Mは妻を殺害し、保険金を得ることにも成功したが、正体不明の恐喝者によって、その身の安全を脅かされる。そして、Mについての記事が週刊誌に掲載に至っては、もはや一刻の猶予もない。早く恐喝者の正体を暴いて、抹殺しなければならない。その記事を読んだ麻里は怯えた。そこに書かれたMの人物像があまりにも自分の夫・水島康一郎を思わせるものだったからである。[?]

M:殺人者
美登里:Mの最初の妻
高野由紀:Mの愛人
片山春美:由紀の元同僚
並木清:由紀の元恋人
水島康一郎:株式情報会社社長
小島麻里:水島康一郎の妻
柴田ひとみ:麻里の元同僚
望月慎也:水島康一郎の元同級生
望月博子:望月慎也の妻
目加田哲男:ルポライター
水島敏子:康一郎の母
水島昭次:康一郎の弟
水島光恵:康一郎の妹



Mは妻・美登里の殺害を目論んでいた。別に愛人がおり、妻と縁を切りたいというのもその理由の一つだが、金銭的な理由もあった。彼の会社の経営状態はあまり良くないのだ。妻が死ねば、五千万円の保険金が入る。

Mは妻に毒を盛り続けていたのだが、彼女はなかなかしぶとかった。彼は薬物に関してはまったくの素人であり、その精度がいまいちというせいもある。しかし長く研究しているうちに、自然にそれなりのものも作れるようになった。これなら確実に死ぬだろうというものができたが、どうせなら自分にはアリバイを作って、別人に実行させたほうがなお良いと、Mは考えた。

美登里は死んだ。Mの愛人・由紀が毒を盛ったのである。これでMと結婚できると思う由紀だったが、ある日、彼は浮かぬ顔で彼女に告げる。美登里の死に警察が不審を抱き、死体が解剖されることになったという。もはやこれまでと、Mは由紀に心中を提案する。由紀はそれを受け入れるが、死んだのは彼女一人だけ。Mは生き残った。最初からMには死ぬつもりなどなかったのだ。愛人が彼の妻を邪魔と考えて殺害するというのは、Mの体面も悪いが仕方ない。その程度の苦労は受け入れなければならない。Mは知っていた。由紀が身籠った子は、自分との間にできた子ではないと。Mは彼自身も浮気の身でありながら、彼女の浮気は決して赦せなかったのである。


保険金も入り、経済的に余裕もできたMは、何食わぬ顔で日常に戻っていたが、匿名の電話の相手から恐喝される。美登里の死の真相を嗅ぎ付けたらしい。聞き覚えのある、その声の主の正体を早く掴まねば、Mの身の破滅である。

Mについての疑惑に関する記事が、週刊誌に掲載された。それを読んだ麻里は愕然とした。まさかこれは自分の夫である、水島康一郎についてのものなのではと。夫には秘密主義なところがあり、仕事部屋には麻里を入れさせないし、過去についても多くを語ろうとしない。体調を崩し、夫から栄養剤と称される薬を渡されるに至っては、もはや疑惑は決して拭い去れないものとなっていた。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



パズラーではない。冒頭では、謎の人物・Mの犯罪が描かれ、そのMの正体を探る物語であることはすぐに窺えるが、その後、Mを恐喝する者が登場することにより、同時に恐喝者の正体を探るものであることもわかる。一筋縄ではいかないサスペンス・ストーリーで、恐怖に怯えるのは、夫に不審を抱く麻里だけではなく、恐喝に晒されるMもまた同様なのだ。もっとも、登場人物が少なく、条件に該当する人物がかなり限定されてしまうので、Mの正体が明かされた際のインパクトは弱い。

作者・折原一は叙述トリックや、二転三転のどんでん返しがトレードマークなので、当然本作のストーリー展開も捻りが効いている。Mの正体が暴かれるまでだけでも一つの物語として成立するのだが、その後の展開が超展開というか、あるいは無茶苦茶というかw 麻里の夫・水島康一郎が失踪し、彼女の家には彼の家族が押し掛ける。彼らはすっかり住み着いてしまい、監禁された麻里は次第に弱っていく…。これはおそらく、ヒュー・ウォルポール作「銀の仮面」をモチーフにしたのだろう。何せ作者は本格物ミステリをパロったりしていることだし、これも一種のパロディと見てもいい。(そういや、「銀の仮面」のプロットは荒木飛呂彦作「魔少年ビーティー」の一エピソードにも用いられたなぁ。「ジョジョ」で使われたのは石仮面だったがw)

全体的な整合性はいまいちというか、どうも展開が米国のTVドラマシリーズ「24 -TWENTY FOUR-」的な印象。話をその場の勢いで転がし過ぎて、最初と最後ではすっかり別の話みたいな、登場人物の性格設定も別人みたいなw 折原作品の多くは複雑な構造ながらも、カッチリと組み立てられてる印象があるけど、本作についてはツギハギっぽい。水島の失踪の経緯もまったく不明だし、細かい部分まで詰めたようでもない。

作風が読者を誤解させることに重点を置いたものであるとしても、まったく同じようなキャリアを重ねる水島と望月の設定は、作為的に過ぎるかなぁ。行動パターンまで似通い過ぎ。

