播磨の法隆寺として知られる「刀田山鶴林寺(とたさんかくりんじ)」 | やっくんのブログ

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ゴールデンウィーク後半は抜ける様な青空と新緑から...🎶🎀
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‼︎加古川市で唯一「国宝」の建築物を有する寺院です‼︎

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この寺は兵庫県加古川市にある天台宗の寺院です!

「鶴林寺(かくりんじ)」は今からおよそ1400年前の6世紀終盤に16歳の「聖徳太子(しょうとくたいし)」(厩戸皇子:うまやどのおおじ)が秦河勝(はたのかわかつ)に命じて建立されました。


そして高句麗からの渡来僧「恵便(えベン)」を住職とした「四天王寺聖霊院(してんのうじしょうりょういん)」が始まりであると伝えられています。

以来「鶴林寺」は1400年の長い歴史を歩んできました。

仁王門を潜ると姿を現すのが「国宝」にも指定されている本堂です。

現在の本堂は1397年に再建されたと言われています...
堂内には「鶴林寺」の本尊「薬師如来」そして「薬師三尊像」と「二天立像」5体が秘仏として祀られています。

このお堂は室町時代の初期に出来ております。

それまでは和様建築とか大仏様建築とか、様式をひとつの建築様式で建てられていました。

室町時代に入り複数の様式をひとつに折衷していきます。

その建築例として非常に全国的にも珍しく、また技術的に円熟した要素がそのまま残っているという事で「国宝」となっております。

いわゆる三つの様式「和様建築」「大仏様建築」「唐様建築」が渾然一体となった「折衷様式」です!


桧皮葺の屋根で本堂と同じく国宝に指定されている「太子堂」は本来は法華堂もしくは法華三昧堂と呼ばれる「おこもり修行」をされるためのお堂でした。

その時は正面も奥行も柱の三間(さんげん)づつの真四角のお堂だったようです。

そして南に一間(いっけん)後の時代に増築され「太子堂」と呼ばれるように変わって行きました。

用途は「おこもり修行堂」だったものが「聖徳太子」様を慕ってお参りする人達のための礼拝施設というふうに変わって行きました。

この「太子堂」は全国的にも珍しくなってしまいましたが、平安時代にさかのぼって建てられたお堂であり、兵庫県では一番古い建物という事になります。

また現存する「法華三昧堂」としても全国一古いといってもいいと思います。

ただ「法華堂」でなくして後の時代に用途も変わり、そして増改築した形跡もハッキリと読み取れる非常に貴重な遺構であるという事ができる点からも「国宝」として指定されました。

この「太子堂」の内部を復元したものが宝物館で展示されています。

須弥壇の仏様方の後ろの面に書かれているのは「九品来迎図(くぼんらいごうず)」と言い、九つの品と書いて「九品(くぼん)」来るに迎えると書いて「来迎(らいごう)」です。

人間は臨終を迎えると極楽浄土から阿弥陀仏が眷族と共に迎えに来てくれる様が描かれています!

「九品」の事は「観無量寿経」というお経に説かれています。
平安時代の絵という事で地味な色彩を連想されてきましたが、実際の調査で絵の色が分かり復元してみると、こんなに華やかな色を使うものかと非常に皆さん驚かれました!

また、その裏側にはお釈迦様のご入滅を描いた「仏涅槃図(ぶつねはんず)」が描かれています。

他にない特徴として、日本で一番古い「涅槃図(ねはんず)」というのは高野山にあります掛け軸「仏涅槃図」(応徳3年/1086年)ですが、それと非常に共通する構図がありますので、この「刀田山鶴林寺」の「仏涅槃図」も時代を前後する頃に描かれたものであろうと思われます。

お釈迦様のお顔が仰向けであって枕をしてらっしゃいます。
一般に拝見する「涅槃図」では腕枕をしてこちら向きにお顔を向けておられます。


鶴林寺「新西国霊場」(第27番)「西国四十九薬師霊場」(第22番)の札所で、また「関西花の寺二十五ヶ所霊場」(第9番)の札所ともなっていて花の寺としても知られています。


六月にはお釈迦様にゆかりのある聖樹と言われている「菩提樹(ぼだいじゅ)」と「沙羅双樹(さらそうじゅ)」の花が美しく咲き訪れた人達の目を楽しませています。

そして、「国宝」「重要文化財」指定の建築物や仏像などが数多く残されています。