ブラウン神父シリーズの第2短編集。ストーリーテリングの妙。今やスタンダードとなったトリックの数々。[???]

J・ブラウン神父:神に仕える蝙蝠傘がトレードマークの小男
ヘルキュール・フランボウ:巨大な身の丈と不敵な腕力の持ち主, 驚くべき軽業師, 天才の閃きも持ち合わせる, 犯罪界の大立者として知られた人物

「グラス氏の失踪」:姿を見せぬ、謎のグラス氏。
「泥棒天国」:山賊団のあまりにも脆弱な拠点。
「ヒルシュ博士の決闘」:対戦者のうちの強そうなほうが決闘から逃げ出す。
「通路の人影」:目撃者たちの証言がすべて違う人影。
「器械のあやまち」:正しい機械から導き出される誤った答え。
「シーザーの頭」:目撃は不可能な出来事を知る恐喝者。
「紫の鬘」 :秘密を隠すためには奇妙な鬘。
「ペンドラゴン一族の滅亡」 :言い伝えを利用した犯罪。
「銅鑼の神」 :犯行の隠し方。
「クレイ大佐のサラダ」 :実現していく猿神の呪い。
「ジョン・ブルノワの珍犯罪」 :殺人犯と名指しされた人物の小さな犯罪。
「ブラウン神父のお伽噺」 :住民の武装解除を徹底した独裁者が射殺される。

※以下の反転表示部はネタバレ注意。




思っていた以上に長くなり、記事の容量を超えてしまったため、止むなく前半・後半と分けることになってしまいますた(´・ω・`)ショボーン




「紫の鬘」
エクスムア公爵
マル博士:公爵の蔵書保管係
アイザック・グリーン:弁護士
フランシス・フィン:記者
エドワード・ナット:編集者
バーロウ:タイピスト



エクスムア公爵家の祖先は魔術の力によって、その耳が醜く巨大化させられてしまったという恐ろしい伝説があり、怪物の耳はその血筋に繰り返し現れているのだという。

現エクスムア公爵は人前では常に鬘を被っていた。彼は目の前のマッチ箱を取らせるために人を使いに遣るような人物だったが、着替えについては一切他人に任せることはなかった。部屋の中にたった己一人になってからでないと行わず、公爵本人以外の誰一人とてその鬘を外した姿を目にすることはなかったのである。

公爵について、以下ようなエピソードがある。


公爵はかつてアイザック・グリーンという弁護士を抱えていた。その30そこそこにして完全な禿頭の人物は、巧みに公爵家の財政を窮地に追いやり、ついには公爵はその領地の半分をこの弁護士に譲り渡さずにはいられない羽目に陥ったのだ。

それを知った公爵は激怒し、グリーンの禿頭に酒瓶を叩き付けた。するとよろよろと立ち上がったグリーンは、こう言ってのけた。

「これはありがたい。こうなれば領地はすべて頂けますからな。法律がそう取り計らってくれるのです」

それに対して公爵は言った。

「法律はそうしてくれるだろうが、貴様の手には入らん。なぜならば、そのとき俺はこの鬘を脱いでやる。俺の頭を見たやつは生き延びることはできないんだ」

それを聞いたグリーンはすごすごと退却し、二度とその近辺に姿を見せなかったという。

それ以来、公爵は魔法使いとしても恐れられるようになった。



ブラウン神父は公爵の鬘に一つ気に喰わないところがあった。それはその色である。それはいかにも鬘でございと主張しているような色で、自らの血筋の呪いを恥じているような公爵が、なぜそれをもっと自然に隠すような鬘を被らないのか。その理由は、公爵はその呪いを恥じているのではなく、誇っているからなのだ。皆にその呪いを知ってもらいたいのだ。

その話を聞いたフィン記者は、もし自分の家に本物の幽霊話でもあれば、確かに少々得意になるだろうと認めた。

神父は話を続けた。公爵はその家系の呪いについてはまったく隠していない。ところがその頭はひた隠しにしているのだと。


ブラウン神父とフィン記者は公爵と再会した。神父は公爵にその呪いを打ち破るべきと説いた。それは鬘を脱ぐだけでいいのだと。

しかし公爵はそれを拒んだ。大変な災厄をもたらすものだからと。

神父は公爵にさらに迫った。フィン記者はどうにも抑えがたい衝動に身を任せた。彼は暴行罪で起訴される覚悟で公爵の鬘をもぎ取ったのだ。

公爵の頭には特に変わった点はなかった。その耳もごく普通の耳だった。


「当たり前の耳だから隠す必要があったのです」

公爵に歩み寄った神父は、彼の禿頭に古傷を見て取った。

「察するところ、グリーンさんですな」


結局は単純な話だったのである。法律によって領地をすべて失った公爵は自殺し、それを手に入れたグリーンは後に爵位をも受け継ぎ、新たな公爵として振舞っていたのだ。これはまったく合法的なものである。

