法月綸太郎シリーズの長編第3作。西村頼子殺人事件の犯人を殺したという内容の手記を書き残し、彼女の父が自殺未遂。手記には柊という教師が頼子を妊娠させた挙句、彼女を殺したのだと書かれていた。それは頼子が通っていた斉明女学院の評判、そして警察の面目にも関わる話だった。手記の内容に不審を抱いた綸太郎が事件の調査に乗り出す。担当刑事は頑なに通り魔犯人説を採っている。(「・ω・)「にゃおー [???]

西村頼子:斉明女学院高等部の生徒, 殺人事件の被害者
西村悠史:頼子の父, 手記の筆者, 大学教授
西村海絵:頼子の母, 童話作家, 昔の交通事故により半身不随
森村妙子:海絵の付添い
ブライアン:頼子の飼い猫
矢島邦子:海絵の担当編集者
高田満宏:悠史の研究室の助手
水沢エリ子:斉明女学院の理事長
内海:斉明女学院高等部校長
永井:斉明女学院の教師, 頼子のクラス担任
柊伸之:斉明女学院の英語担当教師, 頼子の昨年度のクラス担任
今井望:頼子の同級生
河野理恵:同
松田卓也:頼子の交際相手とされる、元同級生
松田麻子:卓也の母
冨樫:<週刊リード>の記者
水原徳一:エリ子の兄, 衆議院議員
油谷:徳一と同選挙区のライバル政治家
高橋:油谷の広報担当, 悠史の高校時代の同級生
長谷川冴子:柊の元婚約者
村上:産婦人科の医師
吉岡:悠史の担当医
中原:緑北署の刑事, 頼子殺害事件の担当者
佐伯:同, 中原の後任
法月綸太郎:小説家
法月貞雄:警視, 刑事部捜査課主幹, 綸太郎の父



愛娘を殺害された西村悠史は事件を独自に調べ始めた。そして警察が隠していた娘の妊娠を知った。それを担当刑事に問い質すと、妊娠の事実は認めたものの、それは事件とは無関係と言い張る。犯行は通り魔による偶発的なものであると、頑として譲らない。

悠史の警察への不信は強まった。彼は頼子を妊娠させた相手が、彼女を殺したのではないかと疑っていた。悠史は娘の相手を捜した。そこで浮かび上がったのが娘の担任だったこともある斉明女学院の教師・柊だった。

しかし事は慎重に運ぶ必要がある。万が一にも無実の相手を殺すわけにはいかない。そこで彼は計画を練り、ついに彼の口から頼子を殺したという自白を得た。

悠史は柊を殺し、復讐を遂げた。そして自らの命も絶つつもりだった。



悠史は命を取り留めた。彼の様子に不審を抱いていた、彼の妻の付添い・妙子の素早い処置のおかげだった。悠史は意識不明の状態だが、数日で意識は戻るとのことだった。


悠史が書き残した手記は各所に激震をもたらした。柊が頼子の殺害犯ということになれば、当然ながら警察の失態が問われる事態になり、斉明女学院にとっても大きな醜聞となる。

斉明女学院の理事長の兄は有力議員・水原徳一である。彼のブレーンたちは、この難局を乗り切るための奇策を進言した。それは名探偵として知られる、法月綸太郎に事件調査を依頼することだった。それによって、この事件には何か裏がある、斉明女学院を貶めるための陰謀であると、世間に印象付けようという策であった。


綸太郎はもちろんそんな役目はまっぴら御免だった。しかし手記を読むうちに、そこに不審な点があることに気づいた彼は、依頼者の思惑とは別の思惑を持って、事件調査に乗り出した。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



題名からなんとなく淡々とした渋い内容を予想していた。

実際、次々と新たな死体が――などという内容ではなく、予想は半ば当たっていたのだが、残りの半ばは良い意味で裏切られた。基本的に綸太郎が事件の関係者の話を聞いて回るだけで、派手な動きはロクにない(せいぜい綸太郎が誘拐まがいに連れ去られる場面くらい)のだが、テンポ良く最後まで読めた。パズラーとしては詰め切っていないように思えるが、真相は充分に納得できるものだった。

このラストは後味が悪いとか、唐突さが否めないという批判もあるようだ。しかし陰鬱さの中に美しさを見せていた構図が脆くも崩れ去り、そこに新たな別の妖しい美しさを見せる展開の、不気味な空気が好き。無力感に打ちひしがれる探偵とは対照的に、弱者であったはずの者が余裕たっぷりに真実の姿を垣間見せる。立ち去る探偵の背後には、温かさと冷たさが、残酷なほどに淡々と同居した世界が存在している。

