昼過ぎに息子を迎えに行った。
病室へ向かうとき、
病棟の小ロビーの椅子に腰掛けひとり外を眺めていた息子を見つけ、背中から声をかけた。
照れくさそうな笑顔が、最近、自分に似てきたかもしれない。
病室へ入ると荷物がベッドの上にきちんと並べられていて、
キャリーバッグを息子に手渡し、それを詰めさせたら準備完了だ。
担当ナースの来室を待つ間、この病室を訪れるのはこれが最後なのだと考えてみたが、
ながく通い続けて生活の一部となったこの景色にその実感を当てはめる事は難しかった。
ナースが来て、退院後の注意事項などの説明受け、感謝の言葉とともに、来られなかった妻から託された手紙を渡した。
おめでとうございますの言葉に見送られながら病室を出て、ステーションに詰めるスタッフの方々に挨拶し、病棟を後にした。
エレベーターを待つ間、息子と振り返って、二重扉の向こうの病棟を無言で眺め返した。
これからは外来診療となるから、順調にゆけばもうここへ来る事は無いのだ。
何かドラマチックな感情がわき上がるかと思っていたが、意外と淡々としたものだ。
病院施設が好きというのもおかしなものだが、実際、私はこの病院の雰囲気が大好きだった。
落ち着いたホテルに居るような居心地のよさをいつも感じていた。
何よりも、息子の命を救ってくれた施設だ。
離れるにあたって、嬉しさと同時に大きな寂しさを感じたのも、また事実だ。
家に着いたとき、息子の生還の実感がこの寂しさを忘れさせてくれた。
つまらない諍いなど、はやく終わればいいのに。