御手洗潔シリーズ。…だけど、御手洗潔は不在。その代わりに、普段はその助手的ポジションの石岡和己が大活躍。小さな集落での凄惨な事件と、その因縁がもたらす奇怪な連続殺人。殺人鬼の幽霊。旧家の奇妙な屋敷。密室殺人。村人の口を重くさせる因習。[???]

[龍臥亭の主人一家(基本的に龍尾館二階に居住)]
犬坊一男:元旅館の主人
犬坊育子:一男の妻
犬坊行秀:その息子
犬坊里美:その娘, 高校生
犬坊菊子:育子の母, “四分板の間”に滞在
お松さん:お婆ちゃん

[龍臥亭の使用人]
守屋敬三:料理人, 龍尾館一階に居住
藤原彰:守屋の弟子, 同
中丸晴美:村から来た料理手伝い, “猫足の間”に滞在
倉田エリ子:同, “龍舌の間”に滞在
樽元純夫:龍臥亭の元琴職人
留金八十次:龍臥亭の元雑用係

[龍臥亭の滞在客及び元滞在客]
菱川幸子:琴の演奏家, 龍尾館三階に滞在
小野寺錐玉:菱川幸子の琴の師匠, 故人
ミチ:業を背負う女, “むかで足の間”に滞在
ユキ子:その娘, 同
二子山増夫:釈内教の神主, “雲角の間”に滞在
二子山一茂:増夫の息子, 同
坂出小次郎:雑貨商, “べっ甲の間”に滞在
石岡和己:小説家, “蒔絵の間”に滞在
二宮佳世:石岡への依頼者, “裏板の間”に滞在

[その他]
都井睦雄:庄屋の息子, “三十人殺し”の犯人
犬坊秀市:育子の父, 琴の研究家, 故人
吉蔵:秀市の父
世羅きみえ:ミチの祖母
足立:法仙寺の住職
よし子:その娘
上山評人:郷土史家
井吹:高校教師
横川:郵便局長の父
御手洗潔:探偵, 石岡の友人, 現在は海外に滞在

[警察官]
福井:県警の刑事, “柏葉の間”に滞在
鈴木:同, 同
田中:同, 同
森安太郎:駐在巡査



友人でもある名探偵・御手洗潔の不在により、すっかり心に穴が空いたような状態だった石岡和己のもとに、奇妙な依頼が持ち込まれた。


依頼者――二宮佳世――の話によると、彼女自身とその身の回りには不幸ばかり続いていた。霊能力者に診てもらったところ、彼女には生まれる前からの因縁によって悪霊が取り憑いており、それを祓うためにはどこかに埋もれた手首を彼女の霊感に従って見つける必要があるのだという。依頼というのは、それに石岡も付き合って欲しいということなのだ。

そんな恐ろしい話には最も向いていない人物こそ自分だと、怖気づいて断る石岡だったが、彼女に押し切られてしまい、結局それに付き合わされる羽目になった。


そして辿り着いたのが山間の小さな村にある龍臥亭という元旅館。石岡たちは到着した途端に奇妙な事件に巻き込まれた。窓も出入口も施錠された密室内で火災が発生。扉を破ってすぐに火は消し止めたが、部屋の中には女の死体。それは焼死ではなかった。その額に銃弾が突き刺さっていたのだ。ほんの少し前まで琴を弾いていた女・菱川幸子の身に何が起こったのか?


