お茶を召しませ?

恋に仕事に疲れてしまったあなた、ちょっと寄り道していきませんか?

このブログは、私の私小説、ラテでも用意して読み始めてくださいね。


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BAR

扉を開けると、蝶ネクタイに黒のベストを身に付け顎に髭をたくわえた眼鏡の男が静かに声をかける。


「いらっしゃい」


彼はこのBARの雇われマスター・シンさん。意外と年は若そうだ。ひょっとしたら同じくらいの年齢かな?


「何飲む?」


「いつものファジーネーブルがいいな」


ここに来ると飲むものは決まっている。あまりお酒に強くないあたしの為に弱めに作ってくれる。

「はいよ。」どっしりしたグラスにオレンジ色の果汁がたっぷりのカクテルを、男性にしては綺麗な指でコースターを滑らせ、

その上に「コトッ・・・」と置いていく。


「今日は?早いね、一人なの?」洗いものをしながら話しかけてくる。


「うん。まだみんな仕事中。早上がりできたから先に来ちゃった」


シンさんは同僚の友人で、このBARにも同僚に連れて来て貰った。

ショット・バーというのだろうか。店内は狭い。カウンター席は7つ。

後ろに高さのある小さめの丸テーブルに椅子が2脚、それが3つ。

明るめのライトとBGMには重過ぎないJAZZが流れている。

値段も良心的で実に居心地が良い。


最近のあたしは、会社帰りに時間があるとここに来るようになった。

恋をした事、失恋した事、その時に思い悩んだ事を、シンさんに聞いて貰っていると

彼は押し付けがましくないアドバイスをサクッとしてくれる。

人と話すのが煩わしく感じていたあたしにとって、人と話す事がこんなに楽しいと教えてくれた。


なじみのBARがあるなんて、少し恰好良いんじゃない?なんて思いもしていた。


あたし “hane”・・・

人生をもう一度やり直したいかと聞かれたら、きっとあたしはこう答えるわ。


「いいえ。こんな経験何度も出来るもんじゃないんだもの。いろんな色に染まりながら最後に大作を完成させてやるわ!」



あたしは“hane ”。

会社と家の往復の毎日。

休みの日は猫と遊んだり、カフェでお茶を飲みながら考えごとをしたり。

友達は皆結婚していて中々会う機会も減ってしまった。

一人で過ごす時間が多いけれど、それはそれで満足しているのが何だか空しくも感じる。


恋人が欲しいと思う事もあるけれど、どうせあたしなんか誰も相手にしてくれないわ。

コンプレックスの塊ね。可愛くもないし、お洒落でもないし。

変化を怖がり決して冒険をしようとしないつまらない女の一人ね。


そんなあたしが少しづつ変わり始めたのは、会社の取引先の社員・久保君と出逢った事がきっかけになった。


久保君とは同じプロジェクトを共同で手懸ける事になり、何度か打ち合わせや、みんなと飲みに行ったりする中でいろんな話しをする様になった。

彼は背が高くて、温厚そうな優しい目をしていた。気配りの出来る人で何かと気を使ってくれて一緒にいると何度となく感心させられる場面があった。現在の事、将来の事、人とこんなじっくり話しをするなんて今まであったかな?


そうそうその時話題になっていた映画をまだ見ていなくて二人で映画館にも行ったな。

あたし最後の最後でぼろぼろ泣いちゃって。苦笑しながら泣き止むまで待ってくれていた。


「なんか彼を見るとドキドキするな・・・好きなのかな・・・?」


久しぶりなこの感覚。単純だけど恋ってこんなもんじゃない?

この頃からみんなに言われたのは、


「最近目がキラキラしてるね。恋でもしてるの?」


自分でも毎日が楽しくて、仕事も頑張れて充実しているのが手に取る様に感じられた。

まだ告白なんて出来ないけれど、一緒にいられる時間があればそれはそれで楽しいし。


・・・なんて呑気に思っていたらある日


「恋人が出来たんですよ!」


「・・・えっ?」


「haneさんも知ってる人。」


思わず絶句で・・・。

あたしの同僚の亜紀と付き合い始めたらしい。

亜紀は常に客観的に物事を考え、どんな人の事でも一方的に否定はしない良き相談相手だった。

あたしが久保君を好きな事は話していたから勿論知っている。でも彼女は、自分も彼に惹かれている気持ちに正直になった。

後々彼女と話した時に、いっそ清々しさすら感じ、悔しいよりも「ああ、この人は真っ直ぐなんだ」と思い、まだ恋に恋していたような状態のあたしは彼らの幸せを心から願える事が出来た。


この失恋からしばらくして本当の意味で転機となる次の出逢いが訪れた・・・