雪の密室の首なし死体。歪んだ館。自死したカリスマと、彼女が出演した幻の映画。暗い過去を引きずる男。(「・ω・)「にゃおー [?]

如月烏有(きさらぎうゆう):雑誌社の準社員, 和音島の同窓会の取材担当者
舞奈桐璃(まいなとうり):烏有のアシスタント, 出席日数不足の高校三年生女子

真宮和音(まみやかずね):女優, 故人
水鏡三摩地(みずかがみみまち):大富豪, 和音島の主人, 車椅子生活
結城孟(ゆうきはじめ):老舗呉服屋の次男, 副社長
小柳寛(こやなぎひろし):パトリク神父, 元医学部生
村沢孝久(むらさわたかひさ):貿易会社経営
村沢尚美(なおみ):孝久の妻
武藤紀之(むとうのりゆき):尚美の兄, 和音の肖像画の作者, 故人

真鍋道代(まなべみちよ):使用人
真鍋泰行(やすゆき):同, 道代の夫



21年前に「春と秋の奏鳴曲」という映画が公開された。と言っても、それはたった一軒の小さな映画館で一週間だけ上映されただけであり、またその著作権やマスターフィルムはそのプロデューサーである資産家・水鏡三摩地が握っていてソフト化もされていないため、実際にそれを観た者はほとんどいない。そしてその公開当時の数少ない批評では酷評されている。

なのにこれが一部マニアの間で幻の作品として噂が語り継がれるのは、本作を唯一の出演作とする主演女優・真宮和音に熱狂的に惹かれた数名の者が、彼女とともに“和音島”での1年間の共同生活を送ったためである。それほどまでに彼らを惹きつける真宮和音とは何者なのかという、部外者の興味が満たされることはなかった。彼女の本名や経歴は一切不明なままであった。彼女の死から20年を経た今でも。


如月烏有のそれまでの人生において、真宮和音という名は何の意味も持っていなかった。雑誌社の一介の準社員である彼が和音島の20年ぶりの同窓会の場に立ち会うのは、単に編集長から取材を指示されたからである。その話を聞き付けた舞奈桐璃とともに、烏有は和音島へと上陸した。


“和音館”に滞在を始めてから3日目の朝。季節は夏なのに外は一面の銀世界。どうやら深夜に2時間ほど異常気象による降雪があったらしい。中庭にも美しい新雪が積もっている。そしてその中央のテラスには首なし死体が置かれていた。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



おそらく作者はその頭の中にきちんと解決を得ているのだろう。しかし読者にはそれははっきりとは提示されず、最後に探偵・メルカトル鮎の登場によって重大な示唆がされるのみである。これはたとえばエラリー・クイーンが最後の一行で真相を指し示すのみで、以降の解説を不要としているようなものとはまったく異なり、ただ一つの正解ではなく、多くを読者の解釈に委ねている。(ぐぐっても完全に納得できる回答は得られなかった) 何はともあれ文庫版裏表紙にある「メルカトル鮎の一言がすべてを解決する」は“偽”だろう

本作は雪の密室トリックや煙草の焼け焦げ跡の手掛かりなど、ミステリとしての体裁は整えつつも、その主眼は別のところに置いているように思える。であるならば、これは衒学的・神学的・哲学的…と何を載せても構わないが、ミステリではなくミステリの体裁を用いた別物とも捉えられる。もしこれをミステリとして評価するなら、個人的にはあまり高く見ることはできない。こういうのって作者の手抜きに思えるんだよね。仮に作者が作った解決に実は矛盾や穴があろうとも、多くを曖昧にして読者に解釈を委ねることで、それを読者が勝手に補完して作者のミスがバレずに済むから楽だし。(シャーロキアンたちがコナン・ドイルが作った設定の齟齬を自主的に埋めてくれるようなものだw)

“わかりやすい”謎についてとなると、前述の雪の密室、周囲を雪に囲まれた首なし死体だが、これは自然のいたずら・神の意志と言うべきもので、読者が作中でこれと断定できるようなものでもなく、満足度は低い。映画と烏有・桐璃との重ね合わせはあまりにも不自然で、神を持ち出さねばとても成立するものではない。だからこそこのような形式でしか成立しない作品とも言える。

