朝比奈耕作シリーズ。「金閣寺の惨劇」と「銀閣寺の惨劇」は単独作品としても成立する連作。両方を読むと別の真相が。金閣寺では顔を金色に塗られた死体。銀閣寺ではアルミホイルで巻かれた死体。密室状態のレコーディング・スタジオでの自殺に見せかけた殺人。[??]
「金閣寺の惨劇」
「銀閣寺の惨劇」
※以下の反転表示部はネタバレ注意。
「金閣寺の惨劇」
早朝の金閣寺の境内で、顔を中心に、口の中まで金色の塗料を噴霧され塗り潰された、女の死体が発見された。青酸カリによる毒物死だった。毒物は塗料の中に混入されていたのではないかと思われた。もうひとつの注意を喚起した点は、死亡推定時刻の午前3時の30分前後には、金閣寺の門は閉じられており、68歳の被害者が侵入するのは非常に困難であるということだった。仮に前日の閉門時刻である17時より前から、境内のどこかに10時間以上も隠れていたとするなら、あるいはそれは犯人との待ち合わせであり、被害者がそれほどに会いたい人物が犯人なのだろうか。
探偵としての活躍も知られている作家・朝比奈耕作は、なんとなく疑惑を抱いていた。金閣寺事件の被害者の死亡推定時刻は午前3時。その日の彼はラジオのゲスト出演を3時に終えて、そのまま番組のパーソナリティー・貴島由多佳に誘われ、貴島の宿泊先のホテルの一室で一緒に飲んでいたのだが、その際の貴島の行動に何か違和感があった。3時50分頃、自室に早く引き下がろうとする朝比奈を、貴島は強く引き留め、4時半頃に貴島のほうから話を切り上げた。それはホテルまでのタクシー内での会話を含め、朝比奈に強くアリバイを印象づけているような気がしたのである。貴島が朝比奈の宿泊先として、わざわざ別のホテルを指定したのも不自然さを感じた。何か都合の悪い時間帯には朝比奈を遠ざけておきたかったのではないだろうかと。
朝比奈は貴島との会話の中で、自身の小学校時代の級友のひとり、結子が貴島の妹であることを知っていた。そして朝比奈は彼女と再会した。自然と金閣寺事件の話になり、彼女はその日、奈良に居たと聞かされる。しかし彼女の話のちょっとした点から、あるいは彼女は京都、つまり金閣寺の周辺に居たのではないかと、朝比奈は疑惑を持つ。後に彼は、彼女の死期が近いことも知る。
「新本格」などの作品ばかり読んでると、なおさら内容が薄く感じられる。事件に至る経緯が、登場人物の遠い過去の日々を通じて描かれるが、基本的には「金色のスプレー」という、簡単なワン・トリックに頼った作品。だが、重いものばかり読んでると、こういう軽い(物語的には決して軽くはないのだが)作品もまた良いものだと気付かされるw
「銀閣寺の惨劇」
社会評論家・南雲圭一郎は、何もかもが自分の思いどおりになると信じているような自信家だった。彼の恋人・阿部麻里亜は、そんな彼を愛してもいたが、その束縛を負担に感じてもいて、別れを考え始めていた。そんなとき、彼の知人・駒田からある話を聞く。彼が数ヶ月前にひそかに人を殺したという話だった。
口を滑らせという駒田は、口を濁し、それ以上は語らなかった。そして、今聞いた話は決して漏らさないようにと、麻里亜に頼み込んだ。しかし、後日、段々と我が身の危険すら感じるようになっていた麻里亜は、南雲を社会的に抹殺してしまうしかないと、彼の殺人についての詳細を駒田から訊き出すことにする。
駒田によると、南雲は昔から何度も「蓋然性の犯行」を行なっているのだという。つまり、相手がそれで死ぬ確率はさほど高いわけではないが、もし死んだ場合は偶然の死として片付けられ、犯人には容疑が及ばないというものである。そして、数ヶ月前の殺人とは以下のようなものであった。
米国のロサンゼルスの、とあるレコーディング・スタジオの一室は、内側からロックされていた。このスタジオは内側からロックしたら外からは開けられないという、現在の基準では明らかに欠陥構造なのだが、とにかくそういう構造だった。その部屋で、こめかみを撃ち抜かれた死体が発見されたのである。死んでいたのは、南雲とともにそこを訪れていた、綿貫和則だった。
