今日も、ひどかったかな。
どうにもならない。
明日バイト行って、様子を見る。
ほんとに腐りきってる。
でも、まだ生きてる。
まだ呼吸は続いている。
うまく言い当てられてるかはわからないが、
心構えの仕方がなんとなくわかった気がする。
吉本さんが、社会としての自己と自己としての自己は
分離可能で、わけて考えられるのだ、
と言ってて、それと同じことだと思う。
いろんな言い方で言えると思うんだけどね。
例えば、鎧、アーマーを作ること、とも言える。
自分を守らなきゃいけないということ。
なんかね、そんなこともわかってなかったのって
言いたくなるよね。そして泣きたくなるね。
人からの指摘ってのは、
そのアーマーをうまくつくれてませんよって指摘だと思う。
鎧は生身からつくられているけど、
自分とは別のものなんだと思う。
それをどうこう言われても、
自分そのものとは関係がない。
それを心で受けてしまうのは子どもなんだろう。
しかし作る責任はあるのかもしれない。
製作者としての責任。
そして自分自身もまた変えていけるのかもしれない。
それと、変えようのない領域もあると思う。
だから社会としての自己と、自己としての自己と、
もうひとつ、不変としての自己があるのではないかと思った。
それは絶望にもなりうるけど、
それが自分の根拠にもなると思う。
まあ、
そんなようなことを考えながら、
くさりにくさっていました。
起き上がれなくてしょうがなかった。
でもひとつ思ったのは、
そこで諦めずに、起きようと自分に働きかけ続けることと、
機がくるのを待ち続けることだ。
やだ。
っていう状態が揺らぐ瞬間を待つこと。
じっと待っていれば機は来ると思う。
調子が悪い時はとにかく気長に待つことだね。
焦ってしまってなかなかそうできないんだけど。
あと、ふと思って、やっぱ勇気が出ないんだけど、
もっと自意識を肥大化させたっていいんじゃないかなぁ。
調子に乗って思い上がることも、
間違ったことだけど、間違うことが間違いかはわからない。
失敗を恐れて萎縮するより100倍マシなんじゃなかろうか。
間違って叱られたほうがほんとはいいんじゃないかな。
そんなことを言うと、
まるで今は間違ってないみたいになるけど、
ちゃんと間違ってるんだよね。
どの道間違うなら、もっといい間違い方があるんじゃないか。
しかし勇気が出ないんだなぁ。
それでも、そういう発想を持つことは
小さな一歩かもしれない。
一歩どころか、じりりと数ミリ足を前に動かす程度だけど。
それから、自分の持ってる関係ってなんて希薄なんだろうと思う。
普通に生きてれば自然とつくれる関係があると思うんだけど、
自分の気質と無反省な生活のせいだろうか、
ほんとに希薄でしょうがないよ。
どうしてこうなったんだろうなぁ。
思ってるより闇は深いのだろうか。
努力する元気が全くないんだよね。どうしようね。
おれってなんなんだろうね。
まさかこんなに腐るとは思わなかったのよ。
せっかく吉本さんに出会ったのになぁっていつも思うんだよ。
作品作りしようとしたって、
今はほんとどうしようもないものしか作れない。
いい加減な仕上げに自分の人間性が出てしまってる。
駄目なやつだというのが作品から伝わっちゃう。
逆に、作品を磨くことで自分も磨かれていくのかもね。
だからがんばれよって思うんだけど、
気力がまるでないんだ。なんで?なんでそんな無気力なの?
どうして動けない?
せめてふつうに立ち上がって人並みの生活をしてくれ。
なんでふつうに立つことすらできなくなった。
だけど無意識では、こうして堕落することをずっと夢見てた。
ずっとこうして堕落したかった。
良い循環をつくれなかったんだろうな。
強制力の働く場所だと、おれはけっこうがんばれる。
ただ、その分その夢の願望が強くなるし、
反抗心が強いんだよね。
なるべく逃げないようにとは思うんだけど、
いざチャンスを見つけてしまうとふと逃げちゃう。
そりゃあ誰でも休みたいときはあるからね。
明日からまた、がんばれるといいな。
躓く可能性も大だけどね。
こうやって書いていくしかないかなぁ。
パソコンのタイピングって好きだな。
頭が真っ白でもカタカタやってれば
何かはかけると思う。
真っ白なときなんてあまりないな。
いつももやもやして、
それが不意に晴れるときがあって
そんなときはうれしくてしょうがない。
なにげなくタイプした一行に自分ではっとしたりして。
昨日今日とほんとに腐ってしまったが、
それがずっと続くわけでもないだろう。
こういう日も自分には必要なのだ。
働くようになったらそうも言ってられないね。
そしたらそれなりにどうにかするすべを見つけよう。
今の幼稚な子どもの自分にはこんな無駄な日も必要なのだ。
しかしまぁいつになったら成長できるのかね。
情けないけどこれが現状だ。
どうなろうが明日も生きるだろう。
うまくいくかななんて考えるのもやめたいな。
自分がやりたいことをいかに果たすかだけ
考えてればいいんじゃないかな。
あと、もやもやに対して少しでも自分なりに答えを出せたら。
