こんにちは
 
 
 
  
 
 
 



 
 
親戚の葬儀がありました。
 
 
 
 
 
 

 
 
お知らせを受けて、とてもショックだった。
 
 
お別れに行こう、と私はまず思ったのだが

 
 

うちの身内(仮名A)に
 
「えっ行くの?」

と言われた。(行かなくてもいいんじゃない?と暗に言われてるような
 
…気がした)
 

 

 
Aは、会ったことが多いかとか
 
親戚どうしのパワーバランス的なものとか
 
物理的な距離とかを総合的に考慮して決めて
 
行かなくてもいいよね、と思ったようだ。

 




 
もちろんそれをdisるつもりはないけど
 
 

 
「行った方がいいかどうか」で決めてるようだ。
 
(繰り返すが非難ではない)
 
 
 

 
 

私は、その亡くなった親戚とはそんなにたくさん喋ったことはない。
 
だが
 
小さい頃は必ずお年玉をもらっていたし
 
 
 
何より、
 
うちの父の葬儀に

「どんなことがあっても〇〇(父の兄弟)を連れて行くよ」

と言って一緒に来てくれたのがとても心に残っている。
 
その親戚のことはあまり積極的だと思ってなかったのだが
 
その時はとてもハッキリとそう言って
 
自分もちょっと辛そうなのに来てくれたんだ。
 
 
 
 
 
 



 


それに、その親戚の家は私が上の子を育てたところに近く
 
数回だが子供を連れて遊びに行ったことがあり
 
 
「いつでも、アポナシでも来ていいんだよ」
 
と夫婦で言ってくれてとても心強かった!
 
 
一日中子供と一緒で、もちろん楽しかったし
 
こどもとふれあうことがとても幸せだったが
 
同時に頭がおかしくなりそうにもなっていた頃。
 
ありがたかったなあ。
 
 

 
おもちゃのお下がりをいただいたこともある。
 
 
 
  

そんなこともあるから余計に

お別れしたい、と思った。

 
 

父の時のお礼や何やらをいつか直接言いたいと思っていたのに
 
ほんとうに突然だった。
 
 

 
 
「あの時はありがとう」なんて

わざわざ連絡して言うなんて普段しないけど
 
「突然伝えることができなくなってしまう」

そんなことがあるんですね。
 

 

 
 



 
 
 
 
そしてお別れのそのセレモニーでは 
 
久しぶりに他の親戚とも会い…
 

 
いとこが、親とそっくりでなんだかほっとした。
 
 

 
大好きだったおばちゃんの息子さんが
 
そのおばちゃんそっくりなんですよ。
 
 

姿が、というより
 
喋り方や気を遣ってくれる感じが。
 
 

自分の感覚が、

ようちゃん、ようちゃん、とみんなに可愛がってもらった子供時代に少しずつ戻っていて
 
こんな形で自分がホッとできることもあるんだと思った。
  
 
ちょっと気恥ずかしい感じもあったけど
 
その頃に戻った感じで、遠慮なく楽しいおしゃべりが

(いつもより)できた。かな。
 
 
 

 
自分が歳下でいられる環境って
 
この歳になったらあまりないんだけど
 
実年齢関係なく、もう赤ちゃんでいいから
 
気負いなくすごしてもいいのかもしれない。
 


亡くなった親戚にこんな機会をつくってもらえたとも言える。
 

直接言えなかったけど
 
また感謝がわきあがってきた。
 
 
 





 

読んでいただきありがとうございます。