なし崩し的に龍臥亭での滞在を認められた石岡と佳世は、さっそく当初の目的である手首探しを開始。首尾よく桜の樹の下に埋もれた切断された手首を発見した。近所に寺があるので、そこで供養してもらうことにした。


持ち込まれた手首を見た途端、住職は倒れた。顔は蒼白になり、体は冷たくなっていた。石岡もその反応に仰天し、慌てて住職を室内に運び込み、彼の娘に事情を説明し、布団に寝かしつけた。すぐに住職は意識を取り戻した様子だったが、石岡たちを見て再び興奮状態を引き起こしかねないので、娘の指示で石岡たちは寺を後にした。


龍臥亭に戻った石岡と佳世を待っていたのは新たな死体だった。ミチとユキ子の親子の部屋をエリ子が訪問していたときに、エリ子が突然倒れたのだ。頭頂部に銃弾が撃ち込まれていた。しかし不思議なことに龍臥亭内の誰も――同室にいた親子さえも――銃声を聞いていなかった。

彼女たちの体からも室内からも硝煙反応は出なかったので、狙撃はある程度離れた場所から行われたと推測される。しかし部屋の出入口には外からの視線を遮るようにコートが掛かっており、そのどこにも弾痕はなかった。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



一応は御手洗潔シリーズだが、彼は事件のヒントを一つ電報で送ってくるだけのチョイ役で、事件解決はいつもなら彼のワトソン的立場にある石岡和己に任される。

上下巻合わせて1,100ページ超。どうせまた「水晶のピラミッド」と同様、メインの事件解決には結びつかない雰囲気モノの物語が長々と続き、日本人の気質に対する批判や外国への劣等感といった反日思想を登場人物にクドクドと語らせる展開なんだろうな…と、読み始める前から既に気が重かったが、その予想は良い意味で外れた。

反日思想はやはり鼻に付くものの、それは割と控えめに留まっており、作品の大きな疵というほどではない。

第九章から第十二章まで、200ページ以上も費やして過去の事件が語られるが、これは本筋から素直に繋がっていることもあり、まったく気にならなかった。これは実際にあった連続殺人“津山事件”を題材にしたもの。本作ではその因縁絡みの、見立て殺人が続く。

また、本作と同様に“津山事件”をモデルにした作品として、横溝正史作「八つ墓村」があるが、本作の“因習にまみれた小さな村の旧家”やそこに伝わる“因縁話”、“亡霊”、“琴”などのキーワードは容易に横溝正史の世界観を連想させる。実際、本作のストーリー運びはそれを強く彷彿させる。

ついでに触れると、お婆ちゃんが二人登場するというのもやはりそれを意識してのことだろう。お婆ちゃんの片方がストーリーにはまったくと言っていいほど絡まず、その存在さえ忘れ去られたような扱いなのはそれを裏付けてるのでは。本来なら本作にお婆ちゃんは一人で充分事足りるが、横溝正史の世界観の記号的な意味で登場させたに過ぎないと。

その“松婆ちゃん”は序盤から龍臥亭にずっといるのに、台詞もなく、その名が作中に書かれた回数は一桁に留まるんじゃなかろうか。フルネームを見た記憶すら僕にはない…。(そのせいで、この上のほうに書いた登場人物表の収まりが悪くなってます><)

松婆ちゃんについては血縁関係もよくわからない。菊子が死んだ際に育子は、「どっちの?」と問われて「菊子の方です」と答え、「実のお母さん?」と問われて「はい」と答えている。そこから推測するに、おそらくは育子の夫である一男が入り婿で、その母が松なのであろうと考えられるが、あるいは育ての母だとか、何かもっと複雑な事情があるのかもしれないw

登場時からずっと怪しいままの人物がやっぱり犯人だし、またあの複雑化させようとすればいくらでもそれが可能なパターンだし、フーダニットの観点からは物足りなさは否めないが、作品全体の出来はなかなか良いほう。最後まで面白く読めた。ちょっと強引で、どことなく古さを感じるハウダニットもここでは好ましい。

密室殺人のトリックの可否について言えば、まあ納得しきれないところはあるw このトリックにはかなりの精度が要求されるが、決して専門家でもない者がその意図を知らぬ者に指示して、かつ実験もせずにそこまで精密な仕掛けの作成が可能だったことについての説明が欲しいし、その機構上、実行するたびに仕掛けに微妙な狂いが生じてくるのではという疑問もある。あと、せっかく御手洗からヒントを貰ったのにそれについてロクに調べもせず、何一つ痕跡を見つけられないままだった石岡の迂闊さにもツッコんでおきたいw

