とある居酒屋で旅人連れが噂話。何でも国定忠治が島村伊三郎を叩き斬り、賭場を奪い取ったとか、床に臥せっている福井の勘蔵親分の縄張り家で花会博打を開いたとか罵詈雑言。「福井の勘蔵親分のところには大三郎と言う若えのがいるんですが、てんで腰抜けで仕返しもしないみたいですよ。」居酒屋の奥でその噂話を聞く男がいた。大三郎だ。旅人たちは欧州から来たお銀の一味。土地の縄張りをかすめ取ろうとする策略だった。
大三郎が一家に帰ると、親分から長岡忠治がぬくいとの言葉。「忠治親分は、向こうから堅気衆が来れば立ち止まって頭を下げる人だ。そのうち詫びを入れに来ますよ。」それでも親分の嘆きを聞くといてもたっても居れなくなった大三郎は、どすを片手に一家を飛び出した。
どすを片手に乗り込んだが忠治に取り込められた。「おめえさん、なんであっしにこんなことするんだい。」事情を説明する大三郎に、「これは悪かった。詫びを入れに行こう。」と土下座をした。「さすが忠治親分。あっしの見込んだことはある。詫び状で十分です。」早速詫び状を書き、袱紗に包んだ金を渡す。「これは賭場の上がりだ。100両以上はあるだろう。見舞金代わりに」「親分待ってください。うちの親分が恵んでもらったことになります。」「なぁに、国定忠治から、賭場の上がりを分捕ったことにすればいい。おめえさんの名も売れるだろう。」大三郎は喜んで一家に戻って行った。
一家に戻ると親分は井戸に身を投げていた。嘆き悲しむ大三郎にお銀の子分が襲い掛かるも軽くいなした。
大三郎は旅立つ前に忠治に挨拶。親分の遺書を見せ、「そうか、堅気になれと書いてある。立派な堅気になりなせえ。」「親分から頂いたお金は120両ありました。うちの親分の葬式代、堅気になるためのお金を差し引いて100両返します。」「これはくれてやったんだ。堅気になるには金が要る。」「それなら若い衆に酒でも飲ましてください。」「益々気に入った。」そこにお銀一味が襲ってきた。「あっしに任しておくんなさい。堅気になると言いましたがまだ堅気じゃござんせん。」瞬く間に一家を皆殺し。「後の事は任しな。これはさっきとは別の金だ。餞別代りに持って行きな。」大三郎は旅立つのであった。
梅南座で見た芝居。居酒屋のシーンは、梅南座では梅南座の大道具使っていたが、ここでは恐らく自前の道具で居酒屋らしくしていた。芝居も細かい。火打石で火をつけたり、忠治と大三郎のシーンで土下座するところ。きちっとどすを左手から右手に持ち替え、前に置いて土下座していた。それを見ていた大三郎も左手から右手にどすを持ち帰る。刀を右手で持つというのは敵意が無いとの証。この辺の所作はきちっとしている。正直出来ていない劇団が多い。話は大衆演劇の王道パターン。笑いのシーンを挟みつつ、最後は悪役を斬ってチョン。芝居の評価はクリーンヒットや。
道具、所作などがきっちりしている。見事や。前に言っていたが本物の屋台まで持ってると言っていた。本物志向や。多分きちっとした所作などを教わった最後の世代なのかもしれん。それと先代はもともと松竹新喜劇に所属していたらしい。その辺はやはり大衆演劇とは違う。正直どんどんええ加減な時代考証になってる。テレビも含めてやけどな。時代劇が絶滅状態では、次世代に繫ぐ所作などの作法が伝わらんかもしれん。ここの劇団は同じ芝居でも新しい面が見えてくる。正直マニア以外所作云々言う人は少ないかもしれんが、土下座のシーンは唸った。やって当たり前のこと何やが、唸ったのはある意味大衆演劇を馬鹿にしてるのかもしれん。
大入りは今日までで9枚。思った以上に苦戦していた。座長には此花は厳しいと伝えていたが、想像以上か想像通りやったんか。28日夜の部は入場料1,000円。そこまでせんと夜の部が厳しいんやろう。次の大阪は来年まで予定はない。なるべく早い段階で見たいものや。
ほんじゃ