どうも、おはこんばんちは。はにわんです。昨日に引き続き、自分語りをしようと思います。
昨日の続きを書く前に補足を少し。
・サークルはどうしたのか
夏休みにガラケーを紛失しまして、サークルの連絡網が受け取れないのを言い訳にぱったり行かなくなりました。半年それなりに真面目に参加して(夏合宿とかも行きました)そこそこ仲良くなった人がほぼ全員辞めてしまったこと、なんとなく周りの人と壁を感じていたこと等も行かなくなった原因だと思います。
・中2の時から積極的なコミュニケーションを~というのの原因とか
中2の時に偶然か必然かクラスメイトが自分の悪口を言っているのを聞いて、世の中には自分を嫌いな人が一定数いるのだ、というのを強く実感しました。それ以来、この人は僕のことを嫌いかもしれない、或いは関わっているうちに嫌われるかもしれない、と思うようになりました。それが怖くて、今でも見知らぬ人と積極的に関わるのは避けています。

こんなものでしょうか。では、2年生になってからのことを書きましょう。
2年生になって、1年で落とした分も取り返すぞと意気込んだのも束の間、1週間ほどで真面目に大学に通うのを諦めました。なんとなく初回に間に合ったから出ていた授業も、取らなきゃヤバいと思っていた実験も、1ヶ月ほどで行かなくなりました。
一応前期の前半くらいは家を出て学校に行くふりをしてゲーセンに行ったり授業に出ずに大学図書館で暇を潰したりしていたのですが、ゲーセンに行くには金がかかり、図書館で本を読んだり昼寝するのも飽きてきます。大学まで片道1.5時間ほどかかるのもあって、大学に行きすらしなくなるのにそう時間はかかりませんでした。
金が無限に沸いてくれば毎日ゲーセンに通うのですが、そうも行かずだんだん家から出なくなっていきます。親も学校に行っていない事には気づいている様子でしたが、特に何を言ってくるわけでもなく、毎日外にも出ず部屋に篭ってゲームをしているか、出かけたとしても地元のゲーセンで少し遊んで帰ってくる程度になりました。
夏休みに入り、親に「学校行けよ」と言われるようになりました。僕はもう学校に行く気がなかったので、曖昧な返事をして誤魔化していました。文系大学生の楽そうな生活に憧れて、文転することも考えました。社会はからっきしダメなのですが、国語がそこそこ得意で、かつ少し日本語に興味があったのもありました。
夏休みの旅行で貯金を使い果たし、またバイトを始めました。友人が労働環境がいいと言っていた店が家の近くにあったので、そこで働くことにしました。前の職場ほど楽しさはありませんでしたが、確かに楽にお金を稼ぐことができる職場でした。
後期が始まっても大学に行く気は起きず、最早履修登録すらしませんでした。後期が始まって2週間ほど、母親に声をかけられ、学校に行っていないみたいだけどどうするつもりなんだ、と言われました。
僕は今の大学にはもう行きたくないので、文系の大学を再受験したい、というようなことを言いました。当時の僕は、それが自分の本心だと思っていました。
なんだか筋が通っていない、自分がどうしたいのかしっかり考えろというようなことを言われました。しっかり考えろと言われても何を考えていいか分からず(分かろうとせず)、とりあえず学校に行かなくていい大義名分を得た、とここぞとばかりに部屋に篭って遊びだしました。
母親と話してから1ヶ月ほど経った時、父親にも話が伝わり、父親と話をしました。
父親にも同じことを言われました。自分が将来どうしたいのか、どういう人間になりたいのかを1ヶ月で考えろ、と言われました。今まで生きてきて見つからなかったものが1ヶ月で見つかるとは思えず、考えることも放棄してゲームに没頭していました。一応興味のある分野を触ってみたりはしたのですが、なんとなくしっくり来ず、これでは親を納得させられないなぁ、と思っていました。
1ヵ月後親に結論を聞かれ、わからないと答えました。将来の職業ややりたい事といったものが見つからず、どうすればいいのかもわからない、と言ったと思います。
親には呆れられましたが、職業どうこうではなく、どういう人間になりたいのか、というのを考えろと言われました。その後少し問答をして、ヒントを貰いました。なんとなく、これなら自分にもできそうだな、と思いました。この頃確か12月の頭くらいだったのですが、誕生日(2月半ばです)を迎え20歳になってもも今のままだったら家を追い出す、と言われました。2ヶ月でどうにかなるものなのだろうか、と思ったのを覚えています。
その後は少しずつ自分のなりたい姿というものを考えるようにはなりましたが、1年半近く続けたニート生活が体から抜けず、また考えが行き詰ったこともあり(考えるのが面倒で放棄しただけなのですが)、ゆっくり探せばいいやとか言いながらひたすらゲームをしていました。もう初期の頃感じていた後ろめたさはなく、ただただニート生活を楽しんでいました。