最初の密室トリックについては、誰しもが思うであろうが、やはりここまで偶然に頼るのもどうなのか。そういうトリックが成立したことだけならまだしも、それがたまたま誰かの殺人計画に重なるというのが、そして短期間で師弟揃ってたまたま死ぬ羽目になるというのも、なんとも言えない味であるw 合理性の中にどこかオカルティックに解釈し得る事象を入れるという手法ももちろんありだが、この師弟には果たして睦雄との因縁が絡んでいるのかどうかすらはっきりせず、どうにも釈然としない。

名探偵が捜査に参加せず、その助手的存在が解決に当たる事件となると、地味で渋い作品になりがちだが、本作はまったくそんなことはない。「たまにはこんなのもいいよね」「番外編としてなら楽しめる」ってな感じのエクスキューズは要らない。御手洗潔の不在は、少なくとも僕はそこに物足りなさを感じなかった。

本作では本筋とは無関係な、ちょっとしたトリックが読者に対して仕掛けられていたことがエピローグにて明かされる。これは発表順どおりに、リアルタイムで作品を追っているコアな読者じゃなければ気づきにくいものじゃないだろうか。僕はその点について序盤こそ引っ掛かりを感じていたものの、読み進めるうちにいつの間にやらすっかり忘れ、結局は最後までその解答にまったく気づかなかったw

