<りら荘>に滞在した学生たちを襲う連続殺人。死体のそばにはトランプのカードが置かれる。[???]



証券会社の辣腕ワンマン社長が自らの愛した花にちなみ名付けた、ライラック荘。既にそれは他人の手に渡り、今ではライラックの別名を冠した、りら荘と呼ばれ、某芸術大学の寮として使われていた。

その夏、りら荘に学生たちがやって来た。行武栄一、日高鉄子、尼リリス、牧数人、橘秋夫、松平紗絽女、安孫子宏の七名である。美術学校と音楽学校とが統合されてまだ日が浅い大学ゆえか、双方の学生たちはお互いに対してなんとなく相容れないものを持つ傾向があるのだが、多少なりとも彼らにもその嫌いがあった。美術学生からすれば、美術界には世界的名声を得た日本人も多く居るが、音楽などはさほどでもないという優越心を持っていた。しかしそこには、音楽学生などというのは金持ちの道楽だという、苦学生が多い美術学生の妬みと軽蔑が入り混じった感情も絡んでいるのである。将来を嘱望された美術の道から、突然に心境の変化として声楽へと転向した行武といえども、その気質は美術学部に在籍していた頃のままであり、音楽学部の学生とは未だに馴染めなかった。

その連続殺人事件は、地元の炭焼き男・須田佐吉の死が契機となった。その死体の傍には、トランプのスペードのAとレインコートが置かれていた。いずれもりら荘にて前日に失われたと思しき物だった。トランプについてはスペードの札すべてが持ち去られており、もしやこれは別の被害者のために残りの札を使う連続殺人のひとつなのではないかと、行武は推論を披露する。

初めはそれを笑った者たちも、松平紗絽女が、ココアに混入された砒素により命を落とし、橘秋夫が川釣りの最中に、ペンナイフで延髄を突かれて死んだとなると、もうそれを笑えなくなった。現場にはそれぞれスペードの2と3が置かれていた。

りら荘の管理人である園田夫妻の妻のほう、お花さんの死体の傍には当然のようにスペードの4が落ちていた。死の直前の彼女には何か気になることがあったらしく、捜査にやって来ていた刑事にそれを尋ねようとしていた。忙しさのあまりそれを後回しにしてしまった刑事たちは、悔やんでも悔やみきれなかった。

そして二条義房という学生がやって来て、行武がスペードの5の犠牲者となり、安孫子宏が容疑者として逮捕された。二条は名探偵気取りで鼻持ちならない人物だったが、彼はもう事件の真相の九割方を見抜いたと豪語する。しかし少々確認したいことがあると言い残し、りら荘を去った。そしてついに機が熟したとばかりに、りら荘にて、安孫子も含めた面々の前で真相を語ることとなったが、りら荘に到着する直前に吹き矢で殺されてしまう。

事件の解決は、最後の犠牲者である尼リリスが殺され、星影竜三の登場を待つことになる。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



トリックの大家である鮎川哲也ならではの作品であるが、ここまでやり過ぎなほどにゲーム的趣向の強い作品も珍しい。トランプの札が置かれた理由については、少なくとも現代においては基本ネタの部類に入るものだが、それぞれの事件に小粒ながらも様々なトリックが用いられているのが楽しいし、推理のための手掛かりもたっぷり盛り込まれている。

やり過ぎを感じるのは豊富なトリックのみならず、筋書きについても。お花が不審に感じたことを刑事が聞きそびれたり、二条が真相を掴んでおきながら、芝居っ気たっぷりに推理ショーを行おうとしたりして、一度ならずも二度までも余計な死体を増やす結果になってしまう。特に、唐突に登場したと思ったらあっさり殺されてしまう二条については、その存在すら不必要な付け足しの感がある。せめて、最初から作中に登場させておくべきだったのでは。

それが単独に扱われたものなら決して悪くはないのだが、最後の殺人についても付け足し感があるのが少々残念。



[犠牲者たち]

須田佐吉:スペードのA。地元の炭焼き男。その死体の傍には、尼リリスが紛失していたというレインコートあり、盗難犯としても疑われる。コートは松平紗絽女の所持品とお揃いであり、尼あるいは松平のどちらかと間違われて殺された?

