ガネーシャJr.の印西暮らし

ガネーシャJr.の印西暮らし

2015年迄印西市ではんこ屋を営んでいたガネーシャJr.と申します。角膜と硝子体の目の病気ではんこ屋を閉店しました。
里山と近郊都市の両立する印西市が大好きで、市内を散歩しながら見た事や行政に感じる事を個人的見解で書いています。どうぞ宜しくお願い致します。

こんにちは、ガネーシャJr.です。


戦後77年になる8月15日の太平洋戦争終戦記念日が近づいてきました。

印西市は戦後50年の平成7年に「非核平和都市」の宣言している都市です。

毎年8月15日12時には「印西平和の鐘」をつき、黙とうを捧げています。



戦争前の印西(合併前の2町4村)は東京から約40km以上も離れた小さな町で、本来は人口も少ない農業主体の戦争とは無縁の地域でした。

里山のある小さな片田舎の村や町でした。

1942年田舎の小さな村(船穂村草深)に陸軍印旛飛行場が造られ、終戦間近1945年の2月と7月に銃撃による来襲に見舞われました。

印旛飛行場の歴史の3年前のブログです。

2回に分けてブログに書きました。

印西上空で飛行機の空中戦もありました。

朝日新聞千葉版に今年8月10日から3回連続で、「戦後77年・B29の墜ちた村」で船穂村にB29墜落した特集記事が載りました。


自分も印西市広報令和元年6月1日号 に記事を書かせて頂きました。


印旛飛行場跡地にあたる西の原公園には平和の碑があります。

印西は千葉県の片田舎なのに戦火に見舞われて、だから平和を祈願する街なんです。


戦後の印西は東京のベットタウンとして発展しましたが、最近は巨大物流センターやデータセンターが建ち並ぶ街にも変貌しました。
特にデータセンターは世界のGoogleとAmazonのデータを保管しています。

最近の世界情勢はロシアのウクライナ侵攻など不安要素が増しています。第3次世界大戦にならない事を祈るだけです。
過去の戦争は敵の基地破壊が重要でした。だから今は基地を簡単には攻められない様にしっかり守られています。その代わり最近の戦争ではサイバー破壊が重要な攻撃目標になっています。ネット上での破壊工作は勿論、米9.11テロの様なデータ拠点攻撃もあり得ます。世界的企業のデータセンターも攻撃目標になり得る不安な世界情勢が心配です。

印西は戦後当時は基地があり攻撃されました。今は基地はありませんがデータセンターが乱立しています。
再び日本が戦に巻き込まれたら、データセンター攻撃もありえます。北朝鮮のミサイルは印西市を狙っていない事を願います。


幸いにも印西市は非核平和都市宣言をして、二度と戦争が起こらない様に毎年平和の鐘を鳴らして平和を祈っています。
旧印旛飛行場内に存在して戦争体験した西の原南街区公園の椎の樹(スダ爺)が、再び戦火に会わない様に守らないといけません。

平和とは戦争や暴力で社会が乱れていない状態だそうです。戦後77年で平和な時代はあったでしょうか。自分は戦後産まれですが、いつも世界の何処かでは戦いがありました。
テレビでウクライナの首都キエフの5年前の街歩きを放映していました。素晴らしい街で旅行に行きたい街の一つです。
戦争が無くなり世界中どこにも気軽に旅行に行ける世の中を望むガネーシャJr.でした。



暑いですね、ガネーシャJr.です。


暑い時は冷たい「かき氷」が一番。そこで印西市平賀の和田農園さんを訪れました。

印西市で有名なイチゴ農園です。
イチゴの季節外でも、色々楽しめます。和田農園さんのホームページです。

直売所では美味しい果物等の販売の他にソフトクリームが食べられ、夏には美味しいイチゴのかき氷も食べれます。


本日は「まるごとイチゴかき氷」を頂ました。

「まるごとイチゴかき氷」はスライスしたイチゴ果実がたっぷり入っている紅い氷の塊を、そのまま削っています。
シャキシャキしたかき氷にたっぷりの練乳がかかっていて、最高の美味しさでした。
和田農園さんのかき氷はお手頃価格の上、イチゴたっぷりで病み付きになります。
かき氷の上にソフトクリームをトッピングした「ソフトクリーム付き」もあります。

