理由もわからずに、上司である経堂課長によって射殺された神崎達也は、幽霊になってしまった。様々な制約に苦労しつつも経堂の犯行の証拠を掴もうとするが、その前に当の経堂が死んでしまう。経堂は密室である取調室で死んでいたが、現場には凶器の銃はない。神埼殺害については、経堂は実行犯にしか過ぎず、それを指示した謎の黒幕が居る。経堂は、その黒幕によって殺されたのだろうか。
[巴東署]
神崎達也:幽霊, 父=巌, 母=比佐子, 妹=野々村亜佐子
早川篤:霊媒
森須磨子:銃の名手, 神崎達也の恋人
経堂芳郎:課長, 妻=保美, 神崎殺害の実行犯
漆原夏美:係長
毬村正人:主任, 資産家
佐山潤一:ガン・マニア
中井洋佑:警部
井本辰也:銀行強盗事件の際に亜佐子の命を救う
大久保
新田克彦:何者かにより射殺
[その他]
久須悦夫:窃盗犯, 通称「ドクターX」
袋井佐兵:銀行強盗犯
「悪く思わんでくれ。私の…意思じゃないんだ」 ――何を言っているんだ?―― 「すまん!」 銃口が火を吹いた。
まったくわけがわからなかった。心当たりなど何一つない。それなのに、上司である経堂刑事課長が俺を撃ったのだ。そして俺は死んだ――はずだった。じゃあ、今の俺はいったい――
認めるべきだろうか――俺は幽霊になったのだと。
人はこの世に残した思いが強いと、幽霊となるとも聞く。今の俺には確かに強い思いがあった。一つは、少し前にプロポーズした須磨子への恋慕。そしてもう一つは、俺を殺した経堂への憎しみだった。
どうやら誰も俺の存在を認識できないらしい。家族や最愛の森須磨子までも―― だったらせめて経堂のところへ、「恨めしや」とばかりに行ってみても、やっぱりあいつも俺に気づきもしない。
見たり聞いたり、動き回ることは自由自在だ。でも俺の声は誰にも聞こえないし、物に触れたり動かすこともできない。これじゃ、経堂こそが殺人犯だと告発することもできず、直接手を下して復讐することもできない。愛する者に言葉を届けることもできず、事件を解決する気もないくせに号令だけ飛ばして、平然と日常を送ってる、憎き相手をただ眺めることしかできない。俺はひどく落ち込んだ。
幽霊となった元刑事・神崎達也は、自身を唯一認識できる人物――同僚の早川篤――とともに、経堂が犯人である証拠を掴もうと奔走する。標的は経堂だけではない。彼の言葉からすると、経堂は単なる実行犯に過ぎず、それを命じた黒幕の存在が窺えた。その人物を捜すことも重要である。
気になる事実の一つとして、巴東署は神崎刑事が殺されるよりも前に、新田克彦刑事射殺という未解決事件も抱えていた。刑事が射殺されるなど、それほど多くあることではなく、ましてや同一署内で短期間のうちに続けての射殺事件である。これを単なる偶然と片付けてしまってもいいものか? 新田は経堂との間に、経堂の妻を巡るトラブルがあった。新田が殺害されたときは、経堂に疑惑の目が向けられたが、強固なアリバイがあったので、すぐに容疑は晴れた。だが、経堂は少なくとも神埼は殺しており、新田の事件にも関わっている―― 偶然と見做すべきとは思えなかった。
小さな疑惑はいくつか浮かんだが、捜査はあまり目立った進展を見せなかった。銀行強盗事件解決を経て、神埼と早川の絆が深まったりしたものの、経堂の犯罪の証拠は一向に掴めない。そんなとき、意外な形で事件は進展する。取調室で、経堂が死体となって発見されたのである。これを自殺と見るなら、現場に凶器の拳銃がないことの説明がつかず、他殺と見るなら、犯人がどのように消え失せたのかがわからず、どちらとも判断し難かった。
神埼は別の幽霊と出逢った。その幽霊によると、幽霊は無念が晴れるか、あるいは10年ほどの歳月が過ぎると、――それが成仏なのか、昇天なのか、それとも単なる消滅なのかはわからぬが――消えてしまうのだという。そう語る彼自身も、その日はもう近いらしい。翌日、神埼はまた彼に会いに行った。いくら呼び掛けても、彼は現れなかった。たまたま留守なのかも知れないが、神埼はなんとなく感じていた。彼もまた行ってしまったのだ。「さようなら」 どこへともなく、神埼は言葉を投げた。――事件が解決したら、俺も消えてしまうのだろうか――そうなったら、須磨子を見ることすらできなくなってしまうのだろうか――
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
