-臥龍- 篆刻入り年賀状
今日の篆刻入り年賀状は辰119のデザインです。
まず、印(篆刻)の上にあるのは何だ?ですよね。
これは、主に漢の時代に石や瓦に彫刻されたもので石に彫ったものを画像石、かわらに彫刻したものを画像磚(がぞうせん)と言います。デザインに使ったのは龍を彫った画像磚を拓にとったものなんです。
こういった文物をモチーフに使うと文化的な香りとか古代の人の息吹とかが感じられて良いですよね。
で、肝心の篆刻なんですが「臥龍」(がりょう)と彫ってます。寝てる龍、横たわる龍みたいな意味でしょうか。
先週のコラム2回目で、紹介させて頂きましたが「三国志」に「諸葛孔明は淵に潜んでいる竜です」といって、隠遁生活を送っていた孔明を蜀の劉備に紹介する有名な場面があります。
紹介された劉備は「三顧の礼」をもって孔明を迎えます。
世に埋もれた才能に対し礼を尽くして迎えたわけです。
この故事では淵に潜む龍を、まだ世に出ていない優れた人物にたとえているんですね。
龍は霊獣で、太平の世に現れるという伝説もあったわけですが、今の世に優れた人物が現れて平和な世界を作ってほしいものです。
この年賀状、そんな大きな願いが実はこめられてるんです。(~.~)
次回は「画竜点睛」の篆刻入り年賀状を紹介させていただきます。
-謹賀新年と龍-篆刻入り年賀状
今日から、今年の年賀状のデザインをひとつづつ紹介させていただきます。
最初にご紹介するのは辰123のデザインです。
まず、目に付くのは大きな龍の字です。
実はこの龍の字は私の篆刻の先生、玉垣千尋先生に書いていただいた字なんです。
力強く、品があり、さすが村上三島先生の弟子で日本書芸院一科審査員、読売書法会評議員、広島日展会員、広島県書美術振興会評議員などなど歴任されただけのことはあります。
そしてそして、その下にドンと押された篆刻は「謹賀新年」、年賀状の賀詞の定番中の定番です。
四字熟語になっていますが、もとは漢文で意味は「謹んで新年をお祝い申し上げます」みたいな感じですから目上の方に出しても大丈夫で、良く使われる賀詞です。
普通は書き文字で表現する謹賀新年の文字ですが、ここは篆刻で鮮やかな朱色と龍の文字の黒との対比がポイントなんで、あとは全体にシンプルな構成にしました。
謹賀新年の文字も篆刻で表現するとまた味わいが違うと思いませんか。
これ、自分でイモ判や消しゴムハンコで作っても面白いかもしれませんね。
というわけで、謹賀新年を篆刻にした年賀状を紹介させていただきました。
次回は「臥龍」の篆刻入り年賀状を紹介させていただきます。
辰年・龍にまつわるいろんな話しー2
さて今回は前回の続きです。
最古の漢字辞典である「説文」には「春分にして天に昇り、秋分にして淵に潜む」とあるそうで、「三国志」にも「諸葛孔明は淵に潜んでいる竜です」といって孔明を劉備に紹介する言葉があります。
この故事では淵に潜む竜を、いまだ世に出ない優れた人物にたとえているわけです。
他にも竜虎相うつ、龍穣虎搏のように虎と並んで両雄を表す言葉に使われますね。
そういえば今年のプロ野球セリーグは最後に来てドラゴンズが自力を発揮しました。やっぱ龍は強い?
