金田一耕助シリーズの短編。ネクロフィリア。[??]

金田一耕助(きんだいちこうすけ):探偵
等々力:警部
井川:警部補, S署捜査主任
山内:S署T派出所詰め巡査
石川:同

樋口邦彦(ひぐちくにひこ):画家
瞳(ひとみ):邦彦の妻, 元ダンサー, 肺病
正直(まさなお):邦彦のいとこ
水木加奈子(かなこ):バー“ブルー・テープ”のマダム
しげる:同女給, 加奈子の養女
原田由美子:“ブルー・テープ”の女給
河野朝子(こうのあさこ):同
川口定吉(かわぐちさだきち):加奈子のパトロン
清水浩吉(こうきち):酒屋の小僧
村上章三:アトリエの隣家の住人
山本:天命堂病院医師
沢村:同看護婦
松浦三五郎:怪人物



そのアトリエに住む樋口夫婦の熱愛ぶりは、近所でも評判だった。しかしそれはかなり度が過ぎたもので、そのために、肺に病を抱える妻・瞳の体はまったく快方へ向かうことはなかった。医師は彼らに別居を強く勧めたほどであるが、妻は笑って取り合わず、夫も決して彼女を離そうとはしなかった。

そのうちに誰も瞳の姿を見なくなった。邦彦に瞳の状態を問えば、近頃はだいぶ良くなったと、ニコニコしながら答える。

そんな様子に疑惑を抱いたのが、酒屋の小僧の浩吉。評判のいたずら小僧である。そしてついに邦彦の外出を待ち、アトリエに侵入した。窓も雨戸もぴったり閉め切られた室内には、なんとも言えぬ嫌な匂い。浩吉は震えた。恐怖ではない。自分が隠された犯罪の発見者になるのではという武者震いである。彼の望みは叶えられた。おびただしい蝿が飛び交う中心には、子供の目にも明らかな腐乱死体があった。

邦彦は逮捕されたが、彼が妻を殺害したのではないことは認められた。彼女の命を奪ったのは病魔であり、彼の罪はその死亡の届け出を怠ったまま、死体を手許に置き続けたことである。だがその死体に死後も愛撫されたらしき形跡があったことは、それを知った者たちを慄然とさせた。

説明を求められた邦彦は答えた。「瞳は息を引き取る前に、私にこう言ったのです。死んでも火葬せずに、いつまでもそばに置いて愛し続けてくださいと」

邦彦は有罪判決を受け、刑務所に入った。


事件から数年が経ち、放置され、荒れ果てていたアトリエの前で、またもや事件が起きた。巡回中だった巡査が刃物で刺され、その事情を語った後に死亡したのである。彼の説明によると、不審人物が目に留まり、呼びとめたところ、そいつは樋口邦彦を名乗った。さらに詳しい話を訊こうとしたが、いきなり刺され、逃げ去る相手の背中を眺めるしかできなかったという。

その事件がきっかけとなり、アトリエを調べると、女の死体が発見された。それは先日に病院から盗まれた、河野朝子の死体であるとわかった。


以前にも同様の事件を引き起こしているゆえ、当然今回も樋口邦彦こそが第一の容疑者とされた。最初の事件で味を覚え、そういう習性が付いてしまったのではないかと。警官を刺殺するほど暴力的になっているとすれば、その禁断症状も非常に激しいものであろう。つまりまた死体が狙われる可能性が高いということになる。しかし死体はそう易々といくらでも手に入れられるものでもあるまい。もし手に入れられなかったら――

探偵・金田一耕助は言った。「自分の手で死体を作ろうと考えだすんじゃないかと…」


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



登場人物たちの多くが変態的な要素を持っているw 邦彦は単に妻を強く愛していただけであって、気の毒なようでもある。終盤にマダムの情夫の正体には唐突感もあるが、序盤にちゃんと伏線らしきものが書かれてるんだよね。一度ならず二度までも、間取りを知っていることを強調してる点だ。

実際に彼と会い、後にびっこの偽装までしている人物が、彼のびっこに気づかなかったと証言したのは、意図的に嘘をついたと解釈するしかないだろう。なぜそんな嘘をついたのだろうかと考えてみると、「警察が邦彦に目を付けるのをもっと後にしたかったのでは」と推測できる。ならばその理由として適当なのは、「死体をまだアトリエに運んでいなかったから」ということだろうか。だがもしそうなら、「その間、死体はどこにあったのだろうか」という疑問も浮かぶ。せっかく盗んだ死体を長期間別の場所に置いておくのも不安だろうから、やはり病院から盗んですぐにアトリエに運び込んだと解するのが自然なような気もする。一方で、「じっくり良い機会を窺うために、別の場所に隠しておいた」というのもいかにもありそうなことだ。