裏表紙には「鬼才折原一と劇中のM氏が企む完全犯罪」とあるが、作品の出来はともかくとしても、作中でのMのよる犯行は、完全犯罪を狙うにしては、かなり雑なもの。



① M、保険金を狙って妻の殺害を計画する。
② 病気がちな美登里、夫に勧められた栄養剤を飲んでいる。体調はなかなか回復しない。
③ 由紀、妊娠。愛人・Mから彼の妻の殺害を持ち掛けられ、実行する。
④ M、心中する振りをして由紀を殺害。
⑤ 麻里、水島と出逢い、結婚。水島には秘密の影。水島の同窓会の通知ハガキを本人はそのまま捨てたが、麻里はこっそり欠席に印を付け返信する。少しでも夫の情報を知りたいと、軽い気持ちで行なったことだが、それをきっかけに水島の元同窓生である幹事の望月から連絡が入るようになってしまい、それを水島に知られたくない麻里は、困った事態に陥ってしまう。それを適当に誤魔化すため、そして水島の情報を得るため、麻里は望月と面会するようになる。
⑥ M、匿名の人物から恐喝される。前妻の殺害の件に直接関わっていることを嗅ぎ付けたのだという。殺害を断固否定し、突っぱねたものの、相手が手を引く気配なし。相手の声が聞き覚えのあるものと気づく。
⑦ 麻里、匿名の相手からの電話で、水島の前妻の死についての疑惑を仄めかされる。入室を禁じられている水島の仕事部屋に入る。トリカブトについての記述のコピーを見つける。
⑧ M、目加田というフリーライターから、前妻の死についての取材を受ける。週刊誌に「M氏」についての疑惑を書き立てた記事が載る。Mは焦る。
⑨ 麻里、「M氏」についての記事を読む。否定したいと思いつつも、「M氏」とは水島のことではないかという疑惑が拭いきれない。
⑩ M、再び恐喝電話を受ける。Mには子種がなく、だからこそ、由紀が身籠った子が自分との間にできた子ではなく、別の相手と浮気した結果と悟り、彼女も殺害するに至ったのだと指摘される。Mは折れる。しかしすんなりカネを渡すつもりなどない。この手合いの要求には際限がないことは、充分にわかっていたから。とにかく相手の正体を掴むことが肝要であり、そしてMと深く関わる者が情報を流していることも確実なのだ。Mは妻への疑惑を持ち始めた。
⑪ 麻里、体調が優れず、水島から栄養剤を与えられる。それを望月に渡し、分析を依頼する。
⑫ M、自室に誰かが入ったのを確信する。妻への疑惑はほぼ確かめられた。恐喝者と妻を、両者の心中という形で片付けることにする。
⑬ 麻里、水島とともに信州で静養することになる。望月に依頼した薬の分析結果を得る。トリカブト毒が検出されたという。この旅行は、水島による麻里殺害の罠と確信。望月と相談した結果、その罠に乗った振りをして、犯罪の証拠を掴むという罠を逆に仕掛けることにする。
⑭ 麻里、間一髪、水島の魔の手から逃れたと思いきや、Mの正体は望月と判明。水島は恐喝者だった。水島からの栄養剤にトリカブト毒が検出されたというのはまったくの嘘で、実際には分析すらしていないという。望月は麻里を人質に取り、勝ち誇るが、一瞬の隙を突かれ、転落死する。その死は事故死とされる。
⑮ 麻里の妊娠が判明。
⑯ 麻里、望月の妻・博子の訪問を受ける。望月の犯罪が明らかになったので、警察は彼の持ち物を証拠物件として調べたのだが、その際、水島からの栄養剤もその中の一つに紛れ込んだ。すると、そこからトリカブト毒が検出されたのだ。つまり、Mの正体は望月であるが、水島もまた麻里の命を狙う殺人者ということになる。その薬は麻里が望月に渡したものであることを、博子は麻里に認めさせようとするが、自分と望月との関わりを認めると、望月殺害が明るみに出る恐れがあるため、断固否定する。麻里、博子もまた妊娠していることを知る。
⑰ 水島が失踪する。麻里、水島に望月の情報を流していたのは博子ではないかと気づき、その二人の浮気を疑う。博子を訪ねる。
⑱ 麻里、博子の子は、水島との間にできた子であることを確信する。Mすなわち望月には子種がないのだ。彼女の妊娠を知った水島が彼女を殺害し、その死体を望月が転落死した杖突峠に捨てても不思議はない。麻里、到着した杖突峠で、水島を思う。
⑲ 麻里、警察に水島の失踪を知らせることは避けたい。博子と駆け落ちされたなどと見られるのも嫌。水島の実家に連絡すると、彼の母と弟と妹の三名がやって来る。彼らは麻里の家に住み着き、段々と図々しく振るまい始める。
⑳ 麻里、体調がどんどん悪くなる。彼の家族は麻里の死亡保険金を狙っていると確信。水島とは似ても似つかぬ見知らぬ男がやって来る。彼の家族たちは、その人物こそ水島と言い張る。麻里はほとんど監禁状態で、精神的にも肉体的にも限界が近づいている。