やっぱ、何事も無く、
ってわけにはいかなかったよ。
ふうー、あぁ、疲れたなぁ。
明日も用事があって緊張するなぁ。
とりあえず一休みしよう。
これでも運がよかったほうかもしれない。
よーし、
と書いてやっぱ気が抜ける。
攻めの姿勢がまるでない。
できることから、と考えて、
どこか隙はあるはずだ。
しかしその前に一休み一休み。
おう きみの喪失の感覚は
全世界的なものだ
きみはそのちひさな手でひとりの女をではなく
ほんとうは屈辱にしづんだ風景を抱くことができるか
きみは火山のやうに吹きだす全世界の革命と
それをとりまくおもたい気圧や温度を
ひとつの加担のうちにとらへることができるか
吉本さんの詩の一節だ。
朝ちょっと読んで、
それから出掛けた。
明日も出掛けるだろう。
そしてこうして帰ってからも、
ただ寝るわけにいかない。
そうしたくない。終わりはない。
いや、終わりの連続とも言えるか。
悔しいけど、それはエネルギーなんだな。
自分の悪さを自覚してただただ申し訳ない気持のとき、
一番きつくてつらい。
だから自分のなかだけでは正当でいたいなと思う。
だけどその上で、
親鸞は悪人正機説を唱えるんだよなぁ。
透徹するからこそ意味があると思う。
未熟なじぶんは、道の途中をうろちょろすることしかできない。
そして身の振り方を決定できない。
でも、わかんなくなることも大事かもしれない。
どこにも行ききれる道理が見つからないなかで、
不定なまま保てたらそれはすごいことだと思う。
保つとか言っちゃうとそれはまた違うから、
難しいし不安だし、拠り所無く揺れ続けるだなんて・・・
悟りたいなぁと。笑
うーん、今日ももやもやを抱いて生きよう。