ヘンリー・メルヴェール卿シリーズの長編第1作。黒死病が猛威を振るう時代の、絞刑吏にまつわる因縁の家。泥の海に囲まれた、扉を固く閉ざされた石室での殺人事件。現場に残された凶器は、博物館から盗まれた絞刑吏愛用の短剣。[???]

ディーン・ハリディ:<プレーグ・コート>の持ち主
ジェームズ・ハリディ:ディーンの兄, 故人
アン・ベニング:ディーンの伯母
マリオン・ラティマー:ディーンの婚約者
テッド・ラティマー:マリオンの弟
ウイリアム・フェザートン:退役少佐
ロジャー・ダーワース:心霊研究家, <マグノリア・コテイジ>に住んでいる
グレンダ・ダーワース:ロジャーの妻, 旧姓ワトスン
エルシー・フェンウィック:ダーワースの最初の妻
ジョセフ・デニス:ロジャーの弟子, 霊媒
メランザ・スウィーニー夫人:<マグノリア・コテイジ>の家主, 元霊媒

ハンフリー・マスターズ:スコットランド・ヤードの警部
バート・マクドネル:巡査部長
トーマス・バンクス:同
ジョージ・フォレット卿:副総監, マスターズの上司
ケンウッド・ブレーク:本書の語り手, <エドワーディアン・ハウス>に住む
ヘンリー・メルヴェール卿(H・M):陸運省情報部の部長

ザラ・メリッシュ:マリオンとテッドの母
サーク:ラティマー家の執事
ポーター:ダーワースの執事兼召使
アガサ:ブレークの姉
アンジェラ・ペイン:アガサの親友
ポプキンズ:<エドワーディアン・ハウス>の召使
カースティアズ:<ホワイト・ホール>の受付の特務曹長
ロリポップ:H・Mの秘書
ホースフェイス:捜査関係者
ワトキンズ:殺人犯を目撃した労務者

[<プレーグ・コート>の過去に関わる人々]
ライオネル・リチャード・モールデン:シーグレーヴ卿
チャールズ:ライオネルの弟
ジョージ・プレーシ:執事
G・ビートン:召使
ウィルバート・ホークス:荷役係
ハンス・スローン:医師
メアリー・ヒル:メイド
ルイス・プレージ:ジョージの腹違いの弟, 絞刑吏の助手
トマス・フレデリック・ハリディ:シーグレーヴ卿から<プレーグ・コート>を購入
J・G・ハリディ:書簡を筆写
J・トルファー卿:ライオネル・リチャードの知人



黒死病が猛威を振るう時代にまでその歴史を遡る<プレーグ・コート>にて、悪霊退治のためと称して石室に篭っていた心霊研究家ロジャー・ダーワースが殺害された。

そこは裏庭に建てられた独立の長方形の建物で、石壁と煉瓦床、天井と一体化した屋根に囲まれ、四方の壁にはそれぞれ鉄格子の入った小さな高窓、出入りするための扉は一つだけという部屋。事件の際にはその出入口は内から閂、外から南京錠で固く閉ざされていた。

被害者は体中に複数の切り傷を負っており、その中でも最も深い、心臓まで刺し貫かれた傷が致命傷となっていた。その凶器は犯人からもぎ取ったかのように被害者の手に握られていた。それは最近博物館から盗まれたもので、<プレーグ・コート>にも関わりを持つ、かつて絞刑吏として知られたルイス・プレージ愛用の、鉛筆ほどの太さの丸い針のような品だった。

もう一つ奇怪なことに、石室の周りは降り止んだばかりの雨の影響で泥の海となっていたが、そこには誰の足跡もなかった。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



H・M初登場作にして、カー作品のベストの一つとしても数えられる。ハヤカワ文庫版の後書きで訳者の仁賀克雄が書いている通り、トリック、オカルティズム、まとまりの良さのバランスに優れた作品。特殊で奇妙な凶器を用いた密室以外にも複数のトリックを贅沢に用いているのも特筆すべきところ。

ただしそれはあくまでもカー作品を好む者にとってはの話で、そうでない者にとってはまた別の感想も抱くかもしれない。たとえば各設定があまりにも特殊で、作者の御都合主義が鼻につく、なんてね。でもまあミステリというのは多かれ少なかれそういうものだw


雰囲気に流れされて楽しく読んでしまうが、冷静になってみると不満もないわけではない。その一つは石室の周囲に足跡がない謎の真相がチャチなこと。とは言えそこで重要なのはその謎自体よりも、そこから導き出される共犯者の正体についてなのだろう。

ダーワース殺害のトリックは、殺害自体は可能であるとしても、それで果たして凶器を偽装できるのか、当時の科学捜査のレベルで可能だったのかは疑問。しかし作中では、過去の因縁話に結び付けることによって、凶器の不自然さを上手く隠しているように思う。