「メロンスムージー」も注文しました。
メロン果実たっぷりの冷たいスムージーです。果実を写そうとしましたが、ミルクもたっぷりで果実が上手く写りませんでした。
本日頼んだ豪華デザートです。
思いきり至福の時間を味わいました。
勿論「イチゴスムージー」もあります。

半分に切ったメロンにソフトクリームを載せた「メロンソフトクリーム」も大人気です。

「イチゴソフトクリーム」はイチゴの季節外は生のイチゴと同じ量の凍らせたイチゴスライスがたっぷり入っています。勿論時期にはイチゴもたっぷり載っています。

周りのお客さんは女性や家族連れが多く、皆さん食べる前に撮影していました。Instagramでは大人気のスイーツです。

持ち帰り用で、イチゴとメロンのシャーベットも販売されています。
今はイチゴはありませんが、高級メロンからお米や野菜まで販売していました。



ガネーシャJr.の家は印西市の一番西側(白井市寄り)になり、和田農園さんは一番東側(酒々井町寄り)で車でも30分近くかかり、同じ印西市でも気軽に行けないのが悔しいです。

でも印西市内には果物栽培農家が多く、直売所で美味しい果物が手に入ります。印西に住んで良かったと思うガネーシャJr.でした。

 

  

  

  

 

こんにちは、ガネーシャJr.です。


日本医大千葉北総病院から印旛日本医大駅とは反対の鎌苅へ少しお散歩しました。

鎌苅には15世紀中頃に地方豪族の大きな館がありました。周りに堀があり、お城と変わらない規模だったと言われています。

館の跡地は鎌苅館跡と呼ばれています。


鎌苅館跡はこの先の森ですが、私有地で何も残ってないそうでパスしました。

今の鎌苅は小さな部落ですが、豪族の末裔が住んでいるのか大きな家が多くあります。

室町時代の鎌苅は近隣の中心街だったと想像しながら歩きました。


鎌苅宗像神社はこの先の森の中です。


神社に到着、北総宗像13社の一つです。

鳥居先の手水舎、慶應元年と読めます。
タオルもあって、すごく親切です。

60mはある長い参道は昼でも薄暗く、藪蚊の攻撃が半端ありませんでした。

北総の宗像神社と鳥見神社の多くは、無人の神社ですが立派な本殿と広い境内と多くの末社を持っている立派な神社です
末社を確かめたかったですが、藪蚊攻撃でゆっくり見れませんでした。

拝殿も立派ですが、この拝殿の裏側に本殿が続いています。
本殿両側の壁には他の宗像神社や鳥見神社と同様の、見事な彫刻画が彫られていました。
本殿裏側は何の彫刻もありませんでした。

藪蚊と闘い境内の森を眺めながら日医大千葉北総病院に戻りました。

猛暑の間のほんのつかの間のお散歩を楽しんだガネーシャJr.でした。



こんにちは、ガネーシャJr.です。


8月2日の印西市役所ホームページで「印西市総合計画(令和3~12年度)」が公表されました。


印西市総合計画は、市の目指す政策の令和3年から10年間の指針となる計画です。

市民会議・中学生会議・市役所若手職員会議での意見と、パブリックコメントの意見を反映したそうです。

市民会議は無作為に選んだ市民1000名から出席を募り、参加した57名の市民で令和元年8月3日に開催されたそうです。


「印西市総合計画」は157頁あります。

千葉ニュータウン中央駅付近の空撮は、思わず見とれてしまいました。

「印西市総合計画・概要版」もあり、概要版でも16頁もありました。
そして「印西市総合計画・こども版」と言う裏表に書かれたのもありました。
短く見やすい資料です。
でもこんな資料で勉強すると思うと、子どもは大変だと思います。


総合計画を一通り読ませて頂きました。

印西市は日本の市町村の中でも、こんなに財政豊かな街だと改めて実感しました。

総合計画での印西市人口の見通しです。印西市は2018年に10万人の街になりました。
予想では3年後に11万人を突破、2028年がピークでその後減少する見通しです。
でも今年の7月末で10万9066人になり、今年に11万人を突破するかも。将来は人口15万人以上の大都市に発展する可能性あり?。