そしてつい先日、父親に「住むところは決めたのか」と聞かれました。要するに、何も変わっていないし追い出すぞ、という宣告です。
僕は、決めていない、復学するつもりだ、と答えました。父親は「今の状態で?」と聞いてきました。自分でも今の状態で親を納得させられるとは思っておらず、だからこそ親に話していない状態でした。しかし、自分で「なぜ親を納得させられる気がしないのか」「納得させるにはどうすればいいのか」を考えようとせず、時間が経てば分かるだろう、どうにかなるだろう、とゲームばかりしていました。この期に及んで、僕はまだ変わろうとせず遊んでいたのです。
少し父親と問答をして、母親にもアドバイスを貰い、自分は変わらなければいけないのだ、という意識が初めて芽生えました。今のままでは生きていくことができず、自分で今までの生活から抜け出し、自立しなければならないのだ、という意識が芽生えました。
我ながら遅すぎたと思います。今まで1年半もの間ニート生活を続け、その間に得たものは何もありませんでした。
一応、今はどうにかニートから抜け出さなければいけない、と思い、考えたり行動したりしているつもりです(つもりになっているだけかも知れませんが)。あと2週間ほどで今までの自分と決別し、まともに大学に通い、まともに社会生活を送れるようになるのか、正直自信はありません。でも、やらなければいけないのだという気がします。今の社会、いえ昔から、遊んでいるだけでは生きていけず、辛かろうと苦しかろうとやらなければいけないことがあるのだ、というのを今更気づきました。たったこれだけのことに気づくのに、僕は2年かかりました。
あと2週間で、僕が本当にニートから脱却できたのか、それとも脱却したつもりになっていただけなのかが分かります。どちらなのかはまだ分かりませんが、出来る限り前者になるよう、全力で努力するつもりです。
僕自身の問題なので僕が動かないとどうしようもないのですが、Twitter等でそれじゃダメだろうみたいな発言や行動が見られたら指摘してくださると助かります。
今までの僕の行動を知って付き合ってくれる方がほとんどいないのは分かっていますが、それでも付き合ってやるよという方は今後ともよろしくお願いします。
それでは、長々と失礼しました。読んでくださった方は本当にありがとうございました。またいつかお会いしましょう。
お久しぶりです。はにわんです。ここ最近ブログを書いてなかったんですが(いつも)、ここ2年の振り返りとけじめのために書き残しておきたいと思います。
2年前の春、僕は大学に入りました。第1志望ではありませんでしたが、浪人もすることなく、現役で大学に入ることができました。昔の知り合いは特にいませんでしたが、どうにかなるかなぁ、とぼんやり思っていました。
大学に入って少しして、サークルに入りました。なんとなく自分の興味のありそうなところに入りました。勧誘してくれた先輩方はみんな優しそうで、馴染めそうな気がしました。
1ヶ月ほどして、勧誘してくれた先輩がぱたりとサークルに来なくなりました。完全に消えてしまったようで、連絡もつかない状況でした(一応授業での目撃報告はあったらしいです)。
話しやすく、同人音楽等の話で盛り上がったりしたその先輩に親近感を覚えていた僕は、こんなこともあるんだなぁ、と思うと同時に、寂しくなるなぁ、と思いました。同年代の人とも少しずつ仲良くなってはいましたが、高校まで受身のコミュニケーションしか取ってこなかった僕にとって、気さくに話しかけてくれる先輩の存在はとても大きいものでした。
クラスでは全く友達が出来ませんでした。毎日同じ教室で授業を受け、席まで決まっている高校と違って、大学では(クラスはあるものの)自由席の授業がほとんどで、また休み時間になれば教室移動です。次の授業まで席から動かずに話すとか、授業中に雑談するとかいったことはほとんどありません。中2の頃から積極的なコミュニケーションを避けるようになった僕は、大学でも進んで人に話しかけようとはせず、結果的に孤立しました。周りはもう仲良しグループで溢れていて、自分の入り込む隙間はどこにも無いように思いました。
友達はいませんでしたが、半年間は大学に通いました。授業を切ったり単位も落としたりしましたが、サークルにも参加して、人並みの大学生活を送っていました(1年前期の教養を落とすのが人並みかはさておき)。
テストが始まる少し前、僕はアルバイトを始めました。家の近くにゲームセンターが出来るというので、オープニングスタッフとして働いてみようと思いました。僕は音楽ゲームが好きなので、それに関わる仕事ができるといいな、と思っていました。
実際アルバイトを始めてみると、音楽ゲームに関わるような仕事はほとんどありませんでした。代わりに沢山接客をしました。研修では笑顔が硬いとか笑いきれてなくて怖いとか言われましたし、僕自身接客に食わず嫌いのような苦手意識を持っていました。しかし、これがやってみると案外楽しく、自分にあっているような気がしました。1度の出勤で7時間労働は確定だったので同僚と過ごす時間も長く、すぐに打ち解けることができました。バイトは空虚な大学生活の中での唯一の楽しみでした。
テストも終わり夏休みに入って、バイトに友達との旅行と大学生らしく楽しい生活をしました。
まぁここは過去のブログみれば概ねわかると思います(?)
夏が明けて大学に行くようになりました……が、サボりがちになりました。バイトが日付変わるまで続くとか、周りが自分に比べて楽そうで嫉妬したとか、そんな下らない理由だった気がします。
最初は大学に行って授業に出ず図書館に行ったりとか、朝の授業を切って午後の授業に出るとかそんな感じでした。親は何も言わず、周りにも何も言われませんでした。何も言われないということは大丈夫なのだろうと、深く考えずに、いや深く考えないようにゲームばかりしていました。
単位は体育と英語だけ回収しました。実験も出ていましたが、最後のレポートの締め切り時に3つレポートが溜まっており、終わりきらないと言って諦めました。それ以外の授業は出てすらおらず、僕の大学の授業数の2/3以上出席しなければ落単、という仕組みに引っかかり全て落ちていきました。
ほぼ留年が確定し、来年から頑張るのだという気も失せていきました。それでも前期くらいは行こうと(前期はほとんど単位を落としていなかったので)思っていました。
春休みはまたバイトをそこそこやって、旅行に行ったりしました。今のバイトでは夜が遅く学校生活に響く、と思い、バイトを辞めました。今思うと特にバイトが原因というわけではなかったな、と思います。

