母と電話する。
およそ40分間。
仕事ない日の朝の掃除、洗濯等の家事のルーティンを、
私が、急いでやってから。
93歳、明るくパワフルに愚痴を語り続ける。
65歳の娘は、クタクタなのに。
長生きをする人は、思い通りにならないことを
吐き捨てることで、ストレス解消しているのだろう。
ゴミ箱代わりの親族は、電話終わったあとで、
自分がぼろ雑巾になったかのような気持ちになる。
こんなことがまだまだ続いていくのだろうか。
コロナ下で、帰省して世話をするということはめっきり減った。
毎回母のものを洗濯、部屋を掃除して、レンタカーで買い物に連れていくというのは、
ホントに厳しかった。
外に連れていくと、喜んでくれるのだが。
慣れない場所での運転や、買い物のため下準備や手配。
もの凄く大変だった。
だから正直、今はほっとしている。
でも電話が8時、9時にかかってきたりして、夜早い私にはつらい。
電話をかけると、あれが欲しいと要求が出てくる。
母の欲しいものを一生懸命見つけて、送らねばならず、
時間も手も、かかる。
もう勘弁してほしい。
自分の買い物もいっていないのに。
母の欲しいもの捜す時間が、なかなか見つからなくて。
時間の余裕ない私は、おにぎり片手に運転しながらあちこち捜す。
送れば喜んでくれるけど、
毎回もう勘弁してほしいとつくづく思う。
でも、母は、”つぎはー”、と軽く言ってくる。
最近身体の底から、脱力感しか感じられない私。
力尽きてしまいそう。
息子の手伝いがあって忙しいと言っても、
”そんなこと、辞めたほうがいい”と
私を説き伏せるかのように話す母。
妹だけに、遺産を残すつもりだった母。
子育てのなかで、あなたはそう手をかけず
自分の思い道理に、育て、
うまくいかなくなると、
妹と私の容姿をあざけり、
サイテーな人たちだったよね、あなたたち二人は。
家族にだけは、いい顔していた妹。
その死にざまは、私に示してくれた。
成熟した人間には、なれなかった妹。
私が死と直面した時には、どうだろう。
どんな人間として、死んでいくのだろうか。
あなた方より、マシな老い方でいけるのか。
それよりも、もっとぶさまな老い方なのか。
どんな様子で死を迎えていくのか。