市役所は印西市内の各地域を、こんな感じで見ているとわかりました。
住宅は増えるけど、自然は少ししか減らない予想。減る予定の「その他」は何でしょう。
最後のページは「印西市民憲章」と「印西市の花・木・鳥・魚」で終わっていました。
市の花・市の木は見た事あります。市の鳥は今年の春に初めて見ました。市の魚は印西市内ではまだ見た事がありませんでした。

取り敢えず10年間の印西市行政の指針となる総合計画を読ませて頂きました。
一つ一つの細かい政策ではありません。この計画を元に政策を策定すると思います。
ただ人口の推移見通しにしても、早くもズレが生じているのに一抹の不安も感じます。

印西市が住み良い街になる事を願う、印西市民のガネーシャJr.でした。

 

  

 

 

 

 


こんにちは、ガネーシャJr.です。


やっと今年も梨の季節になりました。

幸水から豊水・新高の順番に、最近は秋月・かおり等が梨園直売所で売られています。


幸水が7月30日から一部の直売所で販売開始です。去年より少し遅い販売開始です。でも7月の販売に間に合いました。

まだ直売所では1時間で売り切れでした。


物価高のせいか少し値上がり、梨も気軽な果物でなくなるのが寂しい感じです。

前日に予約してやっと手に入れ、7月中に食べる事が出来ました。

この味を9ヶ月待ちました。江戸っ子が一番で初鰹を求める気持ちが少しわかりました。


思えば4月初めには、こんな花が咲いていました。梨園が多い北総台地では、桜が散った後でも梨の花が楽しめました。

後はこれも楽しみに待っています。

ガリガリ君シリーズ人気No.1の商品だそうです。でも何で期間限定商品なの、梨を食べれない冬や春に食べたいんです。



【追記】

新型コロナウィルスの感染者数は、第7波でものすごく増えています。

市役所ホームページによる7月27日までの印西市民の感染者数です。

新聞では7月30日に印西市感染者数は1万人を突破しました。人口10万人の印西市では10人に1人が感染、絶対感染しないのは無理で、何時感染しても可笑しくない状況です。

60歳以上高齢者は4回、一般人は3回のワクチン接種を終えた人が多いはずですが、一向に感染者数は減りません。やはりワクチン接種は感染より重症化防止なのか、でも具体的にその数字を公表して欲しいです。

PCR検査や抗原検査を受けたくて、検査センターや検査キットを求める人多くいます。行政にもっと情報を提供して欲しいです。


もし自分や家族が感染したら、どうすればよいか思いつきません。

行政はもっとわかりやすく、対処方法を示して欲しいです。行政のホームページを見ましたが、わかんないのはガネーシャJr.だけ?


新型コロナウィルスについては県庁の仕事と言う感じで、市役所ホームページを見ても県庁ホームページに跳ばされるだけです。市役所は我関せずと逃げています。もっと県庁と各市町村役所は連携して欲しいです。

もう感染から逃げられない状況で、後は重症にならない事を祈るガネーシャJr.でした。


 





   

 

 

 


こんにちは、ガネーシャJr.です。


印西市は旧街の里山に新しいニュータウンの街を建設した、新旧の街が存在する都市です。

その両方の景色が融合している風景は、他の里山とはまた異なる絶景を産みました。

今でも里山の谷津田のすぐ先で、事業用地の開発が行われています。



最初に出来た千葉ニュータウン中央駅地域は、浦幡新田・小倉・和泉・泉・十余一・武西・戸神・多々羅田・草深の一部がニュータウン用地として開発されました。

新しい地名の木刈・牧の木戸・大塚・桜台・中央北・中央南・原山・内野・高花と、旧地名の一部を付けた小倉台・戸神台・泉野の街が産まれました。

マンション群のある住宅地の直ぐ側に、緑溢れる里山の自然が広がっています。


戸神川防災調整池は人工池ですが、周りを雑木林が囲み山奥の湖みたいです。千葉ニュータウン中央駅から500mしか離れてなく、駅前マンションが雑木林越しに見えます。


戸神の高台の畑や雑木林は、多くが千葉ニュータウン中央駅住宅地の戸神台に変わりました。
戸神の畑の奥にマンション群が見えます。
近くで見たマンション群。一つの巨大な要塞の様にも思えます。