しょせんは一代成金にすぎない彼にとって、このいかにも貴族的な伝説と家系を我が物とすることへの羨望は抗しがたいものであった。しかし遺伝的に受け継がれた畸形の耳は彼にはない。だからこそなおさらその耳を人目に触れさせるわけにはいかなかったのだ。



マスコミ業界への皮肉も入っている。今も昔も、どこの国でも…だろうかw


「もし悪魔がこれは恐ろしいものだ、見てはならぬと言ったなら、断じてそれを見るべきです」




「ペンドラゴン一族の滅亡」
ペンドラゴンじいさん:“提督”
執事
ウォールター:じいさんの甥
セシル・ファンショウ卿:コーンウォールの地主



「両の目が輝いていれば船は無事、片目の瞬き一つでみんなお陀仏」

それはこの地方に伝わる格言で、岸の灯台が二つとも見えれば正しい航路を進んでいるが、もし片方の灯台がもう一方の後ろに隠れて一つしか見えないならば、そこは暗礁の上であり、危険という意味である。


ペンドラゴン家には伝説があった。祖先がスペイン人捕虜から復讐の呪いを受けたというものである。その一族の生き残りの一人、通称“提督”は決してそれを信じていなかったが、彼の父や兄が海中に没したのは事実だった。提督は海難事故など珍しくもなく、それを単なる偶然と片付けていたが、その様子を見ればブラウン神父ならずとも、彼がそう信じているというよりは、そうであって欲しいと自らに言い聞かせているのではないかと疑ったであろう。

しかし提督はあくまでも強気だった。航海中の甥は無事にもうすぐ帰ってくる。そうなれば呪いなどないと証明されるはずだ――


ブラウン神父は提督に、今晩は塔に泊まらせて欲しいと申し出た。その塔には何度か焼けたなどの話があり、そこにも呪いの伝説が絡んでいた。呪いを信じていないはずの提督はその申し出に対し、拒絶したい様子が見て取れた。しかし結局は渋々ながらそれを受け入れた。

「自分の身が危なくなってもいいというのなら、どうぞ」



その夜、塔に火が放たれた。しかしそれはブラウン神父にとっては予期したものだったのだろう。神父の一行は塔で眠ってなどおらず、のんびりと庭の手入れなどをしていた。


塔に火を放つと、遠くの船からはそれはまるで灯台のように見えたのだろう。本来は一つしか見えないはずの灯台が二つに見えたかもしれない。

「両の目が輝いていれば船は無事、片目の瞬き一つでみんなお陀仏」

提督はこの手段を用いて父と兄を海の中に葬ったのだった。しかし三回目は失敗した。塔の火は既に消されつつあった。今回に限っては、水の中に姿を消したのは提督自身だった。



多くの伏線が張り巡らされている。無関係そうな個々のエピソードが収束していくのは見事。

火の点いた塔があったら、灯台が二つどころか三つに見えてしまうことはないのだろうかw


「鳥の羽を一枚、化石の横に置かれているのを見たら、誰だってそれを標本だと思う。もし同じ羽根がリボンとともに並べられていたら、それは婦人帽に使う羽根だと思うでしょう」




「銅鑼の神」
ホテルの主人
マルヴォリ:ボクシングのチャンピオン
ネッド:同
プーレイ卿



たまたま立ち寄ったひと気のない音楽堂でブラウン神父は死体を見つけた。次に訪れたホテルでは、その主人から近所でボクシングの試合が行われることを聞いた。その代わりにブラウン神父は、彼が先ほど音楽堂で出会った人物について語った。ただしその人物が死んでいたことについては伏せておいた。

すると突然、相手は短剣で襲いかかってきた。それを神父の相棒のフランボウが追い払うと、次の瞬間にはどこからか銃撃された。フランボウは神父を抱えると、素早くその場を後にした。