警官殺しの夜、犯人はアトリエで何をしていたのかが、はっきり書かれてないんだよね。そのときに死体を運び込んだとも、既にそこに置かれていた死体に悪戯していたとも取れる。あえて警官殺しのリスクを負う必要もなさそうだから、すべて計画通りとも考えづらいが、いったいどこからが犯人にとってのハプニングなのだろうか。

なんか一応、いろいろと合理的な解釈は付けられるけど、「ズバリこれだ!」という解答が僕の中では得られてない。もっと詳しい説明を書いて欲しかったw


\男の娘!/



(1) 町の評判のいたずら小僧の浩吉、様子を怪しみ、邦彦のアトリエに侵入、瞳の腐乱死体を発見。他殺ではなく病死。
(2) 邦彦、瞳の遺志により、火葬せずにそばに置いて愛していたと証言。彼は有罪となり、刑務所へ。アトリエは放置されたまま、数年が経過。
(3) 山内巡査、アトリエにて、出所したばかりの樋口邦彦を名乗る人物を問い質そうとして、刃物で刺される。数分後、通り掛かった村上により、山内巡査は病院へ運び込まれ、事情を伝えるも、その後に死亡。
(4) 井川警部補、アトリエを調査。病院から盗まれた朝子の死体を発見。
(5) 死体盗難は11月2日の22時頃。犯人は顔を隠し、左脚にびっこ。邦彦は刑務所内での負傷以来、びっこになっている。
(6) バー“ブルー・テープ”での、耕助による観察。マダム・加奈子の年齢は35くらいか、それ以上。派手な顔立ちと濃い化粧は、豊満な肉体と調和している。加奈子の養女・しげるはすらりと伸びた長い手脚に、均整の取れた身体。小柄であることがまったく気にならない。年齢は20の少し前だろうか。女としての成熟が見られず、綺麗ながら色気が足りない。女給・由美子は平凡。締りのない体つき、臆病そうな目、丸い鼻。よほど気が小さい様子。加奈子やしげると比べると、明らかにぼんやり。
(7) 加奈子の証言。瞳と仲が良かったので、邦彦とも旧知。11月2日、朝子の死に水を取っての帰路に邦彦と出会った。その夜に病院に死体を引き取りに行くことを伝えた。21時頃から胃痙攣により寝室へ退く。痛みが治まらぬため、23時頃にしげるに指示して、死体引き取りの延期を伝えさせた。
(8) しげるの証言。11月2日の21時半頃、邦彦が来店。それ以前にも何度か彼は家を訪れたことがあるので、既に顔見知り。加奈子は体調不良で寝ているので、今夜病院へ行くのは難しいだろうと、彼に話した。
(9) 加奈子、しげる、ともに邦彦のびっこについては気づかなかったと証言。
(10) 由美子の証言。邦彦は何度か来店しているので、既に顔見知り。11月2日の21時半頃の彼の来店には、たまたま席を外していたのか、気づかず。彼がびっこであることは気づいていた。
(11) 邦彦は10月8日の出所以来、住処を転々としていた。10月28日、証券類を換金し、600万円の現金を入手。
(12) 11月17日、松浦三五郎という人物が貸間を借りた。自動車でやって来ると、体調不良だという妻を抱えて部屋に入った。11月20日、部屋に松浦の姿なし。青酸カリで殺害され、腐敗が進んだ、由美子の死体が残っている。
(13) 11月20日夜、加奈子の証言。11月15日の昼過ぎ、由美子の代理を名乗る男からの電話を、しげるが受けた。4~5日間ほど店を休むと告げ、電話を切った。今朝からしげるが帰らない。
(14) しげるは11月20日の朝、銀行で10万円引き出していた。
(15) 12月25日、マンホールから腐乱死体が発見された。顔は腐敗によるだけではなく、打ち砕かれた疑いがある。着衣と所持品から、しげると判断された。死亡は11月20日前後と推定。
(16) かつて加奈子のパトロンだった川口の証言。加奈子の店の経済状態は悪い。加奈子が情夫を抱えるのは気にしないが、その相手の見当がつかないのが気味が悪く、こんな女を相手にしていたら、いずれ手酷く騙されるかもしれないと、手を切った。

[表面上の時系列]
(数年前)病死した妻の死体を死亡届も出さずにアトリエ内にて放置した樋口、有罪となり刑務所へ。
(10/08)出所した邦彦、いとこの正直のもとへ身を寄せる。その後転々とする。
(10/28)邦彦、証券類を現金化。600万円。
(11/02/正午)朝子、死亡。
(11/02)加奈子、道中で邦彦と逢う。びっこには気づかず。
(11/02/21時)加奈子、胃痙攣。寝室へ。
(11/02/21時半)しげる、来店した邦彦と会う。びっこには気づかず。
(11/02/22時)びっこの男、死体を引き取る。
(11/02/23時)しげる、加奈子の指示で病院へ電話。
(11/02/23時半)しげる、由美子、病院に到着。
(11/05/夜)山内巡査、邦彦により刺殺。
(11/06/10時)耕助、アトリエを調査。