印西牧の原駅地域は草深だった地域が大半で、他に別所・宗甫・滝の一部がニュータウン用地として開発されました。
草深は広大な地域でしたが、殆ど未開発の地域でした。江戸時代から開墾されましたが、開墾は難航しました。その未開発地に強制徴用で集めた労力で印旛飛行場が造られ、太平洋戦争時は陸軍飛行場として使用されました。
印西牧の原駅圏はその平坦な土地になった飛行場跡地を中心に、西の原・原・東の原・牧の原・牧の台・滝野の街が造られました。
少し前まで、印西牧の原駅圏ショッピングセンター裏に未開発地が広がっていました。

今も飛行場跡地の草原(未開発地)が所々に残り、草原越しに住宅が望めます。


千葉ニュータウン開発で、多くの畑や雑木林が造成され更地になりました。その後千葉ニュータウン事業縮小中断で30年近く放置された鹿黒・大森古新田地区は事業用地として開発され、巨大物流センターやデータセンターのある鹿黒南地区として産まれ変わりました。

初めて出来た物流センター前を、トラックと一緒に農業トラクターが走っていました。


また昔の街の氏子がいなくなった神社は、これからどの様になるのでしょう。

泉(泉野)の弁天神社は入口閉鎖、放置され荒れ放題になっています。


草深(原山)の神明神社は境内の木は伐採、鳥居と本尊の石碑だけの丸裸状態です。



現在はニュータウン用地以外の隣接地域も住宅が建てられ、畑や雑木林が消えています。

農業用地も後継者不在で耕作地が減りつつあり、益々住宅地は増えるでしょう。

里山とニュータウンの融合が素晴らしかった印西里山の風景も、今後どの様になるのか想像出来ません。

今の印西里山が大好きガネーシャJr.でした。


 

 

 

 

 

こんにちは、ガネーシャJr.です。


里山は人との関わりのある自然で、人の営みの中に里山の風景があります。


水田のある低地の奥に小山があり、小山の麓に集落があります。高台には神社の鳥居も見え、小山は雑木林になっています。
これぞ里山と言える風景です。(戸神)


神社仏閣は人の営みの中で造られ、神社のある風景は里山の一部です。
別れ道に鳥居のある絶景です。(萩原)

高台の畑の中を歩いていたら道の先に鳥居を発見、里山歩きの醍醐味です。(松崎)

小山の上の神社、登ってみたが降りるのが怖い急階段でした。(瀬戸)

長い参道、境内の森も見物です(中根)


水がある場所に人が住み、川と里山は切り離せん。里山の小さな小川も絶景です。
小さな小川と言っても、一級河川から用水路まで様々な景色が味わえます。

谷津の中を流れる小川です。(鹿黒)
水田の用水路も流れのある小川です。(吉田)

良く見ると色んな生物がいます。(草深)


川と水田は1枚の風景画の様です。(大森)


夏は草に被われ、流れは見えません。(小倉)

ここまで来ると本格的な川です。(武西)

人の営みの中にある里山は、人の手の入らない深山とはまた違った独特の風景です。

東京の銀座から1時間の場所に、こんな里山の風景が溢れていました。

印西里山が大好きなガネーシャJr.でした。

 

 

  

 


こんにちは、ガネーシャJr.です。


印西里山歩きの楽しみの一つは、里山風景の中にある道を歩く事です。この道の先はどんな景色か、ワクワクしながら歩きます。

里山の雰囲気豊かな道を紹介します。


車の来ない道はワクワクします。(草深の森)

この道を曲がり森を抜けると、どんな美しい里山風景が待っているのでしょう。(武西)


この先の明るい場所は森の終点、美しい里山があるはずです。(船尾町田)



昼でも暗い雑木林や竹林の道は、静けさの中で自然音が良く響きます。(結縁寺)


この道は行き止まりでなく、雑木林の中を抜けられそうな気がします。(大森古新田)

谷津の端を行く道は、水田と雑木林の両方の里山風景が楽しめます。(鹿黒)

高台の道は爽快感を味わえます。(十余一)

真っ直ぐ行こうか、川沿いの道に曲がろうか。ここが思案です。(鹿黒)
川沿いの道も楽しいんです。(和泉)


