こんばんはハニエルです
瀬織津姫の御啓示に関わる神ごとと、関係者との連絡が続いています
その事とは別に
このFacebook投稿の後
高橋信次さんの本を読もうときたのですが急な睡魔に襲われて身体が眠ってしまいました
身体は眠っていても意識が起きている状態が続き、何度か起きていたのですが、4時過ぎに意識も深く眠りに落ち、明晰夢のようなものを見ました
なぜ明晰夢のようなというかというと、見ていた場所が自室ではなかったからです。
手術室のベットの上のような目の前がまばゆい光の場所に横たわり、右側にはひたいの広い恰幅の良い男性が穏やかに微笑みながら私に手術のような事を施していました
その人が手にしていたのは緑色の光のライトセーバーのようなもので、それを強い光に当ててから私の右側の肩周りに当てていくのです
3度ほどその作業を繰り返して、肩口近くが一番 深いと言われ、強い光を当てられる時に少し怖く感じましたが、そのまま施術を受けました
高橋信次さん
目覚めてから 思い出しました。
母のお腹の中と 赤ん坊の頃に霊体でお会いしていた方でした。
晩年の痩せた印象が強かったので直ぐに思い出せないでいたのでした。
長年のご神事でポロポロの私の右肩を癒しにきてくださったようです。
目覚めると右肩の痛みはなく腕かスーッと上がるようになっていました。
どうも 有難うございます。
高橋信次さんのメッセージ
あなた方は、こちらの世界にいたときに 愛の原理というのは、たくさん学んでるんです。 あなた方くらいだったら、もう十分学んでるんです。 でも、「じゃあ地上に出たときに その七次元で学んだ愛の原理をなせますか」ということが あなた方の試験ですよ。 やってますか? 愛というのは、漠然とした人類に対する愛じゃないんですよ。 日常のささやかな一コマのなかに、生きた愛の姿をなしていくということ。 行いの中になしていくということ。 ミクロ的には夫婦や、家庭の愛から マクロ的には、人類に対する愛として広がるんです。 身近な人、親を大切にしたりとか、愛する妻、愛する恋人をね 夫を愛せない者が、愛する娘たちを本気で愛せない者が 人類は愛せないんだよ。 そこを、あなた方は勘違いしちゃいけないよ。 神職にある者、神の使者にあった者たちは、どうしてもそういう抽象的な 漠然とした観念の中で愛を唱えたがる。 でも愛というのは違うよ。 マザー・テレサが言ったように、理屈ばかりを言って 排斥する他の宗派の者たちに対して、「私は忙しいんです。 あなた方、私を非難するなら、そこに座って私を見ててください」と。 それで、マザー・テレサは何も言わず 黙々と病に苦しむ患者たちの世話をした。 そのうちに、他の宗派の人たちは黙っていなくなった。 それくらい愛というのは、語るのではなく、行いの中で 日常の一コマ一コマで、全身全霊で捧げ尽くす、その姿、行為を通して 自然に人に語られ、人の心を動かしてくるものなんだよ。 だから、その愛を、単なる理念だけで言ってははいけない。 それはあなた方の人生をもって、その後ろ姿で、あなた方が示していくことで 救世の大運動というものが、ほんとうの意味で広がっていく。 マザー・テレサというあの小柄な女性ひとりが ここまで世界を変えたじゃないか。 やり続けたじゃないか。 それは彼女が語った言葉かい? 彼女はけっして雄弁な人ではなかった。 「マザーの言うことは、言わなくてもだいたいわかります」というのが みなさんの言葉でした。 彼女はそれほど説教のうまい人ではなかったからね。 でも、彼女は、全身全霊をもって自分の人生を まあ、キリストといったけど、神そのものに捧げてた。 病に苦しむ患者、街で死にかけている子どもたち 食べるあてもなく子どもを抱えたご婦人たち、貧しい子どもたち すべての中にキリストを見たと言った。 神の子として、神の姿を見たんだよ。 自分の使えるキリスト、神のお姿を、一人ひとりの弱き者たちのなかに見たとき 彼女は全身全霊で、自分の愛する神のために、彼らを助け続けた。 その行いを通して、あんな小さな女性のやった行為が 世界中の者たちの感動を誘い、世界中の人々を神のもとに立ち戻らせ 愛というものが何なのか。 神の使者というものは現実にいるのだと この地上にいるのだという深い感動を与え 世界中の人々を動かしたんじゃないのかい? 行いがあってこその愛の使行、神の使者だということ。 理屈を言うだけなら、いくらでも言えます。 