ブラウン神父はボクシングの試合会場へと向かった。そしてさっそくプーレイ卿と面会した。神父は開口一番、人が殺されるのを防ぐために来たとプーレイ卿に告げた。

誰が殺されるのか、それは神父にすらわかっていなかった。しかし彼が不思議な説得力を駆使した結果、プーレイ卿は試合の延期を決めた。


その話が伝わると、すぐに黒人チャンピオンのネッドが怒鳴りこんできた。彼に対して神父は静かに告げた。この部屋からだけではなく、この国からもすぐに出て行くように、と。

それを聞いた相手は意外なほどにあっさりと引き下がった。


人を殺したいときは、相手と二人きりになるのが必ずしも最善の策ではない。そこに人は自分一人だけなのだろうかと疑えば、本当に一人きりなのか確かめることは難しいことに気づく。もし遠くにたった一人でいる人物を見かけたなら、その一挙手一投足まで見て取るのは容易なのだ。自分がその見張られている人物ではない保証はどこにもない。

ならば他の方法もある。皆の視線が何かに集中する機会を捉えればいい。たとえば使用されておらずガラガラの競馬場よりも、大入り満員のレース中のほうが目撃される危険は少ない。

音楽堂の場合も同じだったのだ。演奏の見せ場の瞬間、突然に足元に穴が開いて墜落した男など誰も見ていなかった。そして今夜も、このボクシングの試合会場で選手の一方がノックアウトされる瞬間に、別の場所でもう一つのノックアウトが行われるという趣向だった。


あのホテルの主人は死体となって海面を漂うことになった。しかしネッドはすっかり姿を消してしまい、その行方は杳として知れなかった。



「一人きりでいるというのは、当然、誰もいない空き地であるということで~」とあるが、一人きりになるならむしろ開けた屋外よりも狭い室内を連想してしまう。そんなこんなで今回の逆説の切れ味は鈍いように思う。

犯人たちがなぜあんな怪しいホテル業務を行なっていたのかも不明だし、せっかく邪教を絡めてるのに、その設定を全然演出に活かしてないし、何もかもが物足りない。


「えらく頭のいいやつだから、身を隠すために顔を白く塗るなんてことはやるまい。私が思うに、顔を黒くしているんじゃないかな」




「クレイ大佐のサラダ」
クレイ大佐:英国砲兵隊員
パトナム少佐:クレイの友人
オードレイ・ワトソン:パトナムの被後見人, クレイの婚約者
オリバー・オーマン博士:オードレイの親類



クレイ大佐はインドの都市に滞在していたときに、葉巻を買いに行くはずが間違った戸口をくぐってしまい、背中を向けた石像を見てしまった。するとそこに怪しげな男が現れ、こう言った。

「もしお前が猿神の足だけを見たのなら、我々はごくおとなしい手段を採っただろう。お前はただ責め苦を受け死ぬだけだった。もし猿神の顔を見たとしても、やはり我々はごく穏健に、ごく寛容にしてやるだけだった。お前はただ責め苦を受け、生き長らえただろう。ところがお前が猿神の尾を見てしまった以上、我々は最大の刑罰を宣告せねばならない。つまりお前は自由に帰るのだ」

「今後は一筋の毛が刀のようにお前を斬り殺し、一吹きの呼気が毒蛇のようにお前に絡みつき、どこからともなく凶器が現れて、お前に襲いかかる。お前は幾度も死に遭うのだ」


ジャングルの外れの村で第一の事件が起こった。深夜の暗闇の中で目覚めた大佐がそのまま横になっていると、糸か何かが喉をかすかにくすぐりながら横切るのを感じ、思わず首を引っ込めた。そして起き上がって明かりを点け、鏡を見ると、首には細い血の筋があった。

第二の事件は帰国途中の宿で起こった。大佐はまたしても夜の暗闇の中で目を覚ました。それというのも、まさしく呼気が毒蛇のように絡み付くという表現がぴったりなほど苦しくなったのだ。彼は壁に頭を打ち付け、窓に突き当たり、倒れ落ちるように下の庭へと転落した。

第三の事件はマルタ島で起こった。大佐が寝室の大海原に面した窓の向こうを眺めていると、空中に浮かんで旋回している棒切れのようなものが目に入った。次の瞬間、それは室内に飛び込み、枕の横のランプを粉砕した。確かめてみると、それは奇妙な形の棍棒だった。


