コーヒーを二つ買った日。その時刻。



一つは新しい彼女に。ではなく

ゴシップ好きなタクシーの運転手さんの分。


どことなく北大路欣也に似ている。

だがドアを開けてくれたのは警察官



細い黒縁の眼鏡をかけた北大路さんが

後部座席を振り返りながら言う。

ご自宅まで送り届けるように言われてます、

ご自宅以外は届けられないような言い方で



そうですか。お願いします


ゆっくりと走り出す車内からの景色。

見覚えのある町並みが

暗さで何も見えなくて よかった。



車に鞄を置いて出てもいいですか。

貴重品はありません。


私もトイレに行きたいので

お持ちいただけると助かります、



仕事のメールが未了。残量は6%

コンビニのモバイルバッテリー

ChargeSPOTを借りるために立ち寄った。

レシートを必ず持ち帰るクセで

何時だったのかを振り返ることができる。



滞在していた出口方面とは

反対側のロータリーまで連れてこられていた

それにはきっと意味があったのだろう。


警官がポツリと停車するタクシーに声をかけ

警察車両の後ろに待機させた。


こんな時間。上申書を書く為だけに

警察署まで連れて行かれるなんてごめんだ

車両の中で対応してほしいとお願いした。



交換条件にも即座に応えた。

天涯孤独。戸籍謄本で確認してください

どうでもいい。


若い警察官の言い草が気に食わなかった


会社の名前が分かれば十分でしょう

8時半には事務所にいるから

確認してください。うちの従業員に。

早く終わらせてくれないと出勤ができない。



三日間まともに眠れていない身体に

最後の出来事への怒りが重くのしかかり

冷静さを欠いた。



操作をしている間に残量は1%

電源が切れたらレンタルの手続きは無理だ


もう充電することはできないかもな

古いiPhoneが

静かに疲弊している自分のように感じた。



店員の女性に見覚えがある

M・デラックス風の無愛想なMTF

前日の01:35大量に買い物をした店舗

黄色いラベルの酎ハイやノンアルコール

カップ麺におにぎり。とんがりコーンも。


酔い覚ましと意味のある時間稼ぎに

自ら迷い込んで辿り着いた店だった。




終わってから12時間か。

今ごろは温かいベッドで死んだように

眠っていたはずだった。


だがこうなることを

頭の片隅で想像していた自分もいた。



静まり返る店内にドリップの音



そうだよな。

オレは今回ただ一つの目的のためだけに

ここへまた戻って来た。

他に理由などない。


その目的はすでに果たされたのだから。

そう言い聞かせながら

自分を追い出すようにして店を出た。



タクシーの窓を爪でノックして

北大路さんにコーヒーを渡しながら

一服させて欲しいとお願いする。



ゆっくり煙を吸いたかったが

ワタシもご一緒していいですかと案の定。


いやぁ、連休なのにお客が全く居なくて、

ほんと有難いですよお客さん、

今なら50分あれば着きますからね、

にしてもナゼです?

1時間も待てば始発が出るのにお急ぎで?

お仕事ですか?それともお休み?

大丈夫ですか?



始発を待てませんでした

先を急ぐ性分で。


あ、じゃ、高速に乗った方が、

あ、同じか、よりも少し安いからその方が、

高速にしましょうね、



お任せします。

でも急がなくていいです



そう言ったのは

仕事でも休みでもない夜に居たかったから。


一定で。低くて。途切れない流れ。


風切り音とタイヤ音が混ざり合って

速さはあるのに急かしてこない


ただ進み続けているという感覚だけが残って

感情を処理しなくていい。



あ、すみません、お仕事中でしたね、


饒舌の向こうに人の良さが滲んでいて

頼むから静かにしてくれとは言えなかった。



いいドライブとは言えなかったが

翌日の雛形まで作れたので少し眠れる。


05:42

支払いの用意に鞄に手を伸ばしながら

そうだった

現金が足りない。所持金は数千円

カードは持っていなかった。


バーコード決済しようとしたら

限度額を超えていた。申し訳ない

自宅まで一緒に来てほしいとお願いして

近くの駐車場に停めてもらう。


寒いので中に入ってください。

と言ったら

大丈夫ですよ、端数は要らないという。



出戻りで1年以上働かない娘と

ひ孫が同居していると話していたので

包装だけ破ったジュースの詰め合わせと

洋菓子の包みと支払いを済ませた。



部屋にたどり着いたのは06:00

朝なのに暗い夜。つかれた


そのままベッドに倒れ込んだ




翌朝。車に乗り込むと

助手席にジュースの詰め合わせの箱が

北大路さんのひ孫たちは今ごろ

オイルの飲み比べをしているに違いない。



この日。この27時間は

人の人生のつらさが胸に沁みて

自分もまた消えていくような苦い夜だった。


というはなし。

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