二つのシリーズの交差点上の作品。



[第一章 1] 二宮佳世、石岡和己を訪問。
[2] 佳世、悪霊を祓うために旅行に出て、霊感に従って手首を掘り出す必要を訴える。石岡、それに付き合わされる。
[3] 佳世の霊感により龍臥亭に到着。
[4] 石岡、三階建ての建物の三階の部屋の窓の中に和服の小柄な美しい娘を見る。上方から琴の音が流れ始めたのを聴く。宿泊させて欲しいと主人に求めるが、龍臥亭は現在では旅館業を行なっておらず、拒否される。「ごうごう」という低く長い異音が聞こえる。「ドン!」と大きな音が鳴り、わずかに振動が伝わる。石岡が先ほど眺めた三階の部屋で火災。施錠された扉を破り、消火。部屋の中には女の死体。額に銃弾。部屋は窓も施錠されており、密室だった。
[5] 被害者は菱川幸子。琴の演奏家。部屋の外から鍵穴を通しての銃撃は不可能。坂出小次郎、30メートルほどの距離から部屋の中を見ていた。部屋はほとんどガラス張りで、1メートルほどの高さから上は丸見え。幸子は5分ほど琴を弾くと突然倒れ、姿が見えなくなったそして炎がチラチラと上がり始めた。幸子が倒れた拍子に飛ばされたのか、琴はガス暖炉の中に突っ込んでいた。
[6] 石岡たちはなし崩し的に宿泊を認められる。
[第二章 1] 龍臥亭の建物、龍胎館は上から見ると中庭を囲んで輪を描く。正面玄関となる三階建ての龍尾館の一階部分から、開放された廊下を右回りに緩やかに登っていく構造で、その左手に各部屋が並んでいる。(むかで足の間、尾布の間、柏葉の間、下音穴の間、雲角の間、甲の間、磯の間、裏板の間、蒔絵の間、べっ甲の間、螺鈿の間、柱の間、弦の間、四分板の間、枕角の間、龍角の間、六分板の間、龍眼の間、龍額の間、上音穴の間、口前の間、龍舌の間、猫足の間) 各部屋の出入口の扉の上には龍の透かし彫り。廊下の突き当たりの龍頭館は当然最も高い位置にある。その龍頭館から伸びる渡り廊下が龍尾館の三階へと繋がっている。暖房装置は龍尾館とその一階に近い側の5部屋(むかで足の間~雲角の間)には備え付けられているが、他の部屋にはない。
中庭にはこの旅館のシンボルの龍の青銅像がある。
[2] 幸子の命を奪った銃弾は古い製造の物。弾頭に傷を付け殺傷力を増したダムダム弾。石岡、この村の女に美しい者がやけに多いのを不自然に感じる。この家にはお化けが出るらしく、神主親子も滞在している。
[3] 石岡と佳世、当初の目的である手首探しに行く。桜の木の下から目当ての物が見つかる。
[4] 石岡ら、供養してもらおうと、近所の法仙寺に行く。住職・足立は切断された手首を見た途端に意識を失う。
[5] 石岡ら、龍臥亭に戻る。18時の鐘が鳴っている。ミチの叫び声。彼女の自室である“むかで足の間”で中丸晴美が頭頂部を撃たれて死んでいる。彼女はミチとユキ子とともに室内にいるときに撃たれた。むかで足の間の入り口にはコートが掛けられており、外から狙撃するには視界を覆われる上、そのコートに弾痕はない。想定される逃走ルート上で不審人物も目撃されていない。誰も銃声を聞いていない。
[6] ミチは前世からの業を背負っているということで、その因縁を晴らすために半年ほどひたすら仏を拝むように言われ、ここに滞在している。仏壇はこの部屋にしかないため、他の部屋に移ることは拒否。佳世、切断された手首発見の件を怪しまれ、警察に連行される。
[7] 石岡、龍臥亭に滞在していた小野寺錐玉が3週間前に失踪し、そのバラバラ死体が村じゅうに散らばって遺棄されていたことを知る。この村でかつて“三十人殺し”という連続殺人事件があり、それが因縁として語られていることを知る。小野寺の死体の額には「7」と書かれ、前歯は黒く塗られていた。切断された死体はそれぞれ古新聞紙で包まれており、その紙には同じ形の稚拙な鳥の絵が大量に描き散らされていた。彼女も場合も、幸子や晴美と同様に古い製造のダムダム弾による射殺だった。幸子や晴美の死体には硝煙反応がない、つまり至近距離からの銃撃ではないことが確認されている。佳世が見つけた切断された手首は、それまで未発見となっていた小野寺のもの。
