ヴァン・ドゥーゼン・シリーズの短編集。科学捜査探偵。様々なトリックによる犯行。[???]

オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン:哲学博士, 法学博士, 王立学会会員, 医学博士, 歯科博士, 探偵
ハッチンソン・ハッチ:新聞記者
マーサ:ヴァン・ドゥーゼンの家政婦
マロリー部長刑事
カニンガム刑事

「“思考機械”調査に乗り出す」:俳優が老人に扮して署名させられる。
「謎の凶器」:首を絞められもせず、喉に何も詰まっておらず、単に“肺から空気が失われて”の謎の死。
「焔をあげる幽霊」:改装工事中の屋敷に出現する、焔をまとった幽霊。
「情報洩れ」:密室からの情報漏洩。
「余分の指」:自らの指を切り落とすことを望む女。
「ルーベンス盗難事件」:密室から消えた絵画。
「水晶占い師」:水晶に映る自らの死の光景。
「茶色の上着」:情報を書いた紙片の隠し場所。
「消えた首飾り」:海上で消え去った宝石。
「完全なアリバイ」:犯行時刻に歯科医院で治療。
「赤い糸」:消えるガス燈の火。

※以下の反転表示部はネタバレ注意。




東京創元社の独自編集短編集。作品を読んだことはなくても、ミステリ・ファンならどこかで見聞きし、いつの間にか知っていたトリックが散見されるだろう。(それゆえに、現在の読者にはすぐにトリックや犯人がわかってしまう作品も多いのだがw)

オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼンは数あるシャーロック・ホームズのフォロワーの中でもかなり近いスタイルを採っているが、後に一つのサブ・ジャンルとして認められる、安楽椅子探偵的な傾向が強いのは特徴的。新聞記者のハッチンソン・ハッチがワトソン的な立ち位置になるのだろうが、ヴァン・ドゥーゼンはホームズほど活動的ではないため、必然的にハッチの情報収集能力はワトソンよりも高く設定されている。

その反面、警察組織を代表するマロリー部長刑事の無能振りはホームズ譚におけるレストレード警部と比べるのもおこがましい。「ルーベンス盗難事件」においては、「マロリーもときには、人並みに知恵のひらめきを見せることもあるんですな」と呟いたハッチに対し、「そんなことはない。ぼくはいまだに、お目にかかったことがないよ」とヴァン・ドゥーゼンに反論させるほどだ。その上さらにヴァン・ドゥーゼンに、「ハッチ君、ぼくはときどき、きみのばかさかげんに呆れることがある」「それがマロリーのような男なら納得できるが」とまで言わせている。

本作の作者であるジャック・フットレルの名を出すなら、どうしてもその命を奪った悲劇に触れねばならない。彼はかの有名なタイタニック号の乗客の一人で、妻を救命艇に押しやって、自らは船を運命をともにしたという。

彼は第三短編集のために最後に10編を書き下ろしていたのだが、そのうちの6編は彼とともに海に没した。そのときロンドンに残されていた4編だけが後に彼の妻を介して発表された。本作にも収録の「謎の凶器」はそのうちの一つ。




「“思考機械”調査に乗り出す」
ワトソン・リチャーズ:俳優
ホールマン:ハワード・ゲラン, リチャーズへの仕事の依頼者
フランク・ヒューズ:ホールマンの仲間
ヒルダ・ファンショー:美しい娘
ベイツ:“向こう見ず”
“わたし”:記述者



貧乏俳優のワトソン・リチャーズがホールマンという人物からの仕事の依頼を引き受けた。リチャーズはメーキャップが得意なのでホールマンが示した写真の人物になることは造作もなかった。演じる役はベッドに寝かされた危篤の老人で、喋らずに署名するだけでいいという。ところがいざ本番の段となる頃には、リチャーズは何かの陰謀に巻き込まれていることに気づいた。しかし麻酔薬を嗅がされ意識が朦朧となっていた彼は、――密かに拳銃を突き付けられている事実を差し引いても――それに抗う術を持たなかったのである。リチャーズは手を取られ、彼の意志とは無関係に何かを書かされ、完全に意識を失った。

