先日のお茶会で、お友達が出来ました
LINEで、色々シェアしたり、誰かの書き込みに、みんなで喜びあったり、とても温かい感じです。
で。
それと並行して、自分とも向き合っていて。
子供時代にクリーミィマミに憧れてたのを思い出し、ニヤニヤ
クリーミィマミについては、また別の機会に語りますw
本題の前に、長めの前置きを
私が幼かった頃は、魔法使いの女の子のアニメが流行っていて、オモチャの魔法のステッキを買ってもらってその気になっていました。
ホンマに魔法使えたらどうする?
って、友達と盛り上がったり。
自己紹介にも書きましたが、私は生まれつき下肢に障害があります。
幼稚園に上がるまでに、歩行訓練に通っていましたが、それはみんなやってると思っていました。
幼稚園に上がって、あら、違うのねと、思った記憶があります。
でも、魔法のステッキで、自分の足をみんなと同じようにしたいと思ったことはありません。
足を治す、という意識がないというか。
足が悪い、という意識がないというか。
とにかく、自分の足はこんなんやって思ってるから、それをどうこうしたいという感覚にならなかったんだと想像します。
ちなみに、今魔法が使えたら、石◯さとみさんになります
嘘w
子供の頃から自足歩行は出来ますが、特徴的なので目立ちます。
それなのに、私は人前で歌ったり、話したり、とにかく目立つことが好きでした。
クラス委員とか、自分からやりたいって手を挙げる子でした。
これには、お母さんの呪いが関係していて。
(障害があるから)運動出来ないんだから、せめて勉強はちゃんとやりなさい。
困ってる人を見たら、手を貸してあげなさい。
自分で出来ることは、人に頼ってはいけません。
出来ない・しんどいは禁止。
学校では、先生やクラスメイトが助けてくれるけど、社会に出たら、誰も助けてくれないよ。うん。
今ならわかる。
お母さんも、しんどかったんやなって。
お母さんは、私をうんで中学で入院するまで、
「障害児の親は地味でないといけない」
「楽しそうにしてはいけない」
と、自分を律していたと大人になってから聞いたことがあります。
(今は若々しく、好きな格好をしています
)
お母さん自身、誰にも頼れなかったんだろうな。
お母さん、社会に出ても、誰か助けてくれるよ。
お母さん、世界は優しいよ。
お母さん、もう頑張らなくてもいいよ。
お母さん、あなたから見たら、私は甘々な考えで頼りないでしょうけど、それでも私は私のままで生きていくね。
お母さん、ありがとう。
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私が、大きくなったら何になりたいかと言えば、歌える女優さんになりたいと思っていました。
歌って踊って、お芝居も出来る人になりたかったんです
けど、それは誰にも言わず封印してきました。
実は体を動かすのは大好きで、活発な子供でしたが、よく転倒するので、生傷が絶えなくて、いつもどこかに絆創膏を貼っていました
それに、足に障害がある私が女優さんになってはいけないと思っていました。
幼稚園の卒園前に、夢を絵に描きました。
女優さんになりたいと思っていたけど、素直になれなくて、隣の子の絵をそっくりそのまんまマネして描きました。
先生たちは、きっとビックリしたでしょう
まさかの、構図も内容も同じ絵が2枚w
ゴメンね。私がパクリました
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小中高と、人前で自分のことを話す機会が何度もありました。
特に、高校時代は、何がキッカケか忘れましたが、学校以外の場でも講演することが度々ありました。
そういえば、今年の夏前に、お話会をしたいなと漠然と思いついていました。
お話を聞くのも好きやし、お話するのも好きやから。
今は、なんの肩書きもないので。
そもそも、お話会開くのに、肩書きは要るのか?
知らんけどw
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で、お話会は置いといて。
私は、たぶん表現することが好きなんです。
ブログ書くのも、好きなんです。
そして、講演会を開きます。
(突然の決意w)
とりあえずのゴールは、表現者になること。
こないだのお茶会で、エピソードトークが下手っぴって実感しました
(講演は、事前にしっかり原稿を書いていたので、それなりに話せてました。)
ブログを書いて、表現力と語彙力をつけます。
いろんな人の話も聞きたいから、講演会に行きます。
積ん読の山を切り開きますw
買って満足してた教材で勉強しなおします。
ノートとペンで自分に寄り添います。
自分が思う表現者になるために、今出来ることをはじめます。