そんなこんなで、大佐の神経はすっかり敏感になってしまっていた。だから家に何者かが忍び込んでいるのを見て、相手を確かめもせずにすかさず狙撃したという点については同情の余地はある。


ところで大佐のそれらの体験については、友人のパトナム少佐を始めとして、皆いささか懐疑的であった。彼らが心配しているのは、大佐が命を狙われているという問題ではなく、その精神状態についてなのである。今回の件についても、大佐が発砲すると、相手はくしゃみしたなどと聞けば、彼らの心配が大佐の精神状態にばかり向けられるのもやむを得まい。

大佐にとっては幸いにもというべきか、ナイフやフォーク、薬味入れなど、銀器が消え失せていた。大佐の命を狙ったなどという話はともかく、何者か――恐らくコソ泥――が侵入していたのは大佐の妄想ではないらしい。



昼食にカレーを食べていたクレイ大佐が突然テーブルに突っ伏した途端、それまでの様子を一変させたブラウン神父は素早く彼に薬味を飲ませた。そのおかげで大佐は一命を取り留めた。オーマン博士は彼の様子を窺った。パトナム少佐は顔を紅潮させ、警察を呼びに行くと言って玄関から飛び出した。


ブラウン神父は大佐に静かに語り掛けた。羽のようにかすかに触れただけで首に細い傷を残したのは剃刀。ありきたりの部屋を毒で満たす方法はガス栓をひねればいい。窓から外に投げて、空中で反転して隣の窓に舞い込む武器はブーメラン。たまたまちょうど、クレイ少佐の部屋にも同じ物がいくつかあった。猿神の寺院での一件は偶然の一致か、あるいはある白人の計略の一部。


オーマン博士も怪しいと勘付いていた。少佐のテーブルに乗っていた本はある毒薬に関するもので、開かれたページにはその毒薬はごくありふれた吐剤を用いることで対処できると書かれていた。盗まれたという薬味入れにはその吐剤が入っていた。

ところでゴミ箱に捨てられていた胡椒入れには銃弾が命中していた。クレイ少佐の放った一発は犯人には当たらずに胡椒入れに命中し、そのせいで犯人はくしゃみをしたのである。

「少佐は警官を見つけるのに随分手間取ってるな」とオーマン博士が言えば、「警官が少佐を見つけるのに手間取ってると言ったほうがいいかもしれません」と神父は言った。



毒殺を目論んでる人物が、それについて記載されたページを開いたまま自分のテーブルの上に置いておくなんて無用心にもほどがある。それを誰かに見られてしまったら、いかに死因が突き止められにくい毒物を探し出しても意味ないじゃないかw


「あなたは狂人だったら欲しがらぬはずのものを欲している。自分が間違っていたということを証明したがっている」




「ジョン・ブルノワの珍犯罪」
ジョン・ブルノワ:貧乏学者
ブルノワ夫人
クロード・チャンピオン卿:金持ちであらゆる趣味を持つ偉大な名士
カフーン・キッド:米国の日刊紙“西方の陽”の英国特派員
ジェームズ・ダルロイ:桃色新聞“スマート・ソサイアティ”の記者



その新説が少々話題になったジョン・ブルノワ氏との取材の約束を取り、はるばるその家を訪れたキッド記者だったが、会えたのは応対に現れた下男だけだった。彼が言うには、主人は隣家へ行ったという。当のクロード・チャンピオン卿の家では「ロミオとジュリエット」の野外劇を催す手はずなのだが、ブルノワは夫人に遅れて一人で向かったらしい。

それを聞いて一瞬落胆したキッドだったが、夫人を巡ってクロード卿との対決に出向いたのかもしれないとすぐに思い当たると、その現場へと急行すべきと奮い立った。


小ぢんまりとしたブルノワ宅に対し、クロード卿宅は比較にならぬほど豪華な家だった。家に限らず何もかもが正反対といった具合のブルノワとクロード卿だったが、これでも二人は長年親しくしている幼馴染なのである。その二人の友情をあるいは壊してしまうかもしれないのが、美しいブルノワ夫人だった。それほどまでにクロード卿の彼女へのアプローチは露骨で激しいものだった。


