なかなか思うようにいかないなぁ。
もう何回繰り返したのかなぁ。
ほんと、同じことばかりしてる気がする。
でも今度こそ、宙に浮いてしまったような。
ま、いつも通りならまた周りに翻弄されて、
わからなくなっていって、
そのかわりにどこか一体感を得られる。
一人じゃない気になれる。
それはそれでありなのかねぇ。
多少はそういうことがないと、
とてもストイックにはできない。
でも、ほんとうは、一人でできなきゃ。
いや、それもひねくれなのかなぁ。
だけど、そういう思想を支持しなきゃ
俺はどうしようもない人間だということだ。
ほぼ日での対談にあったもので、
自分の部屋を宇宙船に見立てて、
一人の感覚を味わおうと。
窓から入ってくる一匹の蛾さえ
いとおしくなってくるのだと。
俺が以前に考えてみたのは、
自分の部屋が深い海の底にあって、
空のずっと上が水面だということ。
地下でもいい。
屋根のずっと上で人々が行きかっていると。
そうすると当然寂しくなってくるんだけどね。
やらなきゃいけないこととか、
誰かに助けを求めたくなるけど、
そこでもう少し一人で耐えてみようって思うけど、
ちょいと負けそうになったりするね。
食後の衝撃対策はちょっと考えないといけない。
どうしても寝てしまう。
こんな休日はとくに。
もっと気を引き締めたいと思うんだけどなぁ。
でもそれも何回も何回も繰り返した。
だけどほんとにそう何回も繰り返したっけな?
まだ臨床的に確かめていく余地はあるか。
まだまだ考える余地はあるのか。
考えるということだけはやってるつもりなんだけど。
いや、ほんと知的な思考みたいなことはできてないけど。
ただぼんやりと、妄想的に、そんな程度だけど。
ナインティナインの岡村さんのラジオ聞いた。
まだ危なっかしい感じがしたな。
無理してなければいいけどなぁ。
母親の手を握りながら寝たと言っていた。
矢部さんがお母さんは何歳ですか?って聞いて、
もうおばあちゃんじゃないですかって、
その場では笑いになっていたけどね。
昨日の夜母から元気?ってメール来て、
今日だるいなぁと思いながら携帯をいじっていて、
そのときふとそのことを思い出してこみあげてくるものがあった。
ただ病気になったとか、治ったとか、
そんな単純なことではないと思う。
吉本隆明さんは、生後一年の母親との関係で、
その人の性格の大部分が決まってしまうんだよって言ってる。
そのときできた傷は一生残る。
深く傷つけば、些細な衝撃で心の防御壁が
壊されるようになってしまう。
津波に耐え切れず、太宰さんは死んじゃった。
子どもの自殺は、親の代理死だって吉本さんは言う。
親の心の傷を子どもは無意識に受け取ってしまう。
それとちょっと意味は違うけど、
太宰さんの自殺は、俺らの代理死だって、
勝手にそう思う。
超えていける。
死まで真似することはない。
でもとことん考えたに違いない。
思い詰めたに違いない。
それを無駄にしちゃいけないんじゃないか。
とにかく素人なりに日々生きて、考えようと思う。