また、これは作者に罪はなかろうが、冒頭に付された登場人物表が厳選されすぎていて、ある人物があからさまに怪しくなってしまっているw



[1 プレーグ・コートの屋敷] <プレーグ・コート>の持ち主ディーン・ハリディ、伯母アン・ベニングや婚約者マリオン・ラティマーたちが心霊現象にハマってしまって困っている。ペテンを暴こうと、ケンウッド・ブレークとハンフリー・マスターズ警部を連れ、<プレーグ・コート>へ向かう。
[2 やせた男の噂に乗りこむ] ロンドン博物館から、絞刑吏の助手ルイス・プレージが愛用していたと推測される短剣が盗まれる。「猫背の痩せた男」が犯人と思われる。その短剣はJ・G・ハリディの所有地から発掘され、寄贈された物。短剣といっても、それは鉛筆ほどの太さの針のような刺すためのもので、切るために使用されるものではない。
[3 四人の信者] アンが心霊現象にハマッてしまった原因を辿ると、それはディーンの兄ジェームズの死。悪霊はジェームズと同じようにディーンも狙うという。彼女たちを巧みにそそのかしているのは心霊研究家ロジャー・ダーワース。ディーンたちが到着したとき、<プレーグ・コート>にいたのは6人。ダーワースとジョセフ、アン、マリオン、その弟のテッド・ラティマー、アンの友人のウイリアム・フェザートン。ダーワースは霊媒としての役割はほとんど彼の弟子ジョセフ・デニスに任せているが、今回は彼一人が石室に篭り、悪霊と対決するという。残った者たちは居間へと向かう。マスターズ、広間の物入れの前の床の染みに気づき、中を調べる。そこには首を切られた猫の死体。
[4 教祖の恐怖] 居間へと向かう途中、階段の上からディーンの目の前に鉢が落ちてくる。階段の上には誰もいない。マスターズ、バート・マクドネル巡査部長と合流。ダーワースを見張っているという。彼が入った石室は長方形で石壁に煉瓦床。屋根の裏が天井になっており、出入口の扉は一つだけ。暖炉は人が通過できるものではない。四方の壁にはそれぞれ鉄格子の入った、1フィート四方の高窓。部屋の内外どちらからも、踏み台にでも乗らなければ人の頭は届かない高さ。扉は内からは閂、外からは南京錠が掛けられている。マクドネルはテッドの友人として、フェザートンの家での彼らの降霊会に参加したことがある。そこにはジョセフは来ていなかった。彼は麻薬の常習者らしい。そのとき書かれたメッセージを見て、ダーワースは怯えを示した。彼はそれを大したものではないと装って暖炉の中に投げ込んだが、マクドネルはその最後の一行だけは読み取れた。「あと7日の生命」
[5 疫病日誌] 石室の窓からは針金が伸び、鐘に繋がっている。ダーワースの緊急連絡用とのこと。マリオンが呼ぶ声を聞き、ディーンは彼女たちの待つ居間へと向かう。マスターズとマクドネルは辺りの様子を調べに部屋を出る。そこに一人残ったブレーク、<プレーグ・コート>の歴史についての書簡を読む。プレージの怨念の由来が書かれている。裏庭に足音、そして廊下が軋む音を聞く。鐘が鳴った。
[6 教祖の死] ブレーク、裏庭へ向かう途中でマスターズと合流。石室の周りは先ほどまでの雨の影響で泥の海となっているが、足跡はない。二人で石室の前に到着。扉には南京錠。マスターズ、鍵を持って来させるためにマクドネルに呼びかける。ブレークに支えられて窓を覗きこんだマスターズ、ダーワースが死んでいると告げる。テッドが持っていた鍵を、マクドネルが持ってくる、もう片方の手にカードを持っている。マクドネルに誘われてラミーをしていたという。鍵を開けたが、内側からは閂が掛かっており、扉は頑丈で開かない。丸太を使って破る。床に倒れたダーワースの死体には多くの切り傷がついている。致命傷は背後から心臓を貫く傷。右手にはもぎ取ったように、凶器と思しき、盗まれたプレージの短剣が握られていた。流血がやけに多い。暖炉に火が入れられ室内は暑くなっているが、それを考慮しても、殺されてからまだ数分といったところ。室内には香料が焚かれていた。
[7 カードとモルヒネ] ディーン、アン、マリオン、テッド、フェザートンは暗闇の中、同室にいた。ディーン「マリオンと手を繋いでいた。誰かが部屋を出た気配を感じた」 ジョセフは麻薬をやった症状が現れている。ジョセフ「降霊会のときにはいつも薬を使用している。今回はダーワースに止められていたが、我慢できずにやってしまった。ダーワースから、同室せずに集まった連中の話を立ち聞きしておくように言われた。カードをいじるのが好き」 アンは自制心を失い、ジェームズの名を呼んでいる。