それは、僕自身が愛を、法を語ったのに、それを実際に具現化する 具体的なことを社会に広める時間がなかったから 教えだけでしか残らなかったー。 教えを具体化できる弟子たちに期待をしたけれど、それが具体化しなかったから 高橋信次なんて何を伝えたのかと-。 闇に葬られようとしている。 そういう状況になってしまった。 教えの内容は、はっきり言って恥ずかしいものではないと思ってるよ。 僕の残した教えは恥ずかしいものだとは思ってない。 十分、根本法として通用すると思ってる。 でも、それがほんとうの意味で、生き様の中で 人類にその後ろ姿をもって伝えられていかなかったら どれだけ九次元の根本法が地上に降りたとしても 少しもそれは世の中に広まっていかないということだよ。 マザー・テレサは、九次元の根本法なんてなんにも知らなかった。 単なるカトリックの修道女、一修道者にすぎなかったけど 全身全霊をもって、愛の行いの中に人生を生き、捧げ尽くした。 その姿をもって、神の懐の中に戻っていけたし 神のお姿そのものをこの地上にあらわすことができた。 まさに愛の通路として、愛のチャネラーとして、神様の愛の道具として 地上に降り立った光の天使として、彼女は存在しえたということ。 「愛の通路となりなさい。愛の道具となりなさい」とアモールが言いました。 その姿を、あなた方一人ひとりがやったら ここに、何人のマザー・テレサが誕生すると思う? その、あなた方の神の子としての本来の神性に火をつけるために 我々はこうやって地上に降りてきて、あなた方に直に話をしている。 九次元の話を、直で毎回聴ける者はいないけれど 天上界においてもあまりいないけれども、それでも、僕たちは話をしている。 あなた方が肉体を持っているということは、それはある意味で 半分、目が見えないのと同じ状態であるけれど そのうえであえて肉体を持ち、これだけの覚悟で レムリアに集まっているということをもって あなた方に第二第三のマザー・テレサになってほしいと そう心から願うから、こうやって、毎回出てきてるんです。 いいですか。 愛というのは、自分の身近にいる者をほんとうに愛しえたときに 愛のほんとうの意味を知るんだ。 だから、愛を単なる空理空論のものとして 言葉だけ、便宜的に使ってはいけないよ。 まず、身近な者をほんとうに愛する。 そして、愛溢れる仕事をする。 愛溢れる使命を果たす。 その日常の行為、人生のさまざまな行為の連続の中に 最終的に、愛の通路として、愛のチャネラーとして いいかい。 愛の道具として花開くときがくる。 そのときこそ、あなた方の小宇宙が、あなた方の神の子としてのー みんな神の似姿につくられている、ひとつの宇宙だと思いなさい。 「あなた方の体こそが神殿である」ということをアモールはおっしゃった。 あなた方を、ひとつの小宇宙と呼ぼう。 神の姿の宇宙が、そのままにあなた方の肉体を通してあると。 そこに、神の子としてのすばらしい愛の光が宿っている。 その光をビッグバンのように発信しなさい。 あなた方が、この地上に確かに生きたのだという証を 愛の爆発の中で、光を作裂させていきなさい。 そうすれば、必ずや多くの人々が 神の子としての光に、爆発した愛の光の衝撃によって 自らの神性に気づいていくことでしょう。 その神性に気づかせていくということが 光の使者、神仏の使者の仕事なのです。
いちばん大事なことは、神の基本理念を、法を 地上の者たちに伝えられること。 そして次は、地上に降りた法を、地上の人たちに 具体的な行動として、日常の中に表現して見せることです。 表現なしの愛など何の意味もない。 愛の言葉など意味がない。 愛とは、自分を滅して他者を愛し抜く、トータルな献身的な姿にあるのです。 その姿をもって愛というのです。 我が身かわいいと思っている気持ちがある以上は、まだまだ、だめなのです。 愛の姿がほんとうにわかったとき その人は、ひとつの宇宙として、ひとつの神殿として 光り輝いた神の化身として地上に降り立つのです。 それを、マザー・テレサが見せてくれた。 マザー・テレサと同じことをやれとは言いません。 マザーはマザーのやりかたでおやりになったのです。 あなた方も、あなた方の姿を、あなた方の意志と心からの思いで ご自分の個性を通して、光の使者として最大限に光り輝きなさい。
高橋信次からのメッセージ(37) : 地球を愛の星へ