パトリク神父の名が終盤まで伏せられた理由や、鈴の意味もいまいちわからないなぁ…。



[Ⅰ 8月5日 0] まだ若い青年の葬儀。
[Ⅰ 8月5日 1] 和音島での共同生活から既に20年。島での同窓会へと向かう船上。
[Ⅰ 8月5日 2] 和音館に到着。至るところが歪み、錯視を起こさせるような奇妙な家。桐璃の希望で彼女は海側、烏有は山側へと、それぞれの部屋を交換する。
[Ⅰ 8月5日 3] 烏有、桐璃、水鏡との初対面。
[Ⅰ 8月5日 4] 夕食会。黒のフォーマルスーツを着て化粧した桐璃を見て烏有以外の面々が凍りつく。水鏡が「和音」と呟く。
[Ⅰ 8月5日 5] 烏有、自室で先ほどの夕食会の録音テープを再生。きっかけを失って無断で録音したもの。桐璃も一緒に聞く。様子がちょっと奇妙。
[Ⅱ 8月6日 0] 烏有と桐璃との出会いの回想。烏有、川縁に立つ桐璃を毎日見掛けた。ある日、黒のフォーマルスーツを着た彼女と初めて会話した。
[Ⅱ 8月6日 1] 烏有、和音の肖像画を見る。前夜の夕食会の際の桐璃に酷似。和音はよく絵を描いていた。彼女自身をモデルにした4枚のキュビズム画が館内に飾られている。パトリクは和音の美しさを褒め称える。
[Ⅱ 8月6日 2] 20年前、和音はテラスから海中に落ちて消えた。死体は上がらなかった。彼女の墓碑は質素で、あまり手入れもされていない。その近くには武藤の墓。烏有、金メッキの小さな鈴を拾う。途端に結城はそれをもぎ取り、海に向かって投げ捨てる。鈴は海には届かずに昼顔の群れの中に消える。
[Ⅱ 8月6日 3] 烏有、中庭に出る。定期的に交換されているらしき美しい真っ白な砂に覆われている。テラスから館を眺める。窓の中に人影を見る。館に入り、その場所へ向かうが、そこには和音の肖像画が掛かった壁。画をずらすと隠し扉。その奥にはずっと施錠されたままだという和音の部屋。
[Ⅱ 8月6日 4] 孝久は和音の歌声を賛美する。その様子を眺める尚美はどこか冷めている。パトリクはかつて和音の肖像画を描いたが、和音の本質を描いてないとして、皆で話し合った末にそれを破棄した。
[Ⅱ 8月6日 5] 和音の肖像画がその左眼を中心に×印に切り裂かれている。
[Ⅱ 8月6日 6] 村沢夫妻の言い争い。未だに和音を想う夫に妻が我慢できない様子。桐璃、烏有に真新しい金メッキの小さな鈴を贈る。
[Ⅲ 8月7日 0] 烏有、夢を見る。雪が降っている。雪が赤く染まる。それが身体にまとわりつく。
[Ⅲ 8月7日 1] 島には雪が降り積もっている。テラスの中央に首なし死体。そのそばに孝久が立ちすくんでいる。死体の右手に引き攣り。水鏡のものと推定。烏有、真鍋夫妻の離れへと向かう。玄関前には足跡のない新雪が積もっている。彼らの姿はない。船もない。電話は通じない。
[Ⅲ 8月7日 2] 死体を地下室に安置。パトリク、水鏡は4時半前後に別の場所で殺され、その後にテラスにその死体は運ばれ、鉈で首を切断されたと推定。雪は1時から3時に掛けて降った。村沢、死体の周りに足跡はなかったと証言。
[Ⅲ 8月7日 3] 桐璃、料理中。事件を推理する。
[Ⅲ 8月7日 4] 孝久、烏有に犯人調べの協力を依頼する。
[Ⅲ 8月7日 5] 水鏡の書斎から二挺の拳銃が紛失している。真鍋夫妻の離れの中は綺麗に片付けられている様子。20年前の様々な新聞のスクラップ記事が保管されている。どれも同時期のもので病院長夫婦による幼児売買を扱っている。犯人夫婦の顔写真は真鍋夫妻に似ている。和音の墓が掘り返されている。金メッキの小さな鈴が落ちていた。
[Ⅲ 8月7日 6] 武藤の部屋の調査。彼の死体は発見されておらず、その死の瞬間を誰も目撃していない。書架には様々な学問の本などが並んでいる。英語やドイツ語の原書もある。
[Ⅲ 8月7日 7] キュビズムについて。
[Ⅲ 8月7日 8] 烏有、かすかなピアノの音を聞く。
[Ⅳ 8月8日 0] 烏有の回想。桐璃の紹介で雑誌社のアルバイトを始める。