意識を取り戻したとき、リチャーズは公園のベンチに横たわっており、ポケットには仕事の報酬の100ドル紙幣が一枚入っていた。



リチャーズの災難から3年後、その話を聞いたヴァン・ドゥーゼンは、これは遺産相続に関する詐欺事件と即座に見抜いた。老人が遺言書を書く場面を見せることにより、その遺言書が正当なものであると示す目的だったのだ。しかし当然ながら、正しい筆跡の署名ができたはずはない。そこで利用されたのが、特定の理由により署名ができぬときは、正当な立会人のもとでの十字の印を以ってそれを代用する制度である。

それが行われた日付はわかっているので、さっそくヴァン・ドゥーゼンは遺言検認裁判所へと向かい、該当する遺言を見つけ出し、リチャーズへの依頼主としてハワード・ゲランという人物を突き止めたのだ。ゲランにいくつかの質問したヴァン・ドゥーゼンは監禁されることとなった。しかし郵便切手を常備しているヴァン・ドゥーゼンは、ゲランが投函するつもりだった郵便物に自分の手紙を滑り込ませることにより脱出に成功し、ゲランは逮捕されたのである。



作者の死により未編のまま終わった第三短編集の序章的作品として書かれたもので、ヴァン・ドゥーゼン教授を読者に紹介するような内容。彼は徹底した論理的思考を打ち出し、その言動は無機質で人間味は薄く、“思考機械”という異名に相応しい人物ではある。「推量ではなく、観察によって知ったのです」「2足す2は4であり、それは時々ではなく常にそうなる」というのは、まさしく彼の信仰というべきものだが、実際のところ彼の論理性はやや怪しいw

本作では彼は敵に囚われの身となってしまう。脱出できたのはかなりの幸運(もちろんその幸運を利用できたのはヴァン・ドゥーゼンなればこそであるが)に頼ったものであり、そもそもそういう状況に陥ってしまうこと自体が彼の思考の力の限界を示している。




「謎の凶器」
ヴァイオレット・ダンベリー:故デューヴァル・ダンベリー卿の一人娘, 唯一の相続人
セシーリア・デイヴィッドスン:ヴァイオレットの同居人
ハーバート・ウィリング:弁護士
マックスウェル・ピットマン:ウィリングの秘書
チャールズ・メレディス:大学教授
ヘンリー・サムナー:沖仲仕
ジョージ・パースンズ:“銅王”



資産家令嬢のヴァイオレット・ダンベリーに続き、ヘンリー・サムナーという沖仲仕、そして弁護士秘書のピットマンも死んだ。境遇も異なり直接の接点も持たぬであろう三名の共通点はその死に方である。彼らの誰もが首を絞められた跡はなく、喉に異物も詰まっておらず、心臓に疾患もなく、毒物も検出されなかった。単に「肺から空気がなくなって」死んだのだ。まるでコインを押し付けたかのような口元の円形の痣や、死後に開けられたらしき、左頬を貫く小さな孔も奇妙な点だった。



ヴァン・ドゥーゼンにとっては彼らの死には何の謎もなかった。厚いガラス管を真空状態にすれば、その口にぴったりと張り付いたものは引き離すことはできない。もしそれで人間の口を塞げばどうなるかは自明の理であり、それを外すためにはどこかに孔を開ければいい。たとえば犠牲者の左頬などに。



人を死に追いやったメカニズムは簡単なものなのだが、用いられた器具の詳細が明かされない点は不満。殺害後に死体の頬に孔を開けていることや、ヴァン・ドゥーゼン殺害を図った際の描写から、バネ仕掛けが施された、片手で扱える程度の密閉された壜らしいが、どの程度の大きさの物で、いかなる仕組みになっているのだろう。




「焔をあげる幽霊」
アーネスト・ウェストン:株式仲買人, 幽霊屋敷の所有者
キャサリン・エヴァラード:アーネストの婚約者, 銀行家・カーティスの令嬢
ジョージ・ウェストン:アーネストのいとこ
オヒーガン:豪胆なアイルランド人
老巡査:村の警官