なんか随分長くなってしまったので続きは明日書きたいと思います。2年目に入ってからが本番なので、暇な人は明日も読んでください。では、またいつか。

どうもおはこんばんちは、埴輪です。更新頻度が低すぎて毎回「お久しぶりです」とか「○○ぶりです」みたいになっちゃうのが最近の悩みです。

今回は夏休みということで(もうすぐ終わるのですが)、今夏の思い出を軽く書き残しておこうと思います。

まず8月中ですね。夏休みではないですが、友達の家で泊まりをしました。昔も泊まったことがあるのですが(小学生くらい)、大学生になってやってみると全然違いますね。みんなでわいわいしながら晩御飯食べて、騒いで遊んでととても楽しかったです。晩飯に手作り餃子をチョイスした友人を讃えたいですね。機会があればまた泊まりしたいです。

9月に入って、頭らへんで旅行に行きました。今回は札幌ですね。当初函館も回る予定だったのですが、交通費の問題で却下になりました。個人的には函館には行った事があるので、札幌に絞れて良かったと思っています(実は札幌にはそれほど観光名所が無いんですけど)。

2泊3日で行ったのですが、前日に空港入りして早朝発の便で行ったので実質3泊4日ですね。

実は人生初の飛行機だったのですが、飛行機って本当に空を飛ぶんだなぁと思いました。飛行機乗ったことある人だと何を馬鹿な、と思われるかもしれませんが、いざ実際に飛んでみると思ったよりも驚くものですね。雲を追い越したり、上から見ることが出来たのは感動しました。

北海道で印象に残っているのはやはりやたら高い交通費でしょうか。広くて距離が長い上、鉄道会社もそう多くないのでとても高かった印象でした。札幌なのであまり観光はしなかったのですが(ビール工場に行きましたが未成年なのでビールが飲めませんでした)、美味しいものを沢山食べました。ラーメンや豚丼、ジンギスカンに寿司とかなり豪勢でしたね。とっても幸せでした。

とはいえ旅行でそれだけ使えば金欠になるのも当然というもので、日雇い派遣バイトを始めました。4箇所くらいの現場で働かせていただいたのですが、やはり派遣労働というだけあって誰でもできるような簡単な仕事が多い印象でした。ただ派遣労働者と言うと「大して仕事もできない癖にやたら給料持ってく奴」という印象が社員さんの間であるらしく、社員さん方にゴミを見るような目で見られたのが深く印象に残っています。やはり派遣労働者というのはそういう扱いなんだなと思いましたし、将来派遣労働者にはなりたくないなと思いました。

派遣労働でも同じ現場に何度も勤めていればそういう目で見られることも減るのでしょうが、日雇い派遣で同じ現場に行くことはあまりありませんし(同じ現場に何度も行くような人は普通のバイトやパートが出来るくらいのスキルがある人だと思っています)、ある程度覚悟していたとは言えかなり響くものがありました。自分は思っていたほど仕事が出来る性質ではないのだな、と思わざるを得ませんでした。これから先どんなお仕事をするかまだ分かりませんが、あまり驕らないようにしようと思いました。

はい。夏休みは概ねこんな感じでしたね。派遣労働の話が随分多くなってしまいましたが、それだけ印象深かったということで勘弁してください。

そういえば受験前から更新していなかったので受験の結果報告をしていませんでしたが、第二志望の大学に進学しました。最初こそ真面目に(?)行っていたのですが、今は諸般の事情で進路に思い悩んでいます。どうにか納得いく道を決められれば、と思うのですが、どうにも上手く行きません。こういう機会を持てただけ良かったのかな、と思いますが、せっかくなのでどうにか上手く利用したいと思っています。実際にどうなるかは分からないけどね。

随分長くなってしまいましたが、1年半分ということで勘弁してください。1年半分とか言いながらここ2ヶ月の出来事しか書いていないのは許してください。

それでは、またブログのことを思い出した頃にお会いしましょう。ノシ