キッドが目撃したのは、まるで演劇の一場面のような光景だった。真紅に金を散りばめた服で全身を包んだ人の姿。一瞬煌めいた月光に照らされたバイロンを思わせる顔。キッドは会ったことはなかったが、それは紛れもなくクロード・チャンピオン卿だった。なるほど、これは野外劇の衣装なのだ。だが転落してきた男が流す赤い血。それは劇の筋書きにはないものだった。彼は剣で突かれていたのだ。

駆け寄ったキッドにクロード卿は言った。

「ブルノワだ。ブルノワが嫉妬してやった。俺の剣で…あいつはそれを投げ捨てた…」

クロード卿は地面に落ちた剣のほうを指し、死んだ。


そこに現れたのがブラウン神父。彼は剣の刃の中ほどを検めると、自分の出る幕はないようだと言って、並木道を歩き出した。



ブラウン神父はブルノワ夫人に会いに行った。夫人はブラウン神父に、なぜあなたはジョン・ブルノワの無実を信じているのかと尋ねた。

ブラウン神父は答えた。一つはごく曖昧なこと、もう一つはごく些細なことなのだと。

曖昧なことというのは、ブルノワ氏には似つかわしくない、クロード卿の死の場面は。もし彼ならば、もっと重く地味な殺人を行なうであろう。このあまりにもロマンティックな道具立ては、むしろクロード卿にこそ相応しいものだった。

些細なことというのは、剣の刃の中ほどに付いた指紋。そんな所を持つのは、剣を短く使うときくらいなもの。敵を突き刺すには長いほうが有利だが、短いことが有利な場合もある。それは自分を突き刺すときである。

クロード卿は自殺したのだ。


夫人にはクロード卿の自殺の理由がわかっていた。

クロード卿はあらゆる面で成功者のようであったが、どの面においても決して大人物ではなかった。それに対してブルノワ氏は世間的に成功を収めたこともなければ、名声を得たこともなかったが、優れた人物だった。

クロード卿はブルノワ氏に劣等感を抱き続けていた。そんな彼の目的は唯一つ。ブルノワ氏に彼を妬み、憎んでもらいたかったのだ。そのためにブルノワ氏の家の目と鼻の先に大きな家を建てることまでした。

ところがブルノワ氏ときたら無邪気なもので、クロード卿のそんな意図にはまったく気づかず、純粋に幼馴染の成功に感心し、それを喜ぶばかりなのだ。

その状況にさらに新たな要素が加わった。それは夫人がブルノワ氏を説き伏せ、彼に論文を書かせて雑誌に寄稿させたことだった。この記事が注目されるようになり、彼がわずかばかりの名声を得たのだ。それはクロード卿と比べればほんの些細なものだった。にもかかわらず、それはクロード卿にとっては耐え難いものだった。

もはやクロード卿はなりふり構わず、ブルノワ氏から夫人を奪い取ろうとした。ブルノワ氏に嫉妬させるためである。ところがブルノワ氏がは面白い本を入手したとかで、クロード卿の邸宅で行う「ロミオとジュリエット」――もちろんロミオはクロード卿でジュリエットはブルノワ夫人――の野外劇を観に来ないという。当の相手がまったく気にも留めていないことを知ったクロード卿はついに絶望し、自ら命を絶ち、その罪をブルノワ氏に負わせようとしたのであった。


ところで実はブルノワ氏はある罪を犯していた。本が面白かったので、つい取材をすっぽかしたくなり、下男の振りをして嘘をつき、新聞記者を追い払ってしまったのである。



金持ちが幼馴染の貧乏人を心から羨み、貧乏人が幼馴染の金持ちを無邪気に称賛する。金持ちは貧乏人を激しく意識していたのに、貧乏人のほうはそれにまったく無関心で気づきもしない。結果的にはこの二人の温度差が、その片方を死に追いやった。

金持ちが全身全霊を捧げた最後の仕事も、結局貧乏人のほうは与り知らぬまま。金持ちが一世一代の大芝居を見せたかった相手はそれを見ることもなく、のんきに「血まみれの拇指」なるスリラー小説を読み耽っている始末。

しかし貧乏人たるジョン・ブルノワ氏は、物語の要点とは無関係なところで、表題にあるとおりのちょっとした犯罪を引き起こす。自分が死刑になるかどうかという大犯罪に関わっていたともつゆ知らず、使用人のふりをして新聞記者を追い返すという、人によっては「週に6回は犯している」ような小犯罪に心を痛める。

