ふと気づいたことがあったんだった。
前に一回やってみようと思ったことは、
とにかく目を見開いたり口角を上げたり、
気合を入れて脳を活性化させる意識をして、
とにかく元気を出そうと意識し続けようとつとめること。
効果がないことはないのだが、
長続きしないよなとは思ってた。
ここぞというときにはいいと思うんだけど、
持続することが大切なんだよね。
静かに自分の胸に手を当てて、温めるということ。
自分の手で自分の心を守ること。
守らなくてもいい、添えるだけでいい。
欲しいものはあの人だけじゃなかった。
自分自身を見失っていたなと思う。
あの人と、自分のふたつが必要だった。
静かに自分に手を添えて、
それはやさしく、しかし決して誰にも引きはがせないほど
力強く、意志を持って自分をつつむべきだ。
それはたぶん、持続性のある心掛けかもしれないなって。
でもね、心掛けというもの自体、すぐ忘れがちになるのだが。
苦しんだ分、それを癒すような芸術を生み出したいな。
やさしさを持ちたいな。
それだけが希望のような気がするんだよね。
そんな芸術をつくれたらむくわれる。
おれはおれの感性で、おれの味わったものを転写させたい。
もう日付が変わっちゃう。
明日から、忍耐の日々にしようと思う。
すぐには変われないかもしれないけど、
自分のルールを変更することは可能だと思う。
いやー、ほんとにひとりぼっちだ!
でもそれでいいんだ!
しっかりと味わおう!
最悪負けても大丈夫な唯一のテスト、
それでも是非勝ちたかったのに、
問題用紙見て死んだ。
こりゃあ、いくら勉強しても駄目だったわと悟り、
それでも一応時間いっぱい虫食いにしたけど。
良いことなさすぎじゃないかって。
あとのテストは強敵ばかり。
うちひしがれてもう時間ない。
どうしよう。どうしよう。
気付けばあの人のことばかり考えてしまう。
忘れないようにしようとしても
なにもかも忘れてしまうのに、
あの人のことは、精一杯意識して忘却しようとしてるのに、
はっと気づくと自然とあの人のことを
いつもいつもずっと考えてしまう。
たぶん、それでも意識で打消し続けてれば、
やがて忘れきることもできるだろうけど、
まあそれはそれで悲しいね。
それでも一生の傷になることは確かだ。
歳をとるというのはそういうことなのだろうか。
せつないばっかりじゃないかと。
どうしようもない孤独、気持ちのおさまりがつけられず、
あまりのじぶんのみじめさ、だめさどうしようもなさに、
どう闘えばいいんだろうとわからなくなった。
それでも、それでも何もしないで耐えるしかできない。
精神の安定がとれなくなったとき、
狂うんだろうか。その頃にはもう手遅れだが。
ぼくは自分が狂人であることを病理学的に承認してはならない。
それはあの長かった人間の精神史に対する冒涜だ、
てなことを吉本さんが言ってた。
おう、やってやろうじゃないかと、思おうかなと。
誰にも会いたくないし、ひとりにもなりたくない、
そんなときどうしたらいいんでしょうか。
ひとりだ。まじでひとりだ。やばい。
でも耐える。
まだ耐えられてる。
崩壊するかどうか、わからん。
あの人に何でもいいからメールしたい。
でもそれもしない。
親とも連絡を断った。
誰にも頼らん。
まあ、余裕はないんだけど、
それでもむりやり余裕に考えると、
面白さも、ないことはないんだよ。
今の状況って、今後しばらくは味わえないと思う。
もしかしたら一生、いや、いつだって孤独にはなれるけどさ。
こんなにひどい、救いのない状況だけど、
面白いといえば面白い。
そのうちそんなこともいえなくなるかな。
確かに今、苦しんでる。
今が一番苦しいかもしれない。
もっと苦しかったこともあったはずだが、
ひとりぼっちである苦しみが、
やっぱりほんとは一番の苦しみなんだろうな。
だけど、加害意識や被害意識や、恥や罪にさいなまれるくらいなら、
ひとりであることの楽さって何物にも代えがたいものでもあると思う。
でも、どうしようもなく恥ずかしかったり
悪いことをしたりしてしまうことがあっても、
人と人との関係はかけがえがなくて、
そういうことを、今しっかりと思い知ろう。
ずっとひとりになりたかった。
もうそれにもさよならをしなければならない。
結局、いろんなことを面倒がって、気に病んで、
逃げてきたんだよね。
それは半分わかってたけど、やっぱそうだなって落ち込んで、
どうしようもない気持ちで家路についた。
だめなのはわかるけど、それで到底肯定できそうにない自分を、
どうはげましてやればいいのか、途方に暮れて帰った。
もうやだよ、誰か助けてよ、誰か肯定してよ、なぐさめてよ。
悲しくて悲しくて苦しくて辛くて、
倒れそうなのに、それでも意地を張ってしまうのよ。
ぼくの孤独はほとんどリミットに耐えられる