50年ほど前に田舎の別荘で殺人事件があった。死んでいたのは別荘の主人と身元不明の男。おそらくは誰もいない別荘に男が入り込んでいたときに、たまたまやって来た持ち主と遭遇。争いになり、両者ともに死亡したものと思われた。そのとき主が別荘を訪れたのは宝石を一時的に隠しておくつもりだったらしいのだが、その宝石はどこにも見当たらなかった。そこにもう一人の人物がいて持ち去ったと解釈する者は多かったが、当時の別荘の周囲の状況からしてそれもまた考えづらく、未だに捜索が功を成しておらねども、別荘のどこかに宝石が隠されているという説も捨てがたいのであった。

その別荘の現在の持ち主は、殺された主の曾孫にあたるアーネスト・ウェストンである。彼はキャサリン・エヴァラードとの結婚を控え、しばらく放置されたままだった別荘を夏季の休暇用に使おうと考えた。そこで改装工事を始めたところに起きたのがこの幽霊騒ぎである。

実際にそれを目撃した新聞記者のハッチンソン・ハッチによると、鼠が床を這うような音と正体不明の凄まじい叫び声を聞いて様子を見に行くと、全身青白い焔に包まれた8フィートほどの身長の男が現れ、空中に警告文を書いたという。そこでハッチは勇気を奮い起こしてその幽霊に向かって体当たりを試みた。ところが幽霊に触れたと思った瞬間、その下半身が消え、次いで上半身も消え、つまりそこには何もなくなってしまったのだ。ハッチの勇気はそこで尽きて、彼は一目散に別荘を後にした。

彼のほかにも幽霊を目撃した者は多く、老巡査に至っては幽霊を狙撃までしているが、まったく手応えはなかったという。

さて、ハッチから話を聞いたヴァン・ドゥーゼンが臭いについて尋ねると、ハッチは臭いについては特に感じなかったと答えた。



まずヴァン・ドゥーゼンが行なったのは宝石の探索だった。火災の恐れのある木造部分は避けるだろうと地下の穴蔵に目を付け、目線の高さを外した部分の石組みを観察すると、すぐに目的のものは発見できた。

次に幽霊の件であるが、その青白い焔は容易に燐を連想させる。だが臭いを感じられなかったとなると、その本体は別の場所にあるはずである。というわけで、そこに移動式の鏡が用いられたことを突き止めた。空中に文字を書いたトリックは、幽霊が目の前にガラス板を掲げてそこに文字を書いたというものだ。

幽霊の目的は別荘の工事を中止させて、その間に宝石を発見し、手に入れることだった。

最後に残った謎は、なぜ老巡査の銃撃によって鏡が破壊されなかったのかということであるが、実は彼の放った銃弾は見事に的を外し、その脇の扉に命中していたのである。



ハッチの突撃を回避した際の状況が腑に落ちない。近くの扉の辺りに本体は隠れて鏡にその姿を投影していたらしいが、とっさに鏡を除けても本体の光は隠せないんじゃないだろうか。あるいは完全に隠せるような位置に本体があるなら、とっさに鏡を操作するのは難しいのでは。人の出入りがある以上は大規模で複雑な機械システムを持ち込んでいるとも考えづらいし。




「情報洩れ」
J・モルガン・グレイソン:金融資本家
エヴリン・ウィンスロップ:グレイソンの速記者
ラルフ・マシューズ:グレイソンと敵対する投機家



J・モルガン・グレイソンと言えば辣腕の金融資本家なのだが、ここしばらくの彼はある悩みを抱えていた。彼が大きな利益を期待する仕掛けを図ると、なぜかその動きを知られていたかのような手が打たれ、逆に大きな損害を受けてしまうことが続いていており、情報漏れを疑わざるを得ないのである。