ちなみに鯉のうろこは36枚(6×6)だそうで、鯉が龍門の滝を登ると龍になるという伝説もありまして、登竜門の語源になりました。
我が愛するカープには是非龍門の滝を上って竜の如く強くなってもらいたいものです。
もうひとつ、少し早いのですが子どもの日の鯉のぼりにまつわる龍の話し。
楚の屈原という人が、主君を諫めたところ讒言を蒙って放逐されてしまいました。無念の内に淵に身を投じた屈原を惜しんだ人々が、毎年竹筒に米を入れて淵に投じて祭っていたところ、屈原の亡霊が現れ「せっかくの米もすべて淵に棲む龍に食べられてしまうから龍の嫌いな笹の葉でつつんで、五色の糸で縛ってほしい」と言ったそうです。
以後、屈原を祭るのに笹の葉に米を入れ五色の糸で結んで粽(ちまき)を作るようになったのだそうです。我が国でも5月の端午の節句には粽を作りますし、5色の糸は五月のぼりの五色の吹き流しになっており、これらは屈言の故事から来てるらしいんですね。
ちなみに5月5日は屈原の命日なんだそうです。
端午の節句に鯉のぼりを立てるのは、鯉が龍門の滝を登って龍になるように、子ども達が大きく育って欲しいと願う親の気持ちなのでしょうか。
話しは変わりますが、将棋の「飛車」が成ると「竜」、「角」が成ると「馬」なんだそうです。合わせると「竜馬」
坂本竜馬は飛車角が成った名前だったんですね。
どうりで日本中を馬のように駆け回って大活躍したわけです。
竜馬は騒然とした幕末に現れて日本改革の原動力となり、役目が終わるとともに竜のように天に駆け上りましたね。
う~ん、かっこいい。
もっとも竜は大変縁起の良い霊獣で、中国では古来太平の世に出現すると言われているのだそうです。
さて、来年はどんな年になるのか?どんな竜が現れるのか?
良い年になるよう祈りつつ年賀状の準備を進めましょう。
辰年・龍にまつわるいろんな話しー1
年賀状に欠かせないものと言えば干支(えと)です。
干支(えと・かんし)は本来、十干(じっかん)と十二支の60通りの組合せで年号などを表したものですが、年賀状で使われるのは専ら十二支を親しみのある動物にあてはめたもので、これを日本では通常「えと」と呼び慣わしています。
干支で年号を表す暦の習慣は、書道などの文化的な世界や有識者の間では今でも残っています。
ここでは年賀状でよく使う十二支について、ちょっと面白い話しを拾ってみます。
来年の干支は「壬辰」(みずのえたつ)。辰は動物で言えば龍(竜)です。
実はこの龍、十二支の中で唯一実在しない動物です。つまり伝説上の生き物なんですね。
中国のみならず、古来ヨーロッパにも龍の伝説はあったようで、ドラゴンの名の起源はギリシャ語にあるんだそうです。
しかも、形状も東西ほぼ同じで、巨大な蛇のような長い体に手足がついて、頭には角が生えています。
手足には鋭い爪、口には長いひげ、背中には81枚(易学では吉数9×9の大吉数)の鱗があります。
中国の竜には喉元に逆さに生えた鱗があるそうで、これを逆鱗(げきりん)といい、これにさわった者は怒った竜に殺されるんだそうです。中国では皇帝(天子)を竜に喩えますから、皇帝の怒りに触れることを「逆鱗に触れる」と言ったんですね。
もとは誰彼なく使うのではなく、皇帝について使ったんでしょうが、我が国では奥方の逆鱗に触れぬように、なんて使います。
まあ最近の世の奥方の強いこと、怖いことといったら龍や皇帝に匹敵するかもしれませんね。
おっと、このコラム、カミさんに読まれたら大変です。くわばらくわばら。
次回は強い竜のお話しを続けます。ご期待下さいね。
辰年のオリジナル篆刻入り年賀状
今年もあと2か月となり、年賀状シーズンが到来します。
当店では、オリジナルの篆刻入り年賀状を販売しています。
篆刻年賀状を考えついたのはおよそ20年ほど前、年賀状を受注しながら、どこの店のデザインも余所とあまり変わり映えしないなあと感じた事が始まりでした。
そこで、どこにも無いオリジナルの年賀状を作ろうと思いたち、年賀状にウチの会長(私の親父)が作った
篆刻
(てんこく:好きな言葉などを石に彫る芸術性豊かなかっこいいハンコのことです)
を入れた年賀状のデザインを始めました。
うちの会長は大阪の梅舒適先生(2008年逝去)という篆刻の大家に師事し、40代で日展に4年連続入選をするなど、篆刻作家として活動していました。
