先日

息子がついた嘘に

怒った私


私は嘘が嫌いプンプン


これは以前にも

自分を観察した結果

自分だって自分に嘘をついている

など気付けた事もあるけれど

やっぱり嘘は嫌い

というところは

変わっていなくて







別に誰かを傷付ける

ようなモノでは無くても

なんでこんなに

私は嘘が嫌いなんだろう

と考えたとき


相手が私に対して

本当の事を言わなかった

という事実に

私が傷付くからだ

と思いました


正直に言ってくれない

=私を信用していない


と決め付けて

捉えてしまう図式を

頑なに持っていて


例えばそれが

誰かを庇ったり

私のためについてくれた

優しい嘘でさえも

あ、今の嘘だ

と気付くだけで

勝手に傷付いたりもして






今回

息子がなぜ嘘をついたのか

問いただしたところ

そう言った方が

お母さんが安心すると思ったから…

という


優しい嘘だったのでした






私のためについた

優しい嘘さえも

全部ひとまとめにして

嘘は嫌いハッ

と切り捨てるのは


あまりにも自己中で

あまりにも雑な捉え方なのでは?

急にそんな風に

思った私がいて






これまでも

他人の優しい嘘に

何度も触れてきた事を思い出し


その人の優しさを

全く受け取る器の無かった

自己中な私に

気付かされましたゲロー






私に心配をかけないためだったり

誰かを守るためだったり

そんな優しい嘘の

優しさの部分を

全く受け取れていなかった私


いくら嘘が嫌いでも

その優しさの部分に

もう少し寄り添ってみたら

また違う角度から

物事が見えるような気がしています






小さい頃から

自己中で優しさが足りない私に

こうして周りの人や息子が

優しさとは何か

を少しずつ

教えてくれているのでしょうねおねがい

有難いことです 






もっと優しさを受け取れる人に

そして優しさを分け与えられる人に

なりたいと思います






いつもありがとうございます