鬼貫警部シリーズ。殺人事件の容疑者に同姓同名が4人。各々がアリバイを持っている。[??]



(亀取二郎の独白)

いずれにせよ、いつか木牟田盛隆を殺すつもりだった。

事の起こりは二年ほど前、ドライブ中に女児を轢き殺してしまったことだった。目撃者もなく、現場に目立った痕跡も残らなかったのを幸いに、その死体を川に埋め、なんとかその場を逃れたと思った。しかし、今思えばそれは幸いではなかった。車を路肩に停め、何かを抱えて川のほうへと向かう姿を不審がって見ていた者が居たのだ。それが木牟田だった。

木牟田はさっそく強請ってきた。決定的な証拠である女児の靴まで持っていた。要求には従うほかなかったが、それは時間稼ぎでもあった。木牟田を殺害しても、自分をその容疑の圏外に置く方法を考えるための。自殺や事故死に見せかけることも考えたが、様々な事情を考慮した結果、木牟田には通常の他殺体となってもらい、こちらはアリバイを偽装することにした。



現場は東京都杉並区。撲殺されたのは木牟田盛隆という男だった。容疑者として、亀取二郎という名前がすぐに浮上したが、それがどこのどんな人物なのかは不明。珍しい名前でもあることなので、警察は手当たり次第にこの名前を持つ人物を調べた結果、この件の容疑者として適合しそうな人物をとりあえず四名まで絞った。

どの亀取二郎も、木牟田との関わりを否定した。そして彼らは、木牟田の死亡推定時刻、10月2日の12時から13時までの間のアリバイをそれぞれ主張した。編集者の亀取二郎は、奈良で医師と面会していた。室内装飾家の亀取二郎は、六本木の珈琲店でマスターと仕事上の口論を行なっていた。旅行ライターの亀取二郎は、上野駅を12時6分発の“いわて1号”に乗車し、福島へと向かった。貿易会社員の亀取二郎は、新宿の古書展に出掛けていた。

編集者と室内装飾家のアリバイについては、ほぼそのまま認めてもいいような気配だったが、旅行ライターのアリバイにはどこか作為的なものが感じられ、貿易会社員のアリバイには確固たる裏付けが取れなかった。しかし貿易会社員が左利きであることが判明すると、彼の容疑はやや薄くなった。

そんな折、第五の亀取二郎が捜査線上に現れる。その俳優の亀取二郎は、友人二人と共に神奈川でドライブしていたと主張した。


(亀取二郎の独白)

また面倒なことになった。せっかく強請り屋を片付けたのに、そのネタで別のやつに強請られる羽目になるとは。しかしあいつも馬鹿だね。強請られるのが嫌でその相手を殺したというのに、別の強請り屋におとなしくカネを払うとでも思ってるのかね…。


その刺殺体の主は河合晩介と判明した。金銭上のトラブルで、九州から流れてきた、悪名高い男である。死者は、伸ばした指の先に血文字を残していた。それは己を殺害した人物を名指ししたものであろうか、「王」と読めた。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



鬼貫警部シリーズの一つ。犯人の名前は最初から読者に提示されているが、それがどの人物なのか不明という趣向。しかし、その趣向は大した効果を上げてない。

四名(+一名)の容疑者があり、それぞれのアリバイを検証・調査して、犯人を絞り込んでいくのだが、犯人以外はたまたま名前が同一というだけで、本来は事件とは無関係な人物。そして、犯人の正体を読者に明かすわけにはいかない以上、どのアリバイ調べにも同程度の筆を採る必要がある。つまり、作中に書かれている大半は、事件とはまったく無関係であることを確認し、「そこには何もありませんでした」ということを知るためだけの作業で占められてしまう。

四名の人物が居て、どのアリバイが事実で、どれがトリックによるものかと読者の頭を悩ませる筋書きなのだが、怪しいのはまず旅行ライターだろうと、すぐに目星がつく。しかし残りの三名についても完全に容疑を晴らすわけにはいかないから、一応彼らについての文章を読み進めた結果、やっぱり彼らはまったくの無関係でしたと確認したときの虚しさといったら…。

最も落胆したのは、わざわざ犯人の名前を最初に提示し、それと同名の人物を複数登場させるからには、そこには読者に向けた何らかの大トリックが仕掛けられてるんだろうと期待したのに、何もなかったこと。殺された木牟田盛隆の関係者四名を、それぞれ別の名前で登場させても話の大筋は変わらないし、執筆にあたっては何の支障もないだろうに。同じ名前の人物ばかりを登場させたことは、物語を読みづらくさせるだけにしかなってない。

アリバイが確認できない人物を、左利きだから容疑から外すってのもなぁ。一見成立してるアリバイを信じずに、さらにしつこく調べる割には、なぜその点についてはそんなにあっさり納得するのかと。

中盤でいきなり登場する第五の亀取二郎については、まったく不要。物語を単調にしないための工夫なのだろうが、話を引き伸ばしてるだけに思える。

電車の行先標示板を入れ替えるというトリックには、驚くよりも( ゚д゚)ポカーンとしてしまった。少なくとも本作発表当時には、実際にそれが可能だったのであろうことは疑わないけど、電車がそんな構造になってたとはまったく知らなかった。

第二の殺人では、題名にも使われてる、「王」というダイイング・メッセージが残される。これは「王八」と書きかけたものであり、「すっぽん」、すなわち「亀」、つまり「亀取二郎」を名指ししたものではないか、となるわけだが、これは要るかねぇ…。だって、そんなことは読者にはわかってるんだし。

「犯人に消されるかも知れないから、直接的にではなく婉曲にダイイング・メッセージを書いた」という解釈は無茶でしょ。「亀」が難しければ、素直に「カメ」と書けばいいじゃない。「王」だろうが「カメ」だろうが、どっちにしろ、怪しげな文字が書いてあるのを犯人が見つけたら、意味はわからなくてもとりあえず消すに決まってる。