大乗を生きる
小乗を生きる
面白いもので
統合が進んでいくと
欲や囚われ
というもの自体が減ってくるんです。
具現化や
引き寄せが強まるのに
個人的な
欲や欲への執着はドンドン減っていく。
段々とどちらでも好い❤️
が増えていくんです(*´꒳`*)
だから、
どちらでも好いという無執着と
セルフネグレクトの無頓着は根本的に違うのですね。
私の為に、私が、が
段々と減っていって、そのぶん
自然に自分を
この世界に与えるようになっていくのです。
世界にじぶんを耐えた分だけ
いろいろなお役目や神事のオーダーが降りてくる。
世界に自分を与える状態とは
公ごと、に、私ごと、が溶け込む事がないのです。
公ごと、は、公ごと、として見返りなしの与え尽くしなのです。
賞賛や見返りを求めて
公ごと、を求める人が多いのですが、
そういう人は、欲に目が曇り、耳が塞がり、
オーダーが受け取れないのです。
神ごとや公ごとのオーダーは
ラジオ周波数のようにこの世界の全ての人に
降り注いでいます。
それを
受け取れるか?
聞き取れるか?は
その人自身の状態の違いなのです。
大乗を生きる
小乗を生きる
どちらが上でも下でもありません。
どちらが善でも悪でもありません。
その人の魂のプロセスです。
今生のプロセスが
どちらだとしても充分にそれを生きることが
とても大切なのです。
大乗と小乗は2極ではありません
魂のプロセスでありグラデーションです。
時に大乗的に生きて
時に小乗的に生きている
人はTPO毎に
多面的な自分を持っています。
人それぞれ違う。
それだけが存在しています。
人は時に
小乗的エゴの存在で、時に大乗的愛の存在です。
