学生アリスシリーズ。矢吹山でキャンプする学生グループが、噴火によって、帰る道を閉ざされる。ある者は姿を消し、ある者は殺される。殺人者によるものだけではなく、なかなか治まらない噴火活動によっても、命の危険に晒される。[???]
[英都大学・推理小説研究会]
江神二郎
望月周平
織田光次郎
有栖川有栖
[雄林大学・ウォーク]
北野勉
司隆彦
戸田文雄
竹下正樹
晴海美加
菊地夕子
嵐竜子
[雄林大学・ゼミ仲間]一色尚三
見坂夏夫
年野武
[神南学院短期大学・英文科の友人グループ]
山崎小百合
深沢ルミ
姫原理代
矢吹山のキャンプ場に集まったのは4つのグループで、総勢14名。偶然知り合った初対面の者たちも打ち解けあい、大いに楽しんだ。元々は2泊3日の予定だった英都大学・推理小説研究会も、その滞在を一日伸ばすことにしたほどだった。
3日目の朝を迎えると、先に帰るとの書き置きを残し、山崎小百合が姿を消していた。前日まで特に変わった様子もなかった彼女が、なぜ急にここを発ったのか、その理由は誰にもわからないようだった。ともかく、女の子一人で下山するのは心配と、その後を追おうとしたそのとき、大きな異変が起きた。
噴火が始まった。
地の底から轟音が上がり、空からは猛烈な勢いで石の雨が降り注いだ。それが止まったとき、深沢ルミが右脚を負傷したものの、その場の全員が生存していたのは奇跡とも言えるほどだった。しかし、辺りの様子を調べると、喜んではいられなかった。山は大きく崩れ、下りる道は塞がれており、自力での脱出は困難と見られる。そして、もうひとつの怖ろしいことが想像された。状況から考えると、小百合は山の崩落に巻き込まれている可能性が高いのだ。
――いずれ救助が来ることは間違いない。だが、それまで命が保つだろうか。食料の問題を別にしても、噴火が完全に収まったとは限らないのだ―― 不安を抱えたまま迎えた4日目の朝。新たな恐怖が訪れた。戸田文雄が殺されていたのだ。大地に伏した彼の背中には、刃物による刺し傷。そしてその右手の先の地面には、アルファベットの小文字の「y」のように見える、斜めの線が二本描かれていた。――犯人のイニシャルだろうか―― その場に居合わせた者のうち、該当するのは菊地夕子ただひとり…。
再び噴火が始まり、それが小康状態になってみると、大きな怪我を負った者は居ないように思われたが、一色尚三の姿が見えなかった。辺りを探索してみても見当たらない。まさか崖から落ちたのだろうか。
しばらくして、森から尚三の歌声が聴こえてきた。いったい何事と、何名かがその元を辿ると、そこにはテープレコーダー。その声はキャンプファイヤーのときに録音したものだった。この悪戯の間に、望月周平のカメラの中身が抜き取られることになった。フィルムを持ち去ったのは殺人犯なのだが、持ち主である望月には、そこに犯人にとって都合の悪いものが写っているという心当たりがまったくなかった。
次の犠牲者は北野勉。彼の持ち物のスケッチブックには、筆記体の「y」のような血文字が残されていた。前回とは違い、はっきりとそう読める。そして死体の着衣には、犯人が自身の右手に付いた血を拭ったと思しき血痕。しかし、血は拭った程度で簡単にその痕跡を消せるものではない。犯人は川に血を洗い落としに行った可能性が高い。小川への道を辿ると、それを裏付けるかのように、マッチの空箱のほかに、マッチの燃えさしが点々と落ちている。真っ暗な道を照らすのに用いたのだろう。ただ、この道を往復するには数が少なすぎるとも思えるが…。マッチ箱にもマッチにもこれといった特徴は見られない。これと同種のものは皆の間で出回っていて、誰のものか特定することはできなかった。
犯人からの終息宣言と受け取れるメッセージが書かれた紙片が発見された。しかしたとえそれが事実としても、火山活動はいつ収まるとも知れず、救援隊が来るのもいつになるかわからない。もう限界であった。残された者たちは、自力での下山を決意する。
山を下りる道すがら、晴海美加が「y」についての推論を語り出した。イニシャルが「y」なのは夕子だけではない、もうひとり居るではないか、と。美加は、最初に姿を消した山崎小百合を名指しする。下山したと見せかけて、どこかに密かに潜んでいたのだ、と。
だが、この説はあっさりと否定された。小百合はここから姿を消してすぐに、麓の近くで火山弾の直撃を受けて死んでいたと、ラジオのニュースが伝えていた。
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
原型は作者・有栖川有栖が高校生のときに書いた短編で、その後、「Yの悲劇'78」、「Yの悲劇'86」と改題しつつリライトし、長編となった。それは江戸川乱歩賞こそ取り逃したものの、鮎川哲也らの協力もあり、「月光ゲーム Yの悲劇'88」という形で、めでたく発表されることとなった。これ以前にも鮎川哲也編のアンソロジーに作者の短編が収められており、本作をデビュー作と見做すのは厳密には誤りなのだが、通常はそのように称されることも多い。
噴火によって、皆は危機に晒されており、たとえ殺人犯の正体が判明しても、その命が助かるわけではない。その設定は、作中でもその題名が挙げられるように、エラリー・クイーンの「シャム双子の謎」を想起させる。青春小説の匂いこそ本家とは異質なものの、副題からも、ダイイング・メッセージからも明らかなように、クイーンを意識したロジカルなパズラーになっている。
何が素晴らしいかと言えば、まずはやはり手掛かりの提示の仕方だろう。目的のためには不足と思われるマッチの燃えさしと、そこに特徴がないという事実。フィルムを抜き取られたカメラ。他はそのままにしておいたのに、尚三の死体だけは現場に残さなかった理由、等々。そこにスポットライトを当て、読後も記憶に残る手掛かりの数々は、まさしくクイーンのごとし。ダイイング・メッセージにはやや拍子抜けだが、クイーンのダイイング・メッセージもしばしば物議を醸すものだw
欠点を挙げれば、犯人の動機の弱さがあるが、そんなことよりも気になるのが、登場人物の多さ。序盤からワラワラと総勢17名が登場するが、なかなか把握しきれない。全員が大学生で、それぞれの属性にあまり違いがなく、個々の人物像を掴みづらく、覚えづらい。推理小説研究会の面々を登場させるのは仕方ないとしても、筋書き的には、これだけの人数を揃える必要性はないだろう。単独で注目を浴びる場面がロクにない者も多い。三坂夏夫や晴海美加の推理は、彼らがその役目を引き受けなくてもいいだろうし、菊地夕子は単にイニシャルが「y」というだけ。嵐竜子も、この事件現場での彼女自身の行動はまったく控えめなもの。竹下正樹に至っては、山崎小百合の訃報をラジオで聴いたことと、終盤でラジオを川に落としてなくしちゃった場面くらいしか印象に残らない…。
深沢ルミの“ルナティック”な言動が事件の謎に絡んでくれば、もっと良かったなぁ。
① 山崎小百合が突然にキャンプ地から去る。
② 火山活動開始。
③ 戸田文雄が死亡(刺)。「y」らしきダイイング・メッセージ。
④ 一色尚三が失踪。
⑤ 録音された尚三の歌声が流れる。
⑥ 北野勉が死亡(刺)。血文字の「y」。
⑦ 望月周平のカメラからフィルムが抜き取られていることが発覚。
⑧ 勉の死体のポケットの中に尚三の指を発見。