こんにちは、はにわです。

酷暑の日が続いておりますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 

今回は、AI全盛の現代に外国語を学ぶ意義について、個人的な思いを綴っていこうと思います。

 

2026年の今、人工知能の成長は止まるところを知らず、日々進化し続けています。ChatGPTやGeminiといった優れた生成AIを誰でも手軽に利用できるようになりました。世界が大きく変わろうとしているのは議論を待ちません。

 

そしてこの波は無論、外国語学習とて例外ではありません。翻訳機の性能は飛躍的に向上し、言語によって精度に差はあれど、容易に他言語話者と意思疎通ができるようになりました。私とて、日々世話になっています。

 

では、改めてですが、この世の中において外国語を学ぶ意義とはなんでしょうか。

私にとっては単に、「生の言葉を理解したいから」です。

言うまでもなく、人間は言葉があって初めて思いや情報を伝えることができます。そして、その言葉は単なる音の組み合わせではなく、奥に人間という生身の存在があって成り立つものです。

 

確かに、翻訳機を通せば、AIに尋ねれば、一才の労力無しに意味を理解できますし、話をすることだってできます。しかし、拙くとも自分の言葉で伝え、そして相手の生の言葉を自分の頭でそのまま理解するということ。この悦びは、決して機械を通しては得られません。

 

外国語学習にのめり込むきっかけになったのは、14歳の夏のことでした。

京都の鞍馬寺を訪れた帰り道、ケーブルカー乗り場で便を待っていると、恰幅の良い白人の青年が話しかけてきました。

”Could you help me to buy a ticket?"

チケットの購入方法がわからず困っていたようでした。

拙いながらもなんとか教えてあげたあと、ケーブルカーが到着するまで少しの間、話をしました。

自分の英語が伝わった、会話ができた、その嬉しさで胸がいっぱいになったのを覚えています。

同時に、もっと英語が話せればな、という悔しさもありました。

 

それ以来、外国語にのめり込むようになりました。相手の母語を話した時の、ネイティブの方の表情が明るくなる瞬間が忘れられません。これからも細々と学習を続けていきたいと思います。