彼は情報管理には慎重だった。取引は計画段階では彼の頭の中だけで練られ、メモなどは一切残さない。その実行の直前になって初めて彼の計画はエヴリン・ウィンスロップによって口述され、仲買人への指示書がタイプされるのである。仲買人にしても指示は複数の者に分散して与えるので、つまりその全体を知る者はグレイソンとウィンスロップだけのはずなのである。

もちろん最も疑わしいのは信頼すべきウィンスロップなのだが、数名の探偵を使って彼女を監視させても特に怪しい節は見つからなかった。最近彼が大きな損失を被った鉄道会社株取引の際も、彼女がタイプを打ち終わった後に外部に連絡をした様子はまったく見られず、いつどこからどのように情報が漏れたのかさっぱり不明なのであった。



ウィンスロップは速記とタイプの技術によってグレイソンのもとで働くことになったのだが、前歴を一つ隠していた。彼女は元電話交換手であり、モールス信号にも精通していたのだ。彼女はタイプとモールス信号の技術を組み合わせた。つまりタイプライターの打鍵音でモールス信号を打ち、受話器を密かに浮かせて通話中状態にしておいた電話機を介して外部に内容を伝えていたのである。



打鍵音でのモールス信号を送るのではなく、口述の際のグレイソンの声を電話の向こうの相手に聞かせることは無理だったのだろうか…。




「余分の指」
フレデリック・シェヴドン・モリー夫人:指の切断を依頼した女
プレスコット:医師



プレスコット医師は自分の名さえ明かさぬ女からおかしな依頼を受けた。左手の人差し指を切断して欲しいというのだ。プレスコットが診たところ、その指にはまったく切断するような理由が見当たらない。女は理由は話せないが、自分でそう望んでいるのだから切ってくれという。プレスコットは職業的倫理観からも断固として拒否した。すると女は、じゃあ指を拳銃で撃つから治療してくれと言い張り、それを実行した。プレスコットは止むなく彼女の指の処置に当たるが、この件に異様さを感じたのでヴァン・ドゥーゼンも呼び寄せ立ち会わせていた。

帰宅する女を尾行したところ、彼女は大きなアパートへと入っていった。調べてみると、彼女はフレデリック・シェヴドン・モリー夫人と名乗る人物で、そのアパートに部屋を借りたばかりだとわかった。しかしその部屋では、女がすぐに死体となって発見されることとなった。



左手の人差し指の欠損といい、その顔といい、その死体は間違いなくモリー夫人のもののように思われたが、実は別人のものだった。被害者は英国の貴族の正当な後継者であるエヴリン・ロスモアなのだが、モリー夫人はそのロスモアに成り済まして財産を詐取を図り、その障害となる彼女を殺害したのだった。両者はよく似ていたのだが、ロスモアの指に欠損があったため、モリー夫人もそれに合わせたのである。



ロスモアが指を失っていなかったら、成り済まし自体は非常に簡単だったということになるのか…。




「ルーベンス盗難事件」
マシュー・ケイル:絵画収集家
ド・レセップス:画家, 美術品の鑑定家
ジェニングス:画廊の警備員



成金のマシュー・ケイルは絵画の収集に凝っており、自宅に画廊まで備えていた。その中の目玉はルーベンスの絵なのだが、美術品の鑑定家を名乗るド・レセップスはそれにはあまり興味を示さなかった。その代わりに一般的にはそれよりも低く評価されるホイッスラーの水彩画を絶賛し、ぜひ模写させてくれと言い出した。とにかく自分の所有する絵が鑑定家に高く評価されたことが嬉しい成金は、一も二もなくそれを許可した。

それから数日後、レセップスは模写作業に入ろうとしたのだが、そのとき画廊は改装工事中で、ルーベンスの絵が無造作に床に置かれていた。これでは鼠の被害に遭いかねないと、カンバスに包んでテーブルの上に載せることをレセップスが提案すると、それはもっともだとケイルはさっそくそのようにした。

レセップスの模写は見事なものだった。ケイルは本物と見比べて、むしろこの模写のほうが素晴らしいなどと感嘆したほどだ。

その後、画廊の改装工事はほぼ終わったので、レセップスも協力して絵画を並べ始めたときに異変が判明した。カンバスを取り除いてみると、ルーベンスの絵は額縁に添って切り取られ、持ち去られていたのである。