有栖川有栖のノン・シリーズ作品。上司に射殺され、幽霊となってしまった主人公が事件解決を図る。実行犯はわかっているのに、「幽霊から聞きました」などと、早川に言わせるわけにもいかず、そんな状況のまま、黒幕の正体も探らねばならない。幽霊はどこにでも入り込み、対象者にずっと張り付いたまま、一挙手一投足まで見ることができるという武器があるが、物体に触れることができないので、抽斗も開けられないし、メモ帳を開くこともできない。なんとももどかしい捜査が続く。
神埼は幽霊刑事としてはあまり有能とは言えず、対象者に常にピッタリと張り付いていることもできる能力を有していながら、肝心なところを何度も見・聞き逃し、何か手掛かりを掴めそうな機会をいくつも逃してしまう。経堂が黒幕と接触したり、事件の手掛かりを漏らしたりするかも知れないというのに、そのマークはかなり甘く、彼が死ぬ場面すら目撃できないという体たらく。ま、そうでなければ面白い筋書きにはならないが。主人公は適度に抜けてないと、話は転がらなかったりするものだw
これは作者原案の推理劇を自身が小説化したものだが、伏線の張り方などもいつもの彼らしい。いかにも事件とは無関係そうな会話や、些細なエピソードの中にこそ、より重要な手掛かりを紛れ込ませる手法。神埼と早川との間の冗談、本来はまったく無関係であった銀行強盗事件、二つの遺影、積み重ねれば不審となる、ある同僚のいくつかの言動など、個々では大した意味のないピースも、組み合わせると一枚の絵になっていく。
犯人の意図とは無関係に、第三者の非常識な行動によって生じた、取調室での事件での不可能状況は、その解決自体は拍子抜けするようなもの。しかし、作者はその中に犯人を炙り出す手掛かりを潜ませており、それによってそこに大きな意味を持たせている。
「※本文515ページ以降の空白は著者の意図によるものであり、作品の一部です」という、編集部からの断り書きは少々野暮だが、それを書いとかないと、確かに苦情・問い合わせがいっぱい来そうだw 僕もページをめくり終えるまでは、最後に感動的な短い一文でもあるのかと思ったしww
① 新田克彦が射殺される。
② 神崎達也が射殺される。
③ 経堂芳郎が密室で死亡(銃)。現場に銃なし。
④ 佐山潤一による銃器窃盗が発覚。
⑤ 漆原夏美が轢き逃げされ、軽傷。目撃者なし。
[巴東署]
神崎達也:幽霊, 父=巌, 母=比佐子, 妹=野々村亜佐子
早川篤:霊媒
森須磨子:銃の名手, 神崎達也の恋人
経堂芳郎:課長, 妻=保美, 神崎殺害の実行犯
漆原夏美:係長
毬村正人:主任, 資産家
佐山潤一:ガン・マニア
中井洋佑:警部
井本辰也:銀行強盗事件の際に亜佐子の命を救う
大久保
新田克彦:何者かにより射殺
[その他]
久須悦夫:窃盗犯, 通称「ドクターX」
袋井佐兵:銀行強盗犯
「悪く思わんでくれ。私の…意思じゃないんだ」 ――何を言っているんだ?―― 「すまん!」 銃口が火を吹いた。
まったくわけがわからなかった。心当たりなど何一つない。それなのに、上司である経堂刑事課長が俺を撃ったのだ。そして俺は死んだ――はずだった。じゃあ、今の俺はいったい――
認めるべきだろうか――俺は幽霊になったのだと。
人はこの世に残した思いが強いと、幽霊となるとも聞く。今の俺には確かに強い思いがあった。一つは、少し前にプロポーズした須磨子への恋慕。そしてもう一つは、俺を殺した経堂への憎しみだった。
どうやら誰も俺の存在を認識できないらしい。家族や最愛の森須磨子までも―― だったらせめて経堂のところへ、「恨めしや」とばかりに行ってみても、やっぱりあいつも俺に気づきもしない。
見たり聞いたり、動き回ることは自由自在だ。でも俺の声は誰にも聞こえないし、物に触れたり動かすこともできない。これじゃ、経堂こそが殺人犯だと告発することもできず、直接手を下して復讐することもできない。愛する者に言葉を届けることもできず、事件を解決する気もないくせに号令だけ飛ばして、平然と日常を送ってる、憎き相手をただ眺めることしかできない。俺はひどく落ち込んだ。
幽霊となった元刑事・神崎達也は、自身を唯一認識できる人物――同僚の早川篤――とともに、経堂が犯人である証拠を掴もうと奔走する。標的は経堂だけではない。彼の言葉からすると、経堂は単なる実行犯に過ぎず、それを命じた黒幕の存在が窺えた。その人物を捜すことも重要である。