結局、最後までお互いがお互いの価値観を理解できなかったことが悲劇を生み出したとも、あるいはだからこそもっと大きな悲劇は防げたとも言える。クロード卿はブルノワ氏を理解できなかたので、彼に対しての致命的な一撃を持ち得なかった。


「葉巻を吸うことで世間に名を知られようと思わないのと同じように、ものを考えることで有名になろうとは考えてもみないのです」




「ブラウン神父のお伽噺」
オットー公:ハインリッヒヴァルデンシュタインの独裁者
ルードヴィッヒ:アルンホルト三兄弟の一人, 英雄として死す
パウル:同, 裏切り者としてオットー公の侍従になる
ハインリッヒ:同, 臆病者として隠遁する
シュバルツ:一兵卒, 後に将軍にまでのし上がる
ヘドヴィッヒ:宮仕えの娘, 後にシュバルツと結婚
グリム:フランボウの旧知の刑事



独裁者の常としてオットー公もまた反乱に対する怯えは強く、彼は衛兵を増やし、誰何に応えないような怪しい人物は即座に撃ち殺させるようにした。終いにはその番兵小屋のほうが一般住居よりも多くなってしまったほどだった。そしてさらに公は自室を要塞化し、秘密の隠れ穴まで作った。墓穴に入るのを恐れるあまり、墓穴同然の隠れ場所を作ったのである。住民たちの武装解除も徹底し、もはやピストル一挺すら持ち込めないことを公は確信するに至った。

この地方には金鉱の噂が絶えなかったが、その秘密を知る者はもはやハインリッヒ唯一人であるらしく、オットー公はどうしてもそれを発見できずにいた。その状況を打開するために地質学の専門家たちを招いたのだが、その出迎えの夜、事件は起こった。オットー公が城外の森の中で死体となっていた。

オットー公は銃弾で頭を砕かれていた。そしてその死体のそばにはこれまた銃弾で撃ち抜かれたスカーフが落ちていたが、現場に残った銃弾は、公の頭の中の一発だけだった。



オットー公は金鉱を発見するための、専門家を頼りにするよりも確実でもっと安上がりな方法を思いついた。金鉱の秘密を知る隠者のハインリッヒに尋ねればいいのだ。どちらかと言えばハインリッヒはオットー公の敵対者であったが、今となっては多少の取引でどうにかなるだろうと高をくくった。

オットー公は決して臆病者ではなく、住民の武装解除に自信を持っていたので、彼は大胆にも一人でこっそり城を抜け出した。万が一の場合は、彼が一声掛けるだけでその周囲にいる多くの衛兵が駆け付けることも計算の上である。

オットー公の意に反したことが起きた。彼が黄金のことを口にした途端、話の聞き手であるハインリッヒは激しく反応し、禁忌たる言葉を口にした者に相応しい扱いを要求した。ハインリッヒは従僕に命じて、オットー公の顔にスカーフを固く巻き付け、その口を塞いだ。オットー公は一目散に家の外へと逃げ出し、城へと向かった。

オットー公の手足は自由だった。しかし顔に巻かれたスカーフはどうしても外せなかった。目は見える。耳も聞こえる。だが声を発することだけができなかった。彼は恐るべきことに気づいた。もしこの状態で彼の衛兵に姿を見られたら、当然誰何される。しかし彼はそれに答えることができないのだ。

誰何に応じない者を即座に射殺しろと命じたのは彼自身である。そしてその夜、衛兵はその命令を忠実に守ったのであった。


忠実な歩哨であるシュバルツは、射殺した相手の顔を確かめるためにスカーフを剥ぎ取った。そしてその相手が誰であるのかを知った。仰天した彼を救ったのはヘドヴィッヒという宮仕えの娘だった。

その後、職務に忠実なるシュバルツは異例の出世を果たし、彼とヘドヴィッヒは結婚した。



現実の独裁者なら、部下をここまで信用・信頼はできないだろう。部下冥利につきる、真にあっぱれな独裁者だw 危機のオットー公の採るべき行動は、いっそのこと部下に発見されるまでおとなしく倒れていることだったかもなぁ。


「オットー公は自ら下した命令によって撃ち殺された。自らの意志ではなく、自らの命令によって」