精神的に少し疲れてしまって、
そういうときはどこかで帳尻をあわせないと、
うまくバランスをとれない。
ショックな出来事って、
不思議と重なるね。
病気が噴き出してくる。
すべては練習なんだよ、
といわれたことがやっぱり印象に残ってて、
練習していけばいいんだ、と思う。
練習であり、本番である、
ということもどっかで聞いたことがある。
練習は、できないことをできるようにするためにするのだ。
しかし、できるようになることが一番の目的かといえば
そうでもない。
もちろんできたらいいけど、
吉本さん曰く、
一番大切なのは、
自己との問答を豊かにすること。
それって、不器用だろうがへたくそだろうが
誰にだってできることなんだよね。
うまくやるとかそういうことじゃない。
愚直に、ただ積み重ねられていくものだ。
もちろん、結果というものはあり、
それがあるなら効率というものもあるのだろう。
だけどそれは第一義にならないのだ。
それを第一義にするから成功とか失敗とか
言ってしまうのだと思う。
じゃあ自問自答を第一義にするとは、
具体的にどのような心持なのだろう。
芸術を大切にする、ということと同じなのかな。
芸術ってなんだろう。
今までのイメージだと、芸術っていうと、
西洋の絵画とかかなぁ。
それに、すごい技術に対して、
芸術的だ、といったりする。
芸術家、といえばカラフルな服を着た変人、
なんてのが一般的イメージかな。
だけどほんとは違うだろう。
すごくもなんともない、何者でもない僕らにまで
引き寄せられるはずだ。
思想とかもそうだろう。
自分のところに引き寄せられるはずだ。
政治だってそうだ。
芸術ってなんだろう。
新たな芸術のイメージが、少しずつ少しずつ芽生えてる。
病的になりがちだけど、
負けずにやっていきたいなぁ。
だから繰り返しになっちゃうけど
練習だと思う。
練習って楽しい気がする。
中学生の時、すぐやめたサッカー部、
練習におもしろみを見出せなかった。
そういう発想を全く知らなかった。
でもあそこで耐えてしまったら、
また別の人生になってしまってたんだろう。
それはそれでいいんだろうけど、
今の自分は正直好きだ。
あそこで負けたことで今があると思うと、
必ずしも耐えることがいいとは言えない。
ひきこもってよかったし、
そのことを忘れたり否定しちゃいけない。
なんとなく趣味でやってることを、
仕事だという意識でやってみたいなぁと最近思う。
安易にそう考えるのは怖いけどね。
なんとなく意識を変えてみたい。
真剣にやってみたい。
ああ、真剣にやれるかなぁ。
そんなこといってちゃんと成長できなかったら、
なんてことを考えてしまう。
考えてしまうなら、さらにもう一歩考えて、
そんなことは気にしなくていい、
と言ってあげられたらいいなと。
練習だね。
そういうときはどこかで帳尻をあわせないと、
うまくバランスをとれない。
ショックな出来事って、
不思議と重なるね。
病気が噴き出してくる。
すべては練習なんだよ、
といわれたことがやっぱり印象に残ってて、
練習していけばいいんだ、と思う。
練習であり、本番である、
ということもどっかで聞いたことがある。
練習は、できないことをできるようにするためにするのだ。
しかし、できるようになることが一番の目的かといえば
そうでもない。
もちろんできたらいいけど、
吉本さん曰く、
一番大切なのは、
自己との問答を豊かにすること。
それって、不器用だろうがへたくそだろうが
誰にだってできることなんだよね。
うまくやるとかそういうことじゃない。
愚直に、ただ積み重ねられていくものだ。
もちろん、結果というものはあり、
それがあるなら効率というものもあるのだろう。
だけどそれは第一義にならないのだ。
それを第一義にするから成功とか失敗とか
言ってしまうのだと思う。
じゃあ自問自答を第一義にするとは、
具体的にどのような心持なのだろう。
芸術を大切にする、ということと同じなのかな。
芸術ってなんだろう。
今までのイメージだと、芸術っていうと、
西洋の絵画とかかなぁ。
それに、すごい技術に対して、
芸術的だ、といったりする。
芸術家、といえばカラフルな服を着た変人、
なんてのが一般的イメージかな。
だけどほんとは違うだろう。
すごくもなんともない、何者でもない僕らにまで
引き寄せられるはずだ。
思想とかもそうだろう。
自分のところに引き寄せられるはずだ。
政治だってそうだ。
芸術ってなんだろう。
新たな芸術のイメージが、少しずつ少しずつ芽生えてる。
病的になりがちだけど、
負けずにやっていきたいなぁ。
だから繰り返しになっちゃうけど
練習だと思う。
練習って楽しい気がする。
中学生の時、すぐやめたサッカー部、
練習におもしろみを見出せなかった。
そういう発想を全く知らなかった。
でもあそこで耐えてしまったら、
また別の人生になってしまってたんだろう。
それはそれでいいんだろうけど、
今の自分は正直好きだ。
あそこで負けたことで今があると思うと、
必ずしも耐えることがいいとは言えない。
ひきこもってよかったし、
そのことを忘れたり否定しちゃいけない。
なんとなく趣味でやってることを、
仕事だという意識でやってみたいなぁと最近思う。
安易にそう考えるのは怖いけどね。
なんとなく意識を変えてみたい。
真剣にやってみたい。
ああ、真剣にやれるかなぁ。
そんなこといってちゃんと成長できなかったら、
なんてことを考えてしまう。
考えてしまうなら、さらにもう一歩考えて、
そんなことは気にしなくていい、
と言ってあげられたらいいなと。
練習だね。