それじゃ、また明日。
どうにもならない。
明日バイト行って、様子を見る。
ほんとに腐りきってる。
でも、まだ生きてる。
まだ呼吸は続いている。
うまく言い当てられてるかはわからないが、
心構えの仕方がなんとなくわかった気がする。
吉本さんが、社会としての自己と自己としての自己は
分離可能で、わけて考えられるのだ、
と言ってて、それと同じことだと思う。
いろんな言い方で言えると思うんだけどね。
例えば、鎧、アーマーを作ること、とも言える。
自分を守らなきゃいけないということ。
なんかね、そんなこともわかってなかったのって
言いたくなるよね。そして泣きたくなるね。
人からの指摘ってのは、
そのアーマーをうまくつくれてませんよって指摘だと思う。
鎧は生身からつくられているけど、
自分とは別のものなんだと思う。
それをどうこう言われても、
自分そのものとは関係がない。
それを心で受けてしまうのは子どもなんだろう。
しかし作る責任はあるのかもしれない。
製作者としての責任。
そして自分自身もまた変えていけるのかもしれない。
それと、変えようのない領域もあると思う。
だから社会としての自己と、自己としての自己と、
もうひとつ、不変としての自己があるのではないかと思った。
それは絶望にもなりうるけど、
それが自分の根拠にもなると思う。
まあ、
そんなようなことを考えながら、
くさりにくさっていました。
起き上がれなくてしょうがなかった。
でもひとつ思ったのは、
そこで諦めずに、起きようと自分に働きかけ続けることと、
機がくるのを待ち続けることだ。
やだ。
っていう状態が揺らぐ瞬間を待つこと。
じっと待っていれば機は来ると思う。
調子が悪い時はとにかく気長に待つことだね。
焦ってしまってなかなかそうできないんだけど。
あと、ふと思って、やっぱ勇気が出ないんだけど、
もっと自意識を肥大化させたっていいんじゃないかなぁ。
調子に乗って思い上がることも、
間違ったことだけど、間違うことが間違いかはわからない。
失敗を恐れて萎縮するより100倍マシなんじゃなかろうか。
間違って叱られたほうがほんとはいいんじゃないかな。
そんなことを言うと、
まるで今は間違ってないみたいになるけど、
ちゃんと間違ってるんだよね。
どの道間違うなら、もっといい間違い方があるんじゃないか。
しかし勇気が出ないんだなぁ。
それでも、そういう発想を持つことは
小さな一歩かもしれない。
一歩どころか、じりりと数ミリ足を前に動かす程度だけど。
それから、自分の持ってる関係ってなんて希薄なんだろうと思う。
普通に生きてれば自然とつくれる関係があると思うんだけど、
自分の気質と無反省な生活のせいだろうか、
ほんとに希薄でしょうがないよ。
どうしてこうなったんだろうなぁ。
思ってるより闇は深いのだろうか。
努力する元気が全くないんだよね。どうしようね。
おれってなんなんだろうね。
まさかこんなに腐るとは思わなかったのよ。
せっかく吉本さんに出会ったのになぁっていつも思うんだよ。
作品作りしようとしたって、
今はほんとどうしようもないものしか作れない。
いい加減な仕上げに自分の人間性が出てしまってる。
駄目なやつだというのが作品から伝わっちゃう。
逆に、作品を磨くことで自分も磨かれていくのかもね。
だからがんばれよって思うんだけど、
気力がまるでないんだ。なんで?なんでそんな無気力なの?
どうして動けない?
せめてふつうに立ち上がって人並みの生活をしてくれ。
なんでふつうに立つことすらできなくなった。
だけど無意識では、こうして堕落することをずっと夢見てた。
ずっとこうして堕落したかった。
良い循環をつくれなかったんだろうな。
強制力の働く場所だと、おれはけっこうがんばれる。
ただ、その分その夢の願望が強くなるし、
反抗心が強いんだよね。
なるべく逃げないようにとは思うんだけど、
いざチャンスを見つけてしまうとふと逃げちゃう。
そりゃあ誰でも休みたいときはあるからね。
明日からまた、がんばれるといいな。
躓く可能性も大だけどね。
こうやって書いていくしかないかなぁ。
パソコンのタイピングって好きだな。
頭が真っ白でもカタカタやってれば
何かはかけると思う。
真っ白なときなんてあまりないな。
いつももやもやして、
それが不意に晴れるときがあって
そんなときはうれしくてしょうがない。
なにげなくタイプした一行に自分ではっとしたりして。
昨日今日とほんとに腐ってしまったが、
それがずっと続くわけでもないだろう。
こういう日も自分には必要なのだ。
働くようになったらそうも言ってられないね。
そしたらそれなりにどうにかするすべを見つけよう。
今の幼稚な子どもの自分にはこんな無駄な日も必要なのだ。
しかしまぁいつになったら成長できるのかね。
情けないけどこれが現状だ。
どうなろうが明日も生きるだろう。
うまくいくかななんて考えるのもやめたいな。
自分がやりたいことをいかに果たすかだけ
考えてればいいんじゃないかな。
あと、もやもやに対して少しでも自分なりに答えを出せたら。
それじゃ、また明日。