[8 五人のうちだれが?] 先日の降霊会のとき、ダーワースが破棄した紙片の内容の一部をフェザートンは見ていた。「エルシー・フェンウィックの埋葬された場所を知っている」
[9 石室の密室] 石室には秘密の抜け穴の類はない。マスターズ、屋根に上っている記者を咎める。記者は警察には許可されたと主張。
[10 事件の証言] アン「ダーワースが殺されたとき、居間に集まっていた5人の中の誰かが部屋から出るような気配は感じなかった」 テッド「ダーワースとは現代美術の展覧会で知り合った。そのとき彼は岩塩の彫刻を気に入って購入していた。自分が彼をマリオンやアンに紹介した。ジョセフが麻薬常用者であろうとは推察していた。部屋から誰かが出て行った気配は感じなかった」 フェザートン「部屋から誰かが出て行った気配を感じた」
[11 短剣の柄] エルシーはダーワースの最初の妻。砒素中毒で死にかけたことがある。ダーワースの関与が疑われたが、メイドの証言によって否定された。それからしばらくして、エルシーは失踪。7年が経ち、死亡と認定された。マリオン「ダーワースは自分への愛を告白した。部屋の中で誰かが動く気配があり、首筋に短剣の柄のようなものが触れたと感じた」
[12 暁に消え失せたもの] ディーン「鐘が鳴る前に誰かが着席した気配があった。鳴ったとき、居間にいた者は扉に殺到したが、室内は暗く、皆が揃っていたかどうかは断定できない」 石室の暖炉から、焼けて変形したガラス片が見つかる。マスターズ、石室のそばの枯れ木に目をつける。非常に身軽な者なら塀からこの樹を使って、足跡を残さずに石室まで到達することは可能なのではないかと。マクドネルもそれに気づいたが、試してみたところ、樹はすっかり脆くなっており、枝も簡単に折れてしまい、断念したとのこと。庭に唯一残ったこの樹の下には、プレージが埋められたと伝えられているという。石室の中にあった凶器の短剣が盗まれる。
[13 ホワイトホールの思い出] 新聞には超自然な怪奇事件として書き立てられている。ブレーク、マスターズには何か思惑でもあって、わざとそのように誘導したのかと訝しむ。フェザートン、ブレークを訪ねる。二人の共通の知人であるヘンリー・メルヴェール卿(H・M)に事件調査を頼むことにする。マスターズもそこに合流。テッドが行方をくらます。
[14 死んだ猫たちと死んだ妻たちについて] H・M、石室の奇怪な状況は、元々はダーワースの計画によるものと指摘。誰かと協力して体中に傷を付け、その後、石室を内外から密室化。心霊現象を演出する。ところが協力者が裏切り、それを利用して彼を殺害した。
[15 幽霊のやしろ] ダーワースは器用な人物で、インチキ仕掛けを自作していた。精巧な人面もあった。その仕事場には精密な旋盤まであり、その周囲に白い粉が落ちていた。
[16 第二の殺人] テッドからマリオンに心配するなという電話があったが、彼女は相手が本当に彼なのか半信半疑。いなくなる前の明け方、テッドが甲高い声の誰かと話しているのを召使が聞いている。テッドは自身の信仰深さを否定しているが、十字架を持っているところを見られたりしている。ダーワースの部屋にはジェームズの面がある。ジョセフがプレージの短剣で殺されたという報告が入る。
[17 チョコレートとクロロフォルム] スウィーニー夫人の家の庭の修繕に来ていた労務者バンクス「地下室から明かりが漏れており、床に倒れた人物が見えた。靴だけが見えたもう一人の人物が炉の中をかき回していた。2名の警官とともに中に入ると、死体は炉の中に頭から突っ込まれ、激しく焼かれていた。もう一人の人物はすでにいなかった。<マグノリア・コテイジ>は元々ダーワースの持ち家。
[18 魔女の告発] パリにいるというダーワースの現夫人グレンダには女優経験がある。
[19 仮面をつけた人形] H・Mの主導により、石室にて事件の再現を行う。
[20 殺人者] ジョセフの仕事部屋にあった白い粉の正体。共犯者として相応しい人物の指摘。テッドのそばに鉢が落ちてきたときの状況。ダーワース殺害の動機。記者が許可を得て石室の屋根に上っていた。新聞の論調。有能な人物がダーワースに張り付けば、彼の妻について知ることはさほど難しくない。フェザートンの家での降霊会の出席者。
[21 事件の結末] H・Mの温情に逆らった人物の英雄的行動。それに応えない殺人者。