気になる事実の一つとして、巴東署は神崎刑事が殺されるよりも前に、新田克彦刑事射殺という未解決事件も抱えていた。刑事が射殺されるなど、それほど多くあることではなく、ましてや同一署内で短期間のうちに続けての射殺事件である。これを単なる偶然と片付けてしまってもいいものか? 新田は経堂との間に、経堂の妻を巡るトラブルがあった。新田が殺害されたときは、経堂に疑惑の目が向けられたが、強固なアリバイがあったので、すぐに容疑は晴れた。だが、経堂は少なくとも神埼は殺しており、新田の事件にも関わっている―― 偶然と見做すべきとは思えなかった。
小さな疑惑はいくつか浮かんだが、捜査はあまり目立った進展を見せなかった。銀行強盗事件解決を経て、神埼と早川の絆が深まったりしたものの、経堂の犯罪の証拠は一向に掴めない。そんなとき、意外な形で事件は進展する。取調室で、経堂が死体となって発見されたのである。これを自殺と見るなら、現場に凶器の拳銃がないことの説明がつかず、他殺と見るなら、犯人がどのように消え失せたのかがわからず、どちらとも判断し難かった。
神埼は別の幽霊と出逢った。その幽霊によると、幽霊は無念が晴れるか、あるいは10年ほどの歳月が過ぎると、――それが成仏なのか、昇天なのか、それとも単なる消滅なのかはわからぬが――消えてしまうのだという。そう語る彼自身も、その日はもう近いらしい。翌日、神埼はまた彼に会いに行った。いくら呼び掛けても、彼は現れなかった。たまたま留守なのかも知れないが、神埼はなんとなく感じていた。彼もまた行ってしまったのだ。「さようなら」 どこへともなく、神埼は言葉を投げた。――事件が解決したら、俺も消えてしまうのだろうか――そうなったら、須磨子を見ることすらできなくなってしまうのだろうか――
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
有栖川有栖のノン・シリーズ作品。上司に射殺され、幽霊となってしまった主人公が事件解決を図る。実行犯はわかっているのに、「幽霊から聞きました」などと、早川に言わせるわけにもいかず、そんな状況のまま、黒幕の正体も探らねばならない。幽霊はどこにでも入り込み、対象者にずっと張り付いたまま、一挙手一投足まで見ることができるという武器があるが、物体に触れることができないので、抽斗も開けられないし、メモ帳を開くこともできない。なんとももどかしい捜査が続く。
神埼は幽霊刑事としてはあまり有能とは言えず、対象者に常にピッタリと張り付いていることもできる能力を有していながら、肝心なところを何度も見・聞き逃し、何か手掛かりを掴めそうな機会をいくつも逃してしまう。経堂が黒幕と接触したり、事件の手掛かりを漏らしたりするかも知れないというのに、そのマークはかなり甘く、彼が死ぬ場面すら目撃できないという体たらく。ま、そうでなければ面白い筋書きにはならないが。主人公は適度に抜けてないと、話は転がらなかったりするものだw
これは作者原案の推理劇を自身が小説化したものだが、伏線の張り方などもいつもの彼らしい。いかにも事件とは無関係そうな会話や、些細なエピソードの中にこそ、より重要な手掛かりを紛れ込ませる手法。神埼と早川との間の冗談、本来はまったく無関係であった銀行強盗事件、二つの遺影、積み重ねれば不審となる、ある同僚のいくつかの言動など、個々では大した意味のないピースも、組み合わせると一枚の絵になっていく。
犯人の意図とは無関係に、第三者の非常識な行動によって生じた、取調室での事件での不可能状況は、その解決自体は拍子抜けするようなもの。しかし、作者はその中に犯人を炙り出す手掛かりを潜ませており、それによってそこに大きな意味を持たせている。
「※本文515ページ以降の空白は著者の意図によるものであり、作品の一部です」という、編集部からの断り書きは少々野暮だが、それを書いとかないと、確かに苦情・問い合わせがいっぱい来そうだw 僕もページをめくり終えるまでは、最後に感動的な短い一文でもあるのかと思ったしww
① 新田克彦が射殺される。
② 神崎達也が射殺される。
③ 経堂芳郎が密室で死亡(銃)。現場に銃なし。
④ 佐山潤一による銃器窃盗が発覚。
⑤ 漆原夏美が轢き逃げされ、軽傷。目撃者なし。