ぼくの肉体はほとんど過酷に耐えられる
ぼくが倒れたらひとつの直接性が倒れる
もたれあうことを嫌った反抗が倒れる
吉本さんの小さな群への挨拶という詩の一節。
詩に出会ってしまったから、
徹底はできなくとも、いつも胸にいだいてる。
あのときつらかったなぁって、
しみじみと美味しいお酒を飲める日があったらいいな。
そんな日がたまにあったらそれでたくさんだ。
それにしてもさ、ちょっとでいいのにね。
ちょっと救いがあったら、それでご飯何杯でも食べれるのに。
むこう数週耐えられるのに。
なんにもないんだもん。
よくもまあ生きてるわと我ながら思う。
下手すりゃ盛大に転倒する崖っぷちのなかで、
でも未曽有の孤独な状態の今を楽しめたらなと思う。
詩と、絵と、音楽。
どれも捨てられない。
全部かかえて生きるしかないんじゃないかな。
しっかりとコンスタントに創作したい。
つくりながら生きていきたい。
そのためにどうするか。
どこかグループに入りたいなとも思う。
ひとりでやるのもいいけど。
交流はあったほうがいいよね。
そういう文化に全然ふれてこなかったからなあ。
おれ、ほんとに未熟で未発達でしかも腐りかけてるけど、
たくさん頑張って頑張って頑張ったら、
ファンだと言ってくれる人が少数だけど出てきてくれると思う。
おれは原石をもってるぞという思いは、
勘違いかもしれないけど、おれとしては確信を持ってる。
磨けなきゃただの石以上に邪魔な代物でしかないけどな。
やっぱ自分には才能なんかないのかなと、
何度もくじけそうになったけど、
足りないのはいつも努力のみで、
やっぱり、なんらかの、才能とは言いたくないけど、
光るものは持ってるんだと、自分で言っていいと思う。
もう、言っちゃおうかなって。そう思っていいんじゃないかと
最近思うんだよね。
才能あると思い込んでなにもしないやつが
最も愚かで駄目で無能だと思うけどね。
今のおれはそれです。
まずは試験勉強しないと。
とりあえず創作への思いは一旦忘れるしかない。
今はほんとに、すべてを断ち切って、
勉強しなきゃいけない。
じゃなきゃ死ぬんだよ。いやあ、死にはしないけどさ。
ほんとにがんばらなきゃいけないのに、
誰も助けたり目をさまさせたりしてくれない。
そこに自分を逃がしてしまった。
自分で自制して、やっていかなきゃいけないんだ。
それはおっかないことだし、
普通の人でも難しいことなのに、
だらしない超怠け者で、どうしようもない退廃を経験して、
その味を知ってしまったような人間が、
さて自分を律することができるのでしょうか。
それでもやらなきゃいけないし、
誰もアドバイスとかしてくれないし、
逃げても誰も怒ってくれない。
そんななかでやるんだよ。
やるしかないんだよ。
そうなっちゃったんだから。
意地になって、苦しみに自分から挑む覚悟を持とう。
なんだかんだ言って、受動的な苦しみはそれはもう
たっぷりと味わってはいるけど、
自分から突入していくような苦しみは
全然なってない。逃げまくってる。
それが課題か。
ちゃんとしよう。苦しみに耐える意志を持ち、
逃げずに、極限まで逃げずに耐えていこう。
嘘にならないように、言うは易し、
大事なのはちゃんと行動に移せるか。
とにかく手を動かせるか。
そうそれから、今日ふと気づいたことがあったんだった。
前に一回やってみようと思ったことは、
とにかく目を見開いたり口角を上げたり、
気合を入れて脳を活性化させる意識をして、
とにかく元気を出そうと意識し続けようとつとめること。
効果がないことはないのだが、
長続きしないよなとは思ってた。
ここぞというときにはいいと思うんだけど、
持続することが大切なんだよね。
静かに自分の胸に手を当てて、温めるということ。
自分の手で自分の心を守ること。
守らなくてもいい、添えるだけでいい。
欲しいものはあの人だけじゃなかった。
自分自身を見失っていたなと思う。
あの人と、自分のふたつが必要だった。
静かに自分に手を添えて、
それはやさしく、しかし決して誰にも引きはがせないほど
力強く、意志を持って自分をつつむべきだ。
それはたぶん、持続性のある心掛けかもしれないなって。
でもね、心掛けというもの自体、すぐ忘れがちになるのだが。
苦しんだ分、それを癒すような芸術を生み出したいな。
やさしさを持ちたいな。
それだけが希望のような気がするんだよね。
そんな芸術をつくれたらむくわれる。
おれはおれの感性で、おれの味わったものを転写させたい。
もう日付が変わっちゃう。
明日から、忍耐の日々にしようと思う。
すぐには変われないかもしれないけど、
自分のルールを変更することは可能だと思う。
いやー、ほんとにひとりぼっちだ!
でもそれでいいんだ!
しっかりと味わおう!