昨年10月にもヨーロッパに行きました。
向こうはキリスト教の影響もあるのか、弱者(という言い方もどうかとは思うが)に自然に手を貸す仕組みができているなと思った。
スペインでは、坂をのぼっている高齢者の荷物を自然に持ってあげて、のんびり一緒に上っていく若者の姿を見かけました。
一昨年、ロンドンバスに乗った時に、ベビーカースペースに大きな荷物が置いてありました。
そしたらすらっとした大きな英国紳士が「ここはベビーカーを乗せる場所なんだ。荷物はどけてくれないか?」って声掛けをしていて、それがそんな威圧的な雰囲気ではなくとても自然で、周りも日本みたいに「何か言いだしたぞコイツ」みたいな雰囲気にはならず、自然とママさんのベビーカーを運ぶお手伝いをしていた。それがとても素敵な光景だなって思ったのです。
韓国に行った時も、大きなコロコロを持ち上げて必死に階段を上ろうとしていたら、爽やかなお兄さんが「持ちますよ!」って持ち上げてくれて、「日本から来たの? 韓国を楽しんでいってね!」って風のように光だけ残して去っていった……!
日本だと、「ここで声をかけたら変人扱いされるかな?」だとか「誰も手助けしてないんだし、いいや」だとか、そういう皆との同調が一番大事、周りの視線を気にしすぎて、浮くのを怖がりすぎて誰も一歩を踏み出せない。そんな息苦しい空気が漂っている気がします。
一番衝撃だったのは、電車の通路でのんびり荷物の上げ下ろしをしている人を、列を塞がれているみんながこれまたのんびり待っていたこと。私はついイライラしてしまって、当然ほかの人も苛ついているだろうと思っていたのだけれど、顔を見てみるとみんなのんびりしたもの。日本だとみんなイライラした顔を隠そうとしません。それを見たとき、「もしかして苛つかなきゃいけないように思わされていたのでは?」と思いました。
「自分も気を遣っているんだから、お前も気を遣えよ」という日本。
「自分も自由にやっているんだから、お前も自由にやっていいよ」というヨーロッパ。
どちらに偏りすぎても大変なことはあるけれど、一分一秒狂いなく到着、開始することの素晴らしさの裏で、無くしているものも多くあるのではないかと思いました。
24時間空いているコンビニ。時間指定ほぼ狂いなく来てくれる宅配便。
最近はオープン時間を制限するようになったり、時間縛りもゆるくなってきたり、少しずつ変わってきている。それでいいと思います。
今まではあまりに消費者が求めすぎていて、それが叶えられないとまたイライラして。
少し不便になるかもしれないけれど、でもまた得るものもあるのではないでしょうか。