冷めた目で見れば、この“操り”テーマはなくても話は成立してるじゃないかとは思うが、それだと印象がちょっと弱かっただろうな。

「頼子のために」という題名も、たとえば英国の作家R・Hの某作品と同様に、読前と読後では解釈・印象が変わる、良い題名だと思う。


それにしてもなぜ猫は殺されてしまう役が多いのか…



[[第一部 西村悠史の手記]](7) 頼子が殺された。警察は通り魔の犯行と見ているようだが、彼女の父・悠史は娘を妊娠させた相手によるものではないかと疑い、その人物の正体を探る。その結果、彼女のクラス担任だったこともある教師・柊の存在が浮かび上がる。策を弄し、確信を得た悠史は、ついに彼を殺し、復讐を果たした。そこで悠史の手記は終わっている。
[[第二部 余波]](67) 自殺を図った悠史は命を取り留めた。発見された彼の手記は、その犯行の証拠品であるのみならず、警察や斉明女学院に対しても大きな一撃を加えるものだった。学院の理事長・水沢やその兄である議員は早急な対応を迫られる。
[[第三部 再調査Ⅰ]](77)
[1](79) 醜聞封じの奇策として、法月綸太郎に事件調査が依頼される。名探偵の彼が出馬するからには、事件には何かとてつもない裏があるに違いない、斉明女学院に対する陰謀が潜んでいるのだと、世間に印象付けるのが狙い。実際のところ、事件はすでに解明された単純なものと考えられており、綸太郎が何か新事実を掴むとは、誰も期待していない。当然のことながらまったく乗り気ではない綸太郎だが、悠史の手記を読むうちに興味を抱いた様子。
[2](87) 綸太郎は事件担当刑事の中原を訪ねた。中原は、頼子を妊娠させたのは柊であることは認めたものの、彼女を殺害したのは彼ではなく、別の通り魔であるという説を曲げない。柊が犯行を告白したくだりなど、悠史の手記には思い込みや捏造が多く含まれているという。手記の内容を完全に信じないという点では綸太郎も中原と意を同じくするが、頑なに通り魔説を採る彼の姿勢が腑に落ちない。たとえば醜聞を避けたい学院側からの圧力など、何か彼の思考を妨げるものがあるのではないかと感じている。
[3](97) 綸太郎が冨樫と知り合う。冨樫も事件に興味を持っているという。冨樫自身は否定するが、彼は斉明女学院の息が掛かった人物なのではないかと、綸太郎は疑惑を抱いた。綸太郎は冨樫の運転する車に乗って、未だに意識不明のままの悠史の病室を訪ねた。
[4](107) 悠史の病室には高田と邦子が付き添っていた。邦子から悠史の過去について尋ねる綸太郎だが、斉明女学院のスパイ扱いの彼に彼女は冷たく、回答を拒絶される。情報を得られぬまま、綸太郎は病室を後にする。
[5](118) 手記の内容については、高田も気に掛かる部分がある様子。後日また話すことにして、綸太郎と高田は別れる。綸太郎は悠史の担当医・吉岡と話す。悠史の意識は数日で回復するとのこと。狂言自殺の可能性はないという。綸太郎は冨樫を駐車場に待たせたまま、タクシーを使って西村海絵に会いに向かった。
[6](127) 海絵は悠史の行為をすべて受け容れ、肯定した。手記の内容にまったく疑問を感じておらず、柊を憎み、頼子を殺したのが彼ではないという仮定さえ無意味だと、綸太郎に告げる。悠史のかつての級友の高橋については、知ってはいるが、今はまったく付き合いはないらしい。
[7](138) 綸太郎は頼子の部屋を見せてもらい、妙子と話した。妙子は、悠史の家族への愛情については信じているものの、彼の手記の内容や言動と、実際の彼の印象には微妙な差異を感じていた。頼子の部屋には、彼女の趣味にはそぐわないように見えるカセットテープが一つあった。そこに書かれた「クローサー/ジョイ・ディヴィジョン」という文字は彼女の筆跡ではない。
[8](150) 西村の家を出ると、そこには冨樫が待ち構えていた。車に乗せてもらい、柊のアパートへ向かった。ところが管理人が言うには、綸太郎を部屋に入れないようにと、警察から連絡があったという。綸太郎は仕方なく部屋の中を見ることは諦める。頼子殺害現場の公園に行くが、これといった収穫はなし。面会の約束のある、斉明女学院へと向かう。