[第三章 1] 石岡、檜風呂を堪能。さらに岩風呂へ。石造りの竜の頭の口から、熱い温泉が浴槽へと流れ込んでいる。岩風呂の石はどれも古いものばかりだが、修理でもしたのか、竜の頭のすぐ左下の石一つだけ妙に新しい。
[2] 菊子は現在療養中。目もほとんど見えていない。肺結核については既に完治しているらしいが、本人は伝染性の病気をまだ気にしているらしく、ユキ子を近づけさせないようにしている。彼女の部屋である“四分板の間”には備え付けで固定された変わり琴がある。かつて龍臥亭には腕の良い琴職人がおり、家の中には様々な琴がある。石岡、小野寺の失踪の状況を知る。彼女は18時前後に中庭に出て姿を消した。幸子の部屋の琴には発砲する仕掛けはなかった。
[3] 駐在の森安太郎巡査宅で保管していた幸子と晴美の死体が盗まれる。法仙寺の鶏小屋で首なし死体が見つかる。死体は幸子であろうと窺えるが、その服は一旦すべて脱がされた後に、表の一枚だけ再び着せられた様子。
[4] 幸子は基本的には明るい性格だが、神経質なところがあった。師匠の小野寺を始め、女に対してはさほど問題はないが、男と話すと時折激しい議論となって不機嫌になるなど、気分屋な面があった。小野寺は特に誰かに嫌われるような人物ではなかったが、幸子は多くの者から少々苦手とされていた。小野寺の失踪当時、大雪が降っていた。毎日の午前と午後6時の法仙寺の鐘撞きは、既に5年以上も犬坊行秀の仕事。龍臥亭のあちこちに出没する幽霊は住人のほとんどが見たことがある。地下で苦しそうな呻き声が聞こえたりもする。“睦雄”の幽霊だという。睦雄について犬坊里美は詳しくは知らないが、彼は60年近く前の連続殺人犯で、ダムダム弾を使用したという。30人もの村人が殺害されたが、彼が最も怨んでいた吉蔵は生き残った。その吉蔵は里美の曽祖父。
[5] 里美と話していた石岡、川を流れる小さな筏を見る。その上には新聞紙で包まれた物が載っている。その中身は生首。
[6] 筏は雑な作りで、素人仕事らしい。生首からは頭髪が頭皮ごと剥ぎ取られていた。両目の部分には眼球も瞼もなかった。両耳も切り取られていた。額には銃創らしき穴があり、幸子の頭部であろうと推定される。その穴のすぐそばには、小野寺の場合と同様に「7」と書かれている。しかし歯は黒く塗られておらず、新聞紙に鳥の絵も描かれていない。警察に連行されたままだった佳世、解放される。彼女は一緒に東京に戻ろうと電話で石岡に懇願するが、彼は最後まで事件を見届けたいと断る。彼女は怒った様子で電話を切り、立ち去る。
[第四章 1] ミチ、亡霊を見る。
[2] 筏の頭部と、鶏小屋の体は幸子のものと断定される。神主親子、最もよく幽霊が現れるという地下の風呂場で祈祷。この風呂は現在は使用されておらず、物置となっている。地下にはかつて琴の製作部屋もあった。
[3] 石岡、琴について里美から講釈を受ける。雑用を任されていた留金八十次という使用人が数ヶ月前に突然にいなくなったという一件を知る。里美曰く、柔和で器用な50歳過ぎのいい人。彼の母が倒れた際、犬坊家はその治療費を立て替えたり、後にその借金を一部棒引きにもした。彼が犬坊家を怨んでいるはずはないという。
[4] 幸子の死体からは性器と乳房が持ち去られていた。警察は留金が犯人ではないかと怪しんでいるが、龍臥亭の料理人・守屋敬三はそれに対して懐疑的。幸子の生首が筏に載っていたが、彼は手先が器用だったので、あんなひどい出来の筏を作るはずがなく、性格も温厚なので信じられないと。
[5] 料理人・藤原彰が失踪。琴職人・樽元純夫が龍臥亭を辞めたのは8年前。本人と妻の体調不良のため。