拳銃は死体の傍に置かれ、右手にもこめかみにも硝煙反応が認められ、弾痕にもまったく問題は見当たらない。拳銃は、そのスタジオにたまたま居たクリスという人物から綿貫が借りた物だった。その際、綿貫はつたない英語ながらも、はっきりと弾丸の装填の有無をクリスに尋ねている。そしてクリスはそれに対して、「イエス」と明確に回答していたことを多くの目撃者が認めている。よって、弾丸が入っていないと勘違いしたゆえの事故とも考えづらい。その動機は不明ながらも、自殺として処理された。ただし、なぜかそのとき、スタジオの電源が入っていたことはちょっと奇妙ではあった。
ロサンゼルスの件については、そのとき同行していた杉山淳子という編集者も疑惑を抱いていて、彼女は朝比奈に相談する。彼女は要点をまとめたファックスを朝比奈へ送り、翌日は面会する約束していたが、その約束は果たされなかった。彼女は死体となって発見された。
舞台は銀閣寺だった。杉山の死体の頭部はアルミホイルでグルグル巻きにされており、まるで銀のスイカのように見えたという。ほんの少し前には、金閣寺で金粉まみれの死体が発見される事件があり、そちらは既に解決していたが、今度は銀閣寺で銀にまつわる死体というわけだった。そこには、いったいいかなる理由が隠されているのであろうか。
銀閣寺の事件はまったくのオマケで、メインはロサンゼルスの事件。そのトリックは、日本語と英語での、肯定・否定の際の相違点に着目したもの。かなり無理がある手口と思うが、蓋然性の犯行なのだから、ありなのだろう。
しかし銀閣寺の事件については、もうちょっと工夫できなかったものか。
この「金閣寺の惨劇」と「銀閣寺の惨劇」は、独立した作品としても成立するが、両者を読み終えると、また別の真相が判明するという構造になっている。しかも、どちらを先に読んでも、最後にどんでん返しが起こる作品、というのが作者の狙い。あとがきに書かれたポイントは二つ。
① 既に解決済みと思われた片方の作品の真犯人が、土壇場ですり変わってしまいます。
② 「金閣寺の惨劇」と「銀閣寺の惨劇」のそれぞれで描かれた殺意の構造のほかに、もうひとつ、背筋が寒くなるような怨念の人間模様が、いきなり浮かび上がってきます。
あまり成功してるようには思えない。序文の煽りで期待しすぎてしまったのか、両者を読了後には拍子抜けした。どっちも面白く読めたのだが…。
①も②も、作者の狙いはわかるのだが、これって、「金閣寺の惨劇」だけ読んだ段階(僕はこっちを先に読んだ。「銀閣寺の惨劇」を先に読んだと想定しても、やっぱりほぼ同様と思う)で充分推測の範囲内であることを確認するだけ。そういう点からは、これはフェアであることに気を使って書かれた作品であるとは言える。
「金閣寺の惨劇」
「銀閣寺の惨劇」
※以下の反転表示部はネタバレ注意。
「金閣寺の惨劇」
早朝の金閣寺の境内で、顔を中心に、口の中まで金色の塗料を噴霧され塗り潰された、女の死体が発見された。青酸カリによる毒物死だった。毒物は塗料の中に混入されていたのではないかと思われた。もうひとつの注意を喚起した点は、死亡推定時刻の午前3時の30分前後には、金閣寺の門は閉じられており、68歳の被害者が侵入するのは非常に困難であるということだった。仮に前日の閉門時刻である17時より前から、境内のどこかに10時間以上も隠れていたとするなら、あるいはそれは犯人との待ち合わせであり、被害者がそれほどに会いたい人物が犯人なのだろうか。
探偵としての活躍も知られている作家・朝比奈耕作は、なんとなく疑惑を抱いていた。金閣寺事件の被害者の死亡推定時刻は午前3時。その日の彼はラジオのゲスト出演を3時に終えて、そのまま番組のパーソナリティー・貴島由多佳に誘われ、貴島の宿泊先のホテルの一室で一緒に飲んでいたのだが、その際の貴島の行動に何か違和感があった。3時50分頃、自室に早く引き下がろうとする朝比奈を、貴島は強く引き留め、4時半頃に貴島のほうから話を切り上げた。それはホテルまでのタクシー内での会話を含め、朝比奈に強くアリバイを印象づけているような気がしたのである。貴島が朝比奈の宿泊先として、わざわざ別のホテルを指定したのも不自然さを感じた。何か都合の悪い時間帯には朝比奈を遠ざけておきたかったのではないだろうかと。