[9](159) エリ子は自分の用意したシナリオ通りから外れた行動を取る綸太郎に不満な様子。冨樫について尋ねると、エリ子はその場であっさりと彼を解雇する。エリ子は頼子の相手も柊ではなく、卓也という少年だと主張。頼子の同級生の望と理恵には、エリ子のシナリオ通りのことしか証言させない。
[10](170) 綸太郎はケーキショップで望と理恵から話を聞く。頼子の相手が卓也だとは信じられないという。柊には、かつて別の生徒にも手を出したという不祥事があった。その件は結局は有耶無耶になっている。
[11](181) 綸太郎は卓也の家を訪ねた。彼の母・麻子が応対した。彼はバンド活動に夢中らしい。次に綸太郎は頼子を診た産婦人科医・村上を訪ねた。村上に悠史の手記を読んでもらうと、彼は自分についての記述には、特に疑問点や違和感はないという。
[12](192) 綸太郎は帰宅した。彼の行動はマスコミから注目を集めているらしく、コメントや出演依頼の電話が殺到していた。父・貞雄との晩餐後、自室に引き上げ、頼子の部屋にあったテープを繰り返し聴いた。
[[第四部 再調査Ⅱ]](197)
[13](199) エリ子が手配したレンタカーが綸太郎の家に届いた。なぜかそこには冨樫の姿。柊の元婚約者・冴子の情報を綸太郎に伝える。
[14](204) 冴子によると、柊の不祥事の噂は事実だという。さらには彼はエリ子とも肉体関係にあり、それが原因で彼と冴子の婚約は解消された。
[15](216) 綸太郎は卓也を訪ねた。卓也は彼女には父親についての愚痴などを聞いてもらっていた。彼女と疎遠になったのは、彼女のほうが彼から離れたから。卓也は街で頼子が中年の男と連れ立って歩いている場面に遭遇したことがあり、その際、「イガラシ」と名乗った男の態度は自然だったが、彼女は妙に慌てた様子だった。
[16](229) 綸太郎は海絵を訪ねたが、彼女は精神的な披露で体調が優れないという。代わりに妙子に「イガラシ」という名の人物について尋ねたが、まったく心当たりはないとのこと。引き上げようとする綸太郎が庭の不自然な部分に気づき、掘り起こしてみると、そこには猫の死体があった。
[17](237) 綸太郎は半ば以上強引に連れて行かれ、油谷に引き会わせられる。事件は斉明女学院を貶めるための油谷陣営の陰謀だとする、水沢陣営の画策に彼は神経を尖らせている様子。
[18](248) 高橋はかつて悠史とあっさりと、邦子とは親しくしていたが、今ではすっかり疎遠になっていた。昔、高橋は邦子に恋していて、結婚も何度も申し込んだが断られた。邦子は悠史に恋していたからだった。にもかかわらず、邦子は自身の恋心を隠したまま、麻子の恋を後押しして、彼女と悠史を結びつけた。彼女は親友だから。綸太郎が「イガラシ」について高橋に尋ねると、聞き覚えがあるような気もするが、思い出せないという。
[19](260) 綸太郎が高田との待ち合わせ場所へ戻ると、彼はまだ待っていた。綸太郎は、手記の不自然な点から、そこに柊が頼子を殺害したという説を補強するための作為があると。頼子を妊娠させたのは柊であるが、彼女を殺した人物はほかにいるのだ。綸太郎は、頼子の父を名指しした。
[20](270) 高橋は綸太郎の説はとても信じられないという。悠史という人物を知っている者からすると、その推理は腑に落ちない、と。綸太郎が帰宅すると、高橋から電話があったと告げられる。「イガラシ」について連絡してくれたのだ。14年前に海絵を撥ねた車の運転手の名が「イガラシタミオ」だった。
[[第五部 真相]](279)
[21](281) 綸太郎は冨樫に連絡し、「イガラシタミオ」の調査を頼んだ。そしてエリ子宛の報告書を作った。そこには彼女と柊の関係も触れられており、いわば綸太郎から彼女への脅しだった。
[22](288) 綸太郎は五十嵐民雄に面会し、彼が頼子と会った経緯、そしてかつての事故のことを訊き出した。
[23](300) 綸太郎は邦子と面会。麻子を事故に巻き込んだ頼子を、悠史は愛しているどころか憎んでさえいたと、邦子は語った。
[24](312) 綸太郎と悠史との二人きりの面会。第二の診断書について、悠史は素直に答える。
[25](318) 悠史はすべてを認めた。綸太郎は真相を明かさないと約束した。そして悠史の言う通りに窓を開け、病室を去った。
[26](328) 綸太郎は、悠史の自殺、そして彼の最期の言葉を麻子に伝えた。己の小ささを感じつつ、綸太郎は立ち去った。