松平紗絽女:スペードの2。橘秋夫との婚約を発表。尼リリスのぶんと合わせて、自分で作ったココアを飲んで絶命。カップの中のココアからは砒素が検出される。尼も自分のぶんのココアを飲んでいるが、異常なし。

橘秋夫:スペードの3。松平紗絽女が砒素により倒れた際、川釣りに出ていて不在だった。呼び戻すために行武栄一、安孫子宏、牧数人、尼リリスが手分けして彼を捜索し、川に浸かったその死体を行武が発見。殴打後に赤いペンナイフによる刺殺。Mの刻印がされているこのナイフは松平の所持品である。松平が倒れた際にその傍にナイフが落ち、それがこの刻印がされたものであったと行武が確認しているが、その後、そのナイフが誰に拾われたのか不明。釣果である16匹の鮎のうち、13匹はすぐに傷んでしまった。牧数人に、「もし婚約者が不貞を働いたことを知ってしまったら、君ならどうする?」と相談している。牧が、星空を眺めて大らかな心を持し、相手は赦してやればいいと答えると、橘は元気を取り戻した。

お花:スペードの4。何かに気づいていた。それを知った犯人が、口封じのために殺した? メモに6桁の数字。それを書く際に用いたのは、尼リリスから借りたペン。尼によると、この局番はどこの電話番号なのかと尋ねられたという。警察が調べてみると、それは某商事会社のものだったが、特に事件との関係は見つけられず。

行武栄一:スペードの5。トイレにて、背後から火掻き棒による撲殺。なぜ将来を嘱望された絵画の道を捨てたのか、それについては口を濁して、決して語ろうとしない。酒好きだった彼は、それ以来禁酒しているらしい。ある曲名を尋ねた際、松平紗絽女は「ブルーサンセット」と答え、それを聞いた彼は不自然なほど静かに怒りを湛えているようであった。二条と会話が弾んでいた際にはうっかりしていたのか、勧められた酒に対しては怒るでもなく、特に反応せず。そのペパーミントの酒が入ったグラスを眺めていた彼は、口をつけるや否や、薄荷が嫌いなので他の酒はないかと尋ねていた。

二条義房:スペードの6。りら荘を訪れると、すぐに事件の真相に触れたと主張。「さらば草原よ」というアルゼンチンタンゴが米国で「ブルーサンセット」と呼ばれている事実はあるのか確認すると言い残し、一旦立ち去る。そしていよいよ事件の真相を語ろうと、りら荘に戻ってくるが、その到着間際に毒吹き矢にて殺害される。当時、手錠を掛けられていた安孫子宏が邸内にいたが、吹き矢は両手の動きを厳しく制限された彼にも扱える凶器である。安孫子の容疑はますます濃くなる。

尼リリス:スペードの7。牧数人の恋人。三階から投げ落とされたようであるが、死因は溺死。死に至らしめた物は浴槽の水と同一であると断定。なぜわざわざ犯人が一階の風呂場から三階まで死体を運んだのか不明だが、その作業にはそれなりの腕力を要すると思われる。彼女は色白だが、両親はともに色黒。

<生存者たち>

安孫子宏:連続殺人犯の第一容疑者として逮捕されるも、拘留中に尼リリスが殺害される。

牧数人:尼リリスの恋人。松平紗絽女所持のナイフと同様にMの刻印がされた同型品を所持していたが、それは色違いの物で、いつの間にか紛失していた。松平のナイフは赤であるが、牧のそれは緑である。

日高鉄子:橘秋夫に密かに恋心を抱いており、彼と松平紗絽女との婚約発表は彼女を失意させ、りら荘から離れさせる。事件に興味を持った先輩・二条義房を伴って、りら荘に戻る。二条を殺した矢に塗られていた毒の素らしきトリカブトの根が発見された際、妙な反応を見せる。