[第五章 1] 石岡、深夜に足音を聞く。睦雄の霊を見る。その影を追って中庭へ出る。湿った有機物を焼くような臭気を感じる。先へと進むと法仙寺の敷地に出た。墓地に入った。尾行していた影を見失った。引き返すと、焼き場の竈に火が入っていた。その前にはあの幽霊が立っていた。額に鉢巻き、その両脇には懐中電灯が差し込まれ、全身黒尽くめ、腰には白い帯、手には銃らしきものを持ち、両脛にはゲートルが巻かれている。そしてその顔の部分にはぽっかりと暗がりがあった。黒い布が下がっていた様子ではない。石岡は這々の体で逃げ出し、自室の布団の中に潜り込んだ。
[2] 翌朝、竈には燃えたような物は何もなかった。
[3] 犬坊育子と里美とによる、琴の野外演奏会。それを観ようと、現在の龍臥亭に滞在しているほとんどすべての者が廊下に座っている。2曲めの演奏中、菊子も部屋から廊下に出てきた。隣に座っていた坂出と何か話している。予定されていた曲目が終わったが、二子山一茂がアンコールと叫び始めると、坂出や石岡もそれに同調した。育子と里美は相談し、それに応えた。演奏が進むと観客に動きが現れ始めた。菊子は疲れが出たのか自室に退き、行秀は廊下を下って行く。そしてミチ親子も立ち上がり、それに話しかけながら立った倉田エリ子と連れ立って廊下を下って行く。予定外の演奏は続いていたが、律儀な行秀はそれに構わずに日課の鐘撞きを開始した。その直後に演奏は終了した。二撞き目が鳴った。女の悲鳴。むかで足の間にまたもや死体。エリ子が頭を撃たれていた。菊子や、彼女に尋ねられた育子も状況が掴めず、むかで足の間の前に集まっている連中に向かって大声で叫んで尋ねていた。
[4] 使われたのはまた古いダムダム弾。部屋の板戸は閉まっており、突っかえ棒も入っていた。エリ子が死んだとき、室内にはミチとユキ子がいた。三人とも硝煙反応なし。エリ子の死から3時間後の午後9時、菊子が自室で死体となっているのが発見された。開放された窓のほうに足を向け、仰向けに倒れている。胸には銃創。室内に凶器の銃は見当たらない。窓の下は高さのある石垣。少々困難ではあるが、外から狙撃することは不可能ではない。隣室の坂出を含め、誰も銃声を聞いていない。
[5] 石岡、事件のあらましを記した手紙を御手洗潔に送る。龍臥亭に戻り、菊子の死を知らされる。
[6] 菊子に撃ち込まれた銃弾は、他の場合と同様に古い製造の物だが、ダムダム弾加工されていない通常の物。そして他の死体と違い、硝煙反応があり、至近距離から撃たれたものと推定。行方不明の藤原は村内で目撃されており、生存している模様。
[7] 留金のお気に入りだったという炭焼き小屋へ向かう。その道中で石岡、坂出の話を聞く。琴演奏の際、菊子は彼に、育子と里美の二人は正座してるのかと尋ねたという。二回目の鐘の音が鳴ったときにエリ子は撃たれ、四回目の辺りで菊子は育子に状況を尋ね、五回目のときに育子から報告を受けた菊子は自室に入ったと見られる。であるならば、エリ子を殺害した直後に、犯人は菊子の部屋へと素早く移動し待ち構え、首尾よく部屋に戻った菊子を六回目のときに撃ち、窓から飛び降り逃亡したと考えられる。しかし後に窓の外を調べたが、それらしき足跡はなかったという。
[8] 小屋の近くで留金の首吊り死体が発見される。幸子の死体から持ち去られた部分を身に着けていた。額に「7」。死亡推定時は2ヶ月前。小野寺の死よりも前。留金が犯人であり自殺したという説は否定される。
[第六章 1] 石岡、四分板の間の中に亡霊を見る。留金、菊子、エリ子の合同葬儀が行われることとなった。しかし三人の死体は盗まれた。御手洗から石岡に電報が届く。「リュウコワセ」
[2] 石岡、藤原と育子との丸ノコ小屋での情事を目撃。育子の背中から尻の辺りには火傷の痕らしきものがあった。