父の師の梅舒適先生は、昭和46年日展内閣総理大臣賞受賞、日展参与・読売書法会顧問・日本書芸院理事長を経て最高顧問を歴任された篆刻界のまさに重鎮でした。
その梅先生から頂く(当然ながら会長宛)年賀状もそうだったんですが、有名な篆刻作家や書家の先生方が出される年賀状って、上品でシンプルで本当に格好良いんです。
それらをお手本にしながら、一般向きにアレンジして、ちょっと違うな、良いセンスしてるなって思われるようなデザインを目指しました。
毎年、良い意味の言葉、元気が出る言葉、戒めになる言葉、その年に相応しい言葉などを選りすぐり、篆刻をデザインしていきます。
デザインのバランスなどで推敲を重ね、その篆刻のデザインに合う賀詞(謹賀新年・賀正などの言葉)を選び、様々な組み合わせから選りすぐったものを店頭の見本として見ていただくのです。
他社にはない横田印房オリジナルの篆刻入り年賀状を良かったらご覧になってください。
平成23年度 広島県印章供養祭を行いました
平成23年10月2日の日曜日、広島市東区山根町の國前寺さまにおきまして、印章供養祭を行いました。
今年も参拝者には一文字落款印をプレゼントさせて頂きました。
僕は司会の大役がありましたので、落款は彫りませんでした。
今年は福山の藤川君、尾道の小田君、広島の向井君が担当しました。
役員は朝8時半集合で母屋倉庫から机や椅子を出し、受付の準備をしました。
9時前からご供養する印章を持って数人の参拝者がお見えになりました。
10時から本堂で供養祭、國前寺貫首さま疋田英心ご住職の読経とご祈祷が始まりました。
ご仏前には今年集まった役目を終えた印章約1,000本余りと表札60枚をお供えし、ご供養して頂きました。
法要後は墓所内にある印章塚に印章、表札をお持ちして埋納する前にはもう一度丁重にご祈祷、ご焼香を行いました。
供養祭終了後、きれいになった印章塚前で参列した我が社スタッフの記念写真をパチリ。
上は澤本部長
田頭ネット店長でした。
印章塚のお掃除をしてきました
今日は広島市東区山根町の國前寺さんの墓地内にある「印章塚」の掃除に行って来ました。
印章業組合の役員5人で掃除したら、すっきりきれいになりました。
10月2日の日曜日10時から『印章供養祭』を行うため、その前にきれいにしておこうということで毎年行っています。
『印章供養祭』は不要になった印章をご供養して印章塚に埋納する儀式で、お世話になった印章を感謝の気持ちと共に丁重に納めています。
日頃お世話になった印章への感謝の気持ちを込めて供養させて頂くと共に、我々印章業を生業とするものとして、社会生活における宝器であり、時には人の人生を左右する印章を決して粗末には扱わないこと、常に人々の安全と信用を守るため心を込めて印章を彫刻することを誓うものです。
不要になった印章を受け付けておりますので、お近くの組合加盟店(供養祭ポスターを掲示してます・又は広島名印会http://meiinkai.com )にお持ちいただくか、当日10時までに國前寺さんに直接お持ち下されば無料でご供養させて頂いております。
当日は一文字落款印のプレゼントもさせて頂いてますので、お気軽にお越し下さい(~.~)
宝塚会館最後の上映
宝塚会館の最後の上映を観に行きました。中心部から映画館がどんどん消えて行くのは寂しい!
リッツ、東映、スカラ座、朝日会館、、と無くなって行き、今日は宝塚会館が最後の日。
最後の映画は5時10分からジブリの新作コクリコ坂からでした。
最後の上映は観客の数もそう多くは無かったけれど、上映が終わると同時に名残を惜しむような温かい拍手が起きました。
最後に代表の方がスクリーンの前に来られて、40年の歴史の幕を下ろします、ありがとうございました。と挨拶されると又、拍手が起こりました。
映画も良かったけど、これには僕もジーンととして、熱いものがこみあげて来ました(T . T)
映画の中の登場人物の『文化を守らずして何が教育だ』と言うセリフが印象に残った、最後の宝塚会館でした。
残るサロンシネマ系の4館には是非とも中心部に映画の街の灯をずう~っと灯し続けて欲しいです。
宝塚さん40年間本当にありがとうございました。