ルーベンスの絵はレセップスの模写した水彩画の下に隠されていた。適切な処理の上に描かれた水彩画は、水で洗って取り除けるのである。



ルーベンスの絵と聞いても、フランダースの犬しか思い浮かばないw そういやバリチェロは間が悪いねぇ。今季なら優勝のチャンスがあったかもだったのに。




「水晶占い師」
ヴァリック:富豪
アデム・シン:水晶占い師
ジャデー:アデムの妹
フィリップ・バーン:探偵



水晶占い師・アデムはヴァリックに恐ろしい予言を告げた。それはヴァリックの死についてである。ヴァリックは暗室で水晶の中に、己が書斎で何者かによって刺殺される光景を目撃した。



これは非常に大掛かりな仕掛けだった。暗室の地下にはスタジオのような部屋があり、内部に書斎そっくりのセットを組み、そこでヴァリックが殺される場面を演じる。その光景はレンズと鏡を通して、水晶の下に隠された穴へと映し出されていた。



アダムは株式投資などでも占いによって素晴らしい助言をしていたというのだから、占い師としては優秀だったのではないだろうか。その能力を活かせば、犯罪行為に手を染めなくても大金稼げそうなものなのに…。




「茶色の上着」
“モート”・ドーラン:金庫破り
イザベル:モートの妻
アッシュ:銀行の頭取
ダウニー刑事
ブラントン刑事



銀行から大金を奪った犯人である“モート”・ドーランはすぐに捕まった。しかしドーランは奪ったカネの隠し場所をどうしても明かさない。アパートの中は徹底的に捜索され、そこに大金が隠されていることは否定された。

ドーランはどうしてもカネの在り処を自白せず、ヴァン・ドゥーゼンの提案により、ドーランとその妻を面会させることになった。するとドーランは、寒いのでアパートにある厚手の茶色の上着のほつれを直して持って来て欲しいと妻に頼んだ。



話を聞いたヴァン・ドゥーゼンはまずその上着を徹底的に調べたが、何も見つからなかった。彼はちょっと考えこむと、それ繕うための糸があるはずと、糸巻きを持って来させた。糸巻きの紙を剥がしたりしても何もないことを確認した彼は、巻かれた糸を解き始めた。するとようやくその中からカネの隠し場所を記した紙片が発見されたのだった。



ドーランは妻が無一文で暮らすのが忍びないということでカネの隠し場所を伝えたのだが、妻がカネを使い始めればすぐに警察はそのカネを押収してしまうのではないだろうか。




「消えた首飾り」
ブラドリー・カニンガム・レイトン:宝石窃盗犯
ハリー・チェシャー:レイトンの友人
レディ・ヴァロン:“ヴァロン首飾り”の持ち主
ハーバート・コンウェイ:ロンドン警視庁主任警部



ブラドリー・カニンガム・レイトンは非常に魅力的な人物で、パーティーがあればまず招かれるような存在である。ところで、どこかのパーティーの席で宝石の“紛失”や“置き忘れ”があった際は、その場にいつもレイトンがいるのだった。それを単なる偶然とは決して思わぬ者もいて、それがハーバート・コンウェイ主任警部なのである。“ヴァロン首飾り”が消え失せたとき、当然のことながらコンウェイはレイトンの仕業と確信していた。しかしどうしてもその尻尾は掴めなかった。

そんなときのことである。レイトンが船に乗り米国へと向かうというのだ。これはさては宝石の処分を行なうに違いないと、コンウェイもその船に乗り込んだ。しかし彼をさりげなく身体検査したり、彼の船室を調べてもみたが宝石は見つからなかった。

