昨日は、ほんと、どうにも、
晴れなかった。晴らすことができなかった。
持て余した、ぐちゃぐちゃで禍々しい心象風景。
これもうどうしようもないだろって、
抵抗してもしょうがないし、
でもほっとくこともなかなか難しい。
なんで耐えてるのかわからなくなって、
なんで耐えられてるか自分で不思議で、
いや、こんなの今すぐ崩壊しても
何もおかしくないぞって、思ったと思う。
普段ほとんど気絶するように寝て、
不眠症の悩みだけは味わうことなく
過ぎてこれたけど、
昨日の夜はちょっと苦しかった。
でもまあ寝たんだけど。
自分としては、気丈に振舞えたと思う。
生きることは苦しい、っていっといたほうが
いいと思う。
だけど、少なくとも昨日、俺は耐えた。
耐えられた。
ひとりで耐えたつもりだけど、
そうでもないだろう。
闘える。いるかわからんが俺の後輩よ。
闘えるぞ。少年よ。
俺は、俺にそう言って欲しかったんだ。
そして今、言ってやる。言ってくれる。
楽しくなくても生きていかなくてはならない。
生きていくうちに、楽しさより、
仕方なさがでてくるんだと。
今、家族のゆくえって本を読んでる。
いくつか書き写してみたい。
吉本隆明さんの持論で、
人の性格の大部分は、生後一年で、
母親との関係で決まってしまうのだという。
信じられないという人も当然いるだろうけど、
俺はこの概念にかなり助けられた。
困った人に対して、それほど憎しみを持たなくなった。
勿論自分に火の粉がふりかかれば、
そんな優しくなれないかもしれないけどね。
太宰治なんかは、明らかに傷ついた人間だよね。
とうとう自殺してしまって。
漱石や太宰治あるいは三島さんのような
育てられ方をすると、どうなるか。
お母さんのお乳を飲んで可愛がられて育って、
それからごく自然に離乳食に移っていく普通の人は、
その後の人生で何か衝撃的に辛いことがあっても、
それに耐えられるだけの「壁の高さ」のようなものがあると思う。
ちょっと苦しい目に遭ってもおかしくならないで、
「壁」のところで引き返すことができる。
いってみれば、何らかの衝撃が壁を越えて
こころの中心を直撃することがない。
衝撃によって異常をきたすことがない。
そうした壁は、乳幼児期の母親ないし母親代理との
自然なかかわりあいのなかでつくられるといえる。
ところが漱石のような育ち方をした場合は、
その壁の閾値というか、壁の高さが低いから、
何事かが起ると一気に壁が乗り越えられてしまう。
ショッキングな出来事の影響をもろにかぶってしまう。
次の箇所の引用に移る。
家族としての個人のモチーフは何かといったら、
そうした性格形成期に形づくられた自分の欠陥をいかに越えるか、
ということに帰する。
どういう越え方をするか。それはひとりひとり人によってちがう。
職業によって越える人もいるだろうし、
趣味によって越える人もいるだろう。
ただひたすら意志的な努力によって成しとげようとする人もいるかもしれない。
方法はいろいろあるはずだ。
わたしのような引っ込み思案の場合、
からだを動かす職業を選ぶのもいいだろうし、
引きこもりにふさわしい詩人とか評論家という仕事を選ぶのも
ひとつの手にはちがいない。
それはどちらでもいいわけだが、
どちらの場合も危険をともなうことは心しておいたほうがいいとおもう。
というのも、形成された性格と正反対のことをする、
あるいはそれと同じ方向へ進むことによって、
性格的な欠陥を超えようとすることは、
そこに無理が生じたり、逆に本来の欠陥がさらに
助長されたりする危険性があるからだ。
しかしそうだとしても、性格形成に弱点があったら
それを乗り超えようと試みることは必要だと思う。
母親のせいにしたって母親代理のせいにしたってはじまらない。
そしてさらに次へ続く。
人々はよほど知力や教養や器のある人でも誤解している。
名声や名誉というものは、無効性のうえでだけ辛うじて
何かであるかもしれないだけだ。
衆愚であることだけが減点を免れる生涯だといえる。
人間の生涯は大なり小なり願望どおりにいかないようにできている。
人には通じないようなイヤな努力をした経験は
だれにでもあるとおもいたい。
その一方では、そうした努力をどこかで解消したり、
自分で自分のこころをなだめたりすることも必ずあるとおもえる。
わたし流の言葉でいえば「自己慰安」ということになり、
それが芸術の本源だとおもっている。
自分のこころをなぐさめるとか自己慰安というと、
なんだか利己的に聞こえるかもしれないが、
わたしが考えている「自己慰安」というのはもっと内省的で、
同時に社会的な広がりをもった概念のことだ。
フランスの哲学者ミシェル・フーコーという人は
『性の歴史』の第三巻を『自己への配慮』と題している。
フーコーのいう「自己への配慮」とは何かといったら――
自覚とか責任といったものをふくめ、
一個人として自分に向き合い、
自分を大切にすることを指している。
わたしの「自己慰安」もそれに似た意味合いをもっている。
長くなってしまった。
下手な引用の仕方だ。
ろくにコメントもつけられない。
しかし書いてみたくなったから書いた。
これもまた、自己慰安、であろうか。
内省的で社会的な広がりをもった概念、か。
思い出してみれば、上京する前後、
なにもできなかった引きこもりの自分は、
急激な変化に打ちひしがれながら、
あれもできるようになった、これもできるようになった、
そうやってよく、振り返って感慨に耽った。
引きこもっていた頃、
兄弟が何か用事で家におらず、
父と母は仕事が休みで、
三人で買い物に行ったことがあった。
冬、洋服を買いに行った。
そしてどこか外食にいこうかという話になった。
そこでもっと甘えればよかったのだが、
他の兄弟に罪悪感を感じて、
いやいいと言った。
スーパーで、母は骨付きチキンを買ってくれた。
それからワインとチーズを買って、
家に帰って三人で、テレビを見ながらそれを食べた。
父は酔い、そんなに人間は怖くないものだよと言った。
母も一緒になって、そうだそうだと言っている。
私は自分のことより、父と母が、
上機嫌で仲良くお酒を飲んでいることが
ただ嬉しかった。
そんなことが2回か3回あって、
私はいつもすぐにご飯を食べ終わり、
同じ部屋のパソコンのある席に座る。
それでもテレビと、家族の声をききながら、
幸せとしか言えないような感情が、
心の底からわきあがってくるのを感じた。
2回か、3回のことであるが。
それでもあの経験はかけがえのないものとなった。
あれこそが私にとって、忘れられない自己慰安となった。
今日は長くなっちゃったなぁ。
どうも気が抜けちゃうなあ。
とにかく、闘っていきたい。
たまたまそういう気分なだけだろといわれたら、
そうかもしれないけど、
だけど絶対服従しねえぞって、
朝、歩きながら思ったんだよね。
あくまで闘いますよって、言いたい。
もうやだって言いたくなっちゃう日もある。
撤回したくなったり、あ、嘘ついちゃったかなって
思ってしまうときもあるけど、
でも、でも、闘うっていう。
ま、どこまでそう思えるか、
時間が経ってみなきゃわからないね。
ああ。経たそうじゃないか。