「祈念祭(きねんさい)」
神主さん達が全員で集まって、
いろんな貰い物をするという...。
『斎宮』は飛鳥時代から、
660年続いた朝廷の施設・・・最盛期には500人が働いていた。
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『斎宮』・・・「斎王」という一人の女性のための宮殿!
伊勢神宮と深くかかわる皇女「斎王」
7世紀、
天皇の後継者を巡って国を二分する戦いが起きました…
壬申(じんしん)の乱
戦いに勝ち即位した「天武天皇」は
内戦で荒れ果てた国を立て直すために自らの娘を呼びました…
『大来皇女(おおくのみこ)』
「天武天皇」は未婚の娘を自分の代わりに伊勢に派遣し
ずっと「伊勢神宮」の傍らで仕えるように命じたのです。
バラバラになった国をまとめるには
強いカリスマ性が必要でした。
「天武天皇」は伊勢の“天照大御神”との関係を
アピールする事で自らの権威を高めたいと考えました...
これが「斎王」の実質的な始まりです!
『斎王制度』は
「平安時代」から「鎌倉時代」を通じて660年続きました!
新しい天皇が即位するたびに
未婚の女性から「斎王」が選ばれました...。
「斎王」に選ばれた女性の部屋は立ち入り禁止とされ
二年あまりかけて俗世との交わりを絶って
穢れ(けがれ)をはらい、伊勢におもむき天皇が代わるまで
時に一生「伊勢神宮」に祈りを捧げて暮らしました。
「いつきのみや歴史体験館」
「斎王」が京から伊勢に来るとき、
あるいは伊勢神宮に参詣するときには「輿」を使いました...
京から伊勢に5泊6日の旅を「輿」に揺られてしました。
「斎宮歴史博物館」
「斎王」の暮らしが再現されています...
「斎王」に穢れを近づけないように
また京と変わらね暮らしが出来るようにと
沢山の人たちが働いていました。
なかには、ちょっと変わった仕事もありました…
毎月の終わり、特殊な物差しを使い
「斎王」の身体測定を行っていました。
体長の変化によって
それが「神宮」の神様のブラスのお告げか
危機のお告げか占い師が判断しました。
従って「斎王の体」は
『神様のセンサー』みたいなものと考えられていました。
『実際に「斎王」が政治に大きな影響を与えた事件...』
11世紀 長元4年(1031年)伊勢神宮に赴いた「斎王」に突然、
神様がのりうつりこう言いました!
「われは荒祭宮(あらまつりのみや)じゃ!
今の斎宮の長官は本来「伊勢神宮」で行うべきまつりを
勝手に別の場所で行っており、
これは天皇が伊勢神宮をかろんじておるからじゃ」
「荒祭宮」・・・“天照大御神”が猛々しく荒れている時の呼び名
事件は直ぐに朝廷に伝えられました。
自体を重く見た天皇は直ちに斎宮の長官を流罪に処し
勝手に祭礼を行うことを禁止しました。
「斎宮の発掘現場」
東西2キロメートル南北700メートルの広大な遺跡には
「伊勢神宮」の発展に尽くした女性たちのドラマが
まだまだ眠っているのかも知れません。
「伊勢神宮」に行った時は「斎王」に
思いを馳せてみてはいかがでしょうか…。