米国本土が近づいてきたとき、レイトンの友人らしきハリーという男がモーターボートで現れ、彼に米国の新聞の束を投げ渡した。するとレイトンは船室に引き上げ数分後に戻って来ると、代わりに英国の新聞の束をハリーに投げ渡した。それを見たコンウェイはすぐに港に連絡し、到着したハリーとそのモーターボートを調べさせた。しかし宝石は発見できなかった。コンウェイの捜査は失敗したのである。



コンウェイから話を訊いたヴァン・ドゥーゼンは船内での彼の捜索の不備を指摘し、コンウェイもそれに同意した。しかし問題はその後のことである。レイトンがハリーに新聞の束を投げ渡した行動はいかにも怪しい。その中に宝石を入れていた可能性は否定できない。だがモーターボートは港に着いてすぐに調べられている。

ヴァン・ドゥーゼンは隣室に引っ込むとどこかに電話を掛けた。戻って来た時、彼はこともなげにある人物の名前と住所を書いたカードをコンウェイに渡した。コンウェイがその住所を調べると宝石は発見された。宝石はモーターボートからその家に、伝書鳩で送られていた。



ヴァン・ドゥーゼンが船室を調べていれば、もっとあっさり宝石は発見できた。パーティーでレイトンがすり取った手口は稚拙で、もし徹底的に身体検査されたら発見されてしまう。“悪事の天才”と称されるにしては、レイトンの行動には一か八かの博打的な要素が多いようだが…。




「完全なアリバイ」
ポール・ランドルフ・ド・フォレスト:青年実業家
フランクリン・チェイス:フォレストの友人
シットグリーヴズ:歯科医
モーラン:エレベーター係
マルコム:測量技師
ギリス巡査



深夜2時に殺人事件が起きた。被害者は将来を渇望された青年実業家のポール・ランドルフ・ド・フォレスト。彼は瀕死の状態で時刻と加害者の名を書き残しており、すぐにフランクリン・チェイスが逮捕された。しかしチェイスはちょうどその時刻に急な歯痛を覚え、歯科医に治療を受けていた。



チェイスは2時にフォレストを殺害後、歯科医院に忍び込んで時計の時刻をずらし、それから改めて玄関の扉を叩き、治療してもらうことでアリバイを偽装したのである。無論、その後また忍び込んで時計を正しい時刻に合わせておいたのは言うまでもない。



見知らぬ家にあっさりと忍び込んで、懐中時計を含めた室内の時計をこっそり弄るなんて、現代の感覚からすると無茶苦茶な話だ。どのようにそれを行なったかということだけでも話が一本書けるだろうw




「赤い糸」
ウェルドン・ヘンリー:株式仲買人
シャーロット・リプスコム:ヘンリーの婚約者
レニュオ・キャベル:リプスコムへの求婚者
ジャン:キャベルの従僕
ルイーズ・レニエ:スタンディング夫人の女中
ミス・オースティン:キャベルの部屋を一時使用



ウェルドン・ヘンリーはアパートの部屋の明かりに電気ではなくガス燈を利用し、それを一晩中点けている習慣である。そんな彼の身にちょっとした事故が起きた。眠っている間に火が消え、ガス漏れが発生し危うく死にかけたのだ。ヘンリーは一度目は不運な事故と思った。しかしそれが二度三度と重なると、さすがに単なる事故とは考えなくなった。不思議なことに、一晩中監視しているときには何事も起きぬのに、眠ってしまうとガス漏れが発生するのだった。



ガス管はアパート全体のものが繋がっている。そしてその圧力は意外なほど低いので、ある部屋のガス管に強く息を吹き込むだけでアパート全体のガスは止まり、ガス燈は消えてしまう。そして息を吹き込むことを止めればまたガスが通じて、それまでガス燈を使っていた部屋にガスが漏れるというわけだ。一晩中ガス燈を使用している人物はヘンリーだけだったので、彼だけを狙うことができたのだ。

ヘンリーが目覚めているときにガス漏れが発生しなかったのは、窓の外に犯人が鏡が設置しており、それによって室内を監視されていたからである。



本集では珍しく、「一見怪しい人物が実は犯人ではない」という筋書き。トリック解明以外の部分にも焦点を当てているのもこれまた珍しい。