[Ⅳ 8月8日 1] 烏有、目覚める。桐璃から結城と孝久の口論を知り、様子を見に部屋を出る。
[Ⅳ 8月8日 2] 和音の“プライヴェート”な部屋。結城の後悔。烏有、結城からキュビズムについての本を手渡される。
[Ⅳ 8月8日 3] 烏有、パトリクと対話。
[Ⅳ 8月8日 4] 烏有、渡された本を読む。
[Ⅳ 8月8日 5] 烏有、桐璃、武藤の部屋にて彼の脚本“黙示録”を捜索するが発見できず。
[Ⅳ 8月8日 6] 結城や孝久は自分たちが和音を殺したと漏らしている。
[Ⅳ 8月8日 7] 桐璃、パトリクが死体の首を切断した正体不明の道具を「鉈」と発言したことを烏有に指摘。「ジキル博士とハイド氏」について問答。
[Ⅴ 8月9日 0] 和音島の風景。確か、殺された者は大富豪の水鏡三摩地。
[Ⅴ 8月9日 1] 烏有、発熱。結城、姿を消す。
[Ⅴ 8月9日 2] 強い地震。停電。主電源がオフになっていた。
[Ⅴ 8月9日 3] 桐璃、停電について孝久のトリックを疑う。
[Ⅴ 8月9日 4] 夜の展望台にて。パトリク、キュビズムを用いて烏有に語る。和音に神を求めた。
[Ⅴ 8月9日 5] 水鏡の死体、消失。
[Ⅴ 8月9日 6] 孝久、烏有を有名な探偵と誤解してる様子。烏有、それに乗る。
[Ⅴ 8月9日 7] 桐璃、烏有に再び二重人格の話を持ち出す。
[Ⅵ 8月10日 0] 烏有の目の前を黒猫が歩いている。黒猫は呼び声を上げている。烏有、一歩を踏み出す。
[Ⅵ 8月10日 1] 結城の死体が浜に打ち上がる。右手に金メッキの小さな鈴が握られている。和音の墓が再び埋め戻されている。烏有、桐璃に貰った鈴を向日葵の群れの中に捨てる。
[Ⅵ 8月10日 2] 烏有、パトリクの告白を聞く。絶対化に失敗したことに気づき、和音を殺害した。先日の「降雪と密室」に和音の復活の奇蹟を見出している。尚美、前々夜に和音が結城の部屋から出るのを見たという。そのとき烏有は桐璃の部屋を見張っていたのだから、彼女が結城の部屋に行けたはずはない。烏有、孝久から和音島での一年の共同生活について訊き出す。武藤の持ち掛けた話の代償に、水鏡は性欲の捌け口として尚美を求めた。和音が死んだとき、水鏡は会の解散を決めた。武藤は水鏡の説得に失敗し、彼を殺害した。武藤は水鏡に成り済まし、島と館を護る計画を孝久に告げる。孝久は結城とパトリクの同意を取り付ける対価として尚美を得た。
[Ⅵ 8月10日 3] 烏有、和音の部屋のほうを見てそこから窓が失われ、ただの壁になっていることに気づく。桐璃は体調不良の様子で自室に籠る。烏有、映画「春と秋の奏鳴曲」を観る。主人公“ヌル”は自分を助けるために死んだ青年の人生の代わりを務めるかのように、彼の人生を必死にトレースし始める。しかしヌルは医大への受験に失敗したりするうちに、大きな挫折感を味わい、虚無的になってしまう。そんなときに“真宮和音”という少女に出会い、それをきっかけに雑誌社で働くようになり、ある島での同窓会の取材へと向かう。映画を見た烏有は混乱する。それはまったく彼自身を描いたものだった。そして劇中の“真宮和音”は彼が肖像画で見た真宮和音ではなく、村沢尚美だった。
[Ⅵ 8月10日 4] 桐璃の悲鳴。烏有、彼女の部屋に向かう。桐璃は左眼を抉り取られており、意識を失う。
[Ⅶ 8月11日] 桐璃は意識を失ったまま。高熱が続く。烏有に助けを求めるように譫言を呟いている。
[Ⅷ 8月12日 1] 尚美、姿を消す。桐璃、意識を取り戻す。
[Ⅷ 8月12日 2] 烏有、和音の部屋の扉を開く。目の前には青空と水平線が広がっており、足元に中庭のテラスが見える。扉は館の外壁に付いていた。和音の肖像画の引き裂かれた左眼の部分に桐璃の目が嵌め込まれている。
[Ⅷ 8月12日 3] 2発の銃声。
[Ⅷ 8月12日 4] 雪の密室の謎が解かれる。烏有、島を脱出。
[エピローグ [補遺]] メルカトル鮎、登場。