別れ道に来ると、いつも悩みます。
人里にある八千代と佐倉への別れ道、茶屋でもあったかと想像します。(鎌苅)

右は武西、左は戸神への旧道の別れ道、大木の下で旅人は休んだでしょう。(戸神)

神社があるのは里山の証拠、先に鳥居が見えると絶対行ってしまいます。(別所)

こんな道を歩く楽しみが里山歩きです。
印西里山大好きなガネーシャJr.でした。

 

 

 

 

 

 






 

こんにちは、ガネーシャJr.です。


古希になった途端に全ての行動が億劫になり、年のせいでなく天候不安定のせいにしています。でも猛暑でない時や雨の止み間は歩けるはずなのに、早朝アルバイトで運動完了した気がして家に籠っています。

昔撮り貯めた写真を見て歩く意欲を湧きたて様と思いましたが、見ているだけで満足しています。申し訳ありませんが、その写真で誤魔化して頂きます。


都会暮らしで、里山風景は列車や車の車窓からの景色だけ見ていました。

初めて印西里山を訪れて感動したのは、車窓からではない本物の水田が見れた事でした。
これぞ印西里山の元風景です。

田植え直後の風景は萌えます。
水田が見えると、ワクワクします。


谷津田は素晴らしい風景です。訪れる度に景色は変わり、同じ谷津とは思えません。
冬の谷津の水田は閑散としています。
水田に水が入り、田植えが行われました。
夏の日射しの中で、稲が育ちます。
稲刈りが終わり、また閑散に戻ります。


見渡す限りの水田風景、印西には干拓された土地も多くあるんです。

合併してから印西市は千葉県でも有数の稲作地域に入っています。

実りの秋は彼の姿を捜しに行かないと。

最近はこの風景も珍しくなりました。

こんな道を歩くのが楽しいんです。
田んぼ側では畦道に咲く草花、林側では森に咲く草木を見る事が出来ました。

お気に入りの印西里山の美風景写真を少しずつ公開したいと思います。

撮り貯めた写真で誤魔化そうとするガネーシャJr.でした。


 

 

 

 

 

こんにちは、ガネーシャJr.です。


印西里山では美しい妖精の様な、10cmを超す大型の蝶を見る事が出来ます。

大型蝶の代表はアゲハチョウ科の蝶達です。

アゲハチョウ科の蝶は民家の庭の花にも飛んで来ますが、飛ぶのが速い蝶です。勿論採集も難しいですが、撮影も難しいんです。

一番多く見られるのはナミアゲハ

一番見かけるアゲハチョウ科の蝶です。

ナミアゲハと似た模様のキアゲハ。翅の付け根の模様が異なります。

次に多く見かけるのはクロアゲハ
黒い翅の尾先に赤い斑点があります。

アオスジアゲハはアゲハチョウの中でも比較的に小型の蝶です。

撮影出来ていない蝶ですが、印西里山でアゲハチョウ科のカラスアゲハナガサキアゲハモンキアゲハ を見つけました。
他からお借りした画像です。カラスアゲハはキラカードの様に光っています。


大型アゲハチョウ科と同じサイズのよく見かける蝶にアカボシゴマダラがいます。ゆっくり飛び撮影しやすい蝶です。
特定外来種の蝶で日本で発見されたのは28年前ですが、今は関東地方で一番多く見かける大型蝶になりました。マニアが放蝶して増えた、と言われています。タテハチョウ科で、食生活が同じ他の蝶を脅かしています。
赤星のないアカボシゴマダラもいます。
特定外来種でも美しい姿は愛着を覚え、憎む事が出来ません。


蝶ではなく蛾になりますが、開いた翅が20cmを超す超大型の蛾も見られました。
ヤママユガ科のクスサンと思います。ヤママユガは怪獣モスラの原型です。

とても美しい薄水色の翅を持つ、オオミズアオも見かけました。

蛾は飛んでいる事が少なく、じっくり探さないと見つけ難いんです。でも印西里山には面白い翅を持つ蛾もいます。
誰かに見られている気がして、振り返ると奴がいました。シロヒシャクの仲間と思います。奴は5cmの中型蛾でした。

印西里山を彩る美しい草花や妖精がいる限り、里山歩きは止められません。
印西里山大好きなガネーシャJr.でした。