[3] 守屋、失踪。犬坊一家、この家を引き払った後について喧嘩。里美は都会へ行きたくて、行秀は島根の親戚の家に身を寄せることを希望し、一男もそれに同調するが、育子はそれに反対し、離婚を望んでいるらしい。しかし一男は離婚については断固拒否。ミチ、体調不良のユキ子を石岡に預け、日課の法仙寺への願掛けに行く。先日の願掛けの際に銃撃されたことをユキ子から聞いた石岡は、ユキ子を一茂に任せ、ミチの後を追った。
[4] ミチの祖母・世羅きみえは睦雄の殺人計画の標的の一人だったが、事件の前に村を出て難を逃れた。きみえの身代わりとなって多くの者たちが殺されたことがミチの背負った業であると、彼女は信じている。銃撃。幸いにも石岡にもミチにも当たらず。石岡とミチ、ともに幽霊との二度目の邂逅。
[第七章 1] バス停で守屋の死体が見つかる。銃殺。弾丸はダムダム弾加工されていない。着ていたはずのセーターなどは身に着けておらず、前をはだけたワイシャツとズボンという姿。樽元は仙人山の木を切って琴の材料としたりしていた。
[2] 山中で菊子の死体見つかる。彼女自身の和服の下に、守屋の下着を着ていた。懐には、鳥の絵が描かれた新聞紙で包んだ守屋の性器。当然、守屋の死体からはそれが切り取られている。守屋も菊子も額には「7」。守屋の死体からは硝煙反応あり。
[3] ミチ、願掛けへ。ユキ子を里美に任せ、石岡、坂出、一茂がミチの後ろに付いて行く。白い何かを見つけ、三人で囲むように近づくと、それはエリ子の死体。その脇に一男の死体。
[第八章 1] エリ子の死体は脛が布紐で括られていた。一男は通常弾による射殺。硝煙反応あり。どちらの死体にも額には「7」。死体が置かれた現場には2冊の本。「讃美歌第二編」と「北原白秋詩集」。これまでに死体は八つ。早くに殺された者(幸子、晴美、エリ子)からは硝煙反応は出ず、ダムダム弾が使われている。菊子とそれ以降に射殺された死体からは硝煙反応が出て、通常弾が使われている。最も早い段階の死体である小野寺の場合の硝煙反応は不明だが、彼女にもダムダム弾が使われており、この法則は当て嵌まると思われる。石岡、里美との会話の中で、本事件と阿部定事件との類似性に気付かされる。
[2] 石岡、図書館で阿部定事件について調べる。資料の中に「ハトロン紙」という耳慣れぬ古い言葉を見つける。犯人も「ハトロン」という意味がわからず、適当に見当を付け、「ハト」の絵を新聞紙に書いたのではと思い当たる。当時のラブホテルは「待合」と呼ばれており、そこから「バス停」を連想した? 死体の額の「7」から昭和7年に当たりを付け、その年の猟奇事件を調べると、「玉の井バラバラ殺人事件」というのがあった。その記事の中に「おはぐろどぶ」という地名があった。「おはぐろ」――それこそまさに小野寺の死体の歯が黒く塗られていた理由なのか?
[3] 石岡、過去の猟奇事件に詳しい郷土史家・上山評人から話を聞き、見立て殺人を確信する。
[4] 石岡、本事件は昭和7年頃に起こった様々な猟奇事件の見立てであることを刑事に伝え、それを逆に利用した罠を提案。死体を仮埋葬して、それを掘り起こしに来た犯人を捕えるというもの。話しているうちに、これは昭和13年頃に睦雄が書いて放棄した殺人計画書を、最近になって別人が利用したものではないかと思い当たる。
[5] ミチは自分の母は睦雄ときみえの間にできた子ではないかと疑っている。
[6] 石岡、上山からこの村の“婬風”を教わる。現在では廃れているが、昔は夜這いの風習があった。育子は一種の先祖返りであり、彼女と寝ていない男のほうが珍しいという噂さえあった。
[第九章 1] ここからは都井睦雄の実像について。肺結核で両親を失ってからは、睦雄は祖母・いねに育てられた。もう一人の家族は姉・みさ子。
[2] 病気がちだった睦雄をいねは溺愛した。
[3] 睦雄は体格も良くなってきて、学業優秀で級長になった。小説を書くことに手を染めるようになった。
[4] 睦雄は進学を希望したが、それは彼が家を出ることを意味する。いねは反対する。金銭的な事情もあり、睦雄は断念。
[5] 睦雄に結核性の肋膜炎の病状が現れる。両親のこともあり、彼は死の恐怖に取り憑かれる。猟奇事件に興味を持ち、新聞の切り抜きを始める。村の補習学校に通い始めると、青年会の者たちと交流するようになり、酒を覚え、女遊びに興味を持つようになる。
[6] みさ子、結婚。睦雄、小悪党の内山寿と知り合い、親しくなる。
[7] 睦雄、内山の協力で女を知る。
[8] 睦雄の肋膜炎の再発。
[9] 睦雄、闇で出回っている阿部定事件の自供調書を写させてもらう。
[第十章 1] 睦雄、金銭できみえとの関係を持ち、それを重ねるようになる。他の女にも同様に迫るが、なかなか上手く行かない。
[2] 睦雄、徴兵検査で自身の結核を断定され、大いに落ち込む。村には夜這いの風習があるが、それは決しておおっぴらなものではない。睦雄は夫ある身の女の不貞の事実を掴み、脅迫を用いて関係を迫るようになる。
[3] 睦雄、借金をしてできる限りの結核治療に励む。贅沢品を買い漁るうちに、自分から彼に近づいてくる女も現れ始める。彼は銃器を入手する。
[4] 睦雄の夜這いが村じゅうに知れ渡る。彼は肺病持ちということもあり、女たちは肉体関係を持ったことを保身のためにも強く否定し、率先して彼の悪口を触れ回った。
[5] いね、睦雄に毒を飲まされたと、親戚の家へやって来るが、これは後にいねが証言を翻したために不問となる。しかし睦雄には物騒な事件をほのめかすような言動があったため、家宅捜索が行われた。すると大量の武器弾薬が発見され、彼はその提出を余儀なくされた。
[6] 睦雄、「昭和七年の天誅」という短編小説を書く。それはまったく自分だけのためのもので、過去の猟奇事件に見立てた犯罪の計画書とも言うべきもの。
[7] 睦雄、大金を借り、武器の購入と仙人山での訓練を開始。銃弾は殺傷力を高めるためにダムダム弾に加工。以前の計画は完全に放棄し、もっとシンプルで大量に殺せる計画を練り始める。
[8] きみえ、睦雄を警戒し、一家揃って村を出る。
[第十一章 1] 睦雄、殺人計画を実行。就寝中のいねの首を斧で切断。それを皮切りに、次々と村人を殺傷していく。
[2] 睦雄、菊子の家を襲撃。彼女以外の者は殺せたが、肝心の菊子だけは取り逃がした。菊子は隣家に匿われるが、その家の住人の中から巻き添えの犠牲者が出た。睦雄は菊子殺害は断念し、次の標的の家へと向かい、これは成功した。
[3] その財力に物を言わせて不貞の情事を重ね、さらには村人を黙らせてもいる犬坊吉蔵の殺害については、睦雄の中では世直し行為という意識もあった。睦雄はその殺害に成功したと思い込んでいたが、吉蔵は生き残った。それから睦雄は及川家を襲撃し、計画の殺害部分は終わった。睦雄は樽元家を訪れ、紙と鉛筆を入手すると、仙人山に入った。遺書は既に自宅に残してあるが、もう一つ書き置きし、自身の胸を撃った。生き残りのうち、菊子は後に犬坊秀市と結婚。犬坊由利子は戦後を一人娘と二人で暮らした。彼女は睦雄の手記の類を求めて彼の姉・みさ子を訪ね、遺品を見せてくれるようにと繰り返し懇願している。睦雄に紙と鉛筆を渡した子供・樽元純夫は琴職人になった。ここまでが都井睦雄について。
[第十二章 1] 以上の話を上山から聞いた石岡、犯人は睦雄の子孫の抹殺を目論んでいるのではないかと考えている。すなわちミチ親子を狙っていると。石岡、再びむかで足の間に入り、銃撃トリックについて考える。石岡、左腕を骨折したが、トリックを解明した。
[2] 石岡、病院から龍臥亭に戻り、自室で就寝。大きな地震で目覚める。龍臥亭の中には人の気配がまったくない。途方に暮れて、家の中を徘徊。睦雄の亡霊を見る。付いて行く。銃撃。亡霊を見失う。
[3] 男が墓を暴いている。銃声。男は倒れた。石岡、別の人影を追う。
[4] 樽元の告白。
[5] 石岡、残った謎の説明を刑事たちから求められる。
[6] 石岡、トリックとそうでないものを説明する。
[エピローグ] 石岡、聞き忘れていたことを尋ねる。