朝比奈は貴島との会話の中で、自身の小学校時代の級友のひとり、結子が貴島の妹であることを知っていた。そして朝比奈は彼女と再会した。自然と金閣寺事件の話になり、彼女はその日、奈良に居たと聞かされる。しかし彼女の話のちょっとした点から、あるいは彼女は京都、つまり金閣寺の周辺に居たのではないかと、朝比奈は疑惑を持つ。後に彼は、彼女の死期が近いことも知る。
「新本格」などの作品ばかり読んでると、なおさら内容が薄く感じられる。事件に至る経緯が、登場人物の遠い過去の日々を通じて描かれるが、基本的には「金色のスプレー」という、簡単なワン・トリックに頼った作品。だが、重いものばかり読んでると、こういう軽い(物語的には決して軽くはないのだが)作品もまた良いものだと気付かされるw
「銀閣寺の惨劇」
社会評論家・南雲圭一郎は、何もかもが自分の思いどおりになると信じているような自信家だった。彼の恋人・阿部麻里亜は、そんな彼を愛してもいたが、その束縛を負担に感じてもいて、別れを考え始めていた。そんなとき、彼の知人・駒田からある話を聞く。彼が数ヶ月前にひそかに人を殺したという話だった。
口を滑らせという駒田は、口を濁し、それ以上は語らなかった。そして、今聞いた話は決して漏らさないようにと、麻里亜に頼み込んだ。しかし、後日、段々と我が身の危険すら感じるようになっていた麻里亜は、南雲を社会的に抹殺してしまうしかないと、彼の殺人についての詳細を駒田から訊き出すことにする。
駒田によると、南雲は昔から何度も「蓋然性の犯行」を行なっているのだという。つまり、相手がそれで死ぬ確率はさほど高いわけではないが、もし死んだ場合は偶然の死として片付けられ、犯人には容疑が及ばないというものである。そして、数ヶ月前の殺人とは以下のようなものであった。
米国のロサンゼルスの、とあるレコーディング・スタジオの一室は、内側からロックされていた。このスタジオは内側からロックしたら外からは開けられないという、現在の基準では明らかに欠陥構造なのだが、とにかくそういう構造だった。その部屋で、こめかみを撃ち抜かれた死体が発見されたのである。死んでいたのは、南雲とともにそこを訪れていた、綿貫和則だった。
拳銃は死体の傍に置かれ、右手にもこめかみにも硝煙反応が認められ、弾痕にもまったく問題は見当たらない。拳銃は、そのスタジオにたまたま居たクリスという人物から綿貫が借りた物だった。その際、綿貫はつたない英語ながらも、はっきりと弾丸の装填の有無をクリスに尋ねている。そしてクリスはそれに対して、「イエス」と明確に回答していたことを多くの目撃者が認めている。よって、弾丸が入っていないと勘違いしたゆえの事故とも考えづらい。その動機は不明ながらも、自殺として処理された。ただし、なぜかそのとき、スタジオの電源が入っていたことはちょっと奇妙ではあった。
ロサンゼルスの件については、そのとき同行していた杉山淳子という編集者も疑惑を抱いていて、彼女は朝比奈に相談する。彼女は要点をまとめたファックスを朝比奈へ送り、翌日は面会する約束していたが、その約束は果たされなかった。彼女は死体となって発見された。
舞台は銀閣寺だった。杉山の死体の頭部はアルミホイルでグルグル巻きにされており、まるで銀のスイカのように見えたという。ほんの少し前には、金閣寺で金粉まみれの死体が発見される事件があり、そちらは既に解決していたが、今度は銀閣寺で銀にまつわる死体というわけだった。そこには、いったいいかなる理由が隠されているのであろうか。
銀閣寺の事件はまったくのオマケで、メインはロサンゼルスの事件。そのトリックは、日本語と英語での、肯定・否定の際の相違点に着目したもの。かなり無理がある手口と思うが、蓋然性の犯行なのだから、ありなのだろう。
しかし銀閣寺の事件については、もうちょっと工夫できなかったものか。
この「金閣寺の惨劇」と「銀閣寺の惨劇」は、独立した作品としても成立するが、両者を読み終えると、また別の真相が判明するという構造になっている。しかも、どちらを先に読んでも、最後にどんでん返しが起こる作品、というのが作者の狙い。あとがきに書かれたポイントは二つ。
① 既に解決済みと思われた片方の作品の真犯人が、土壇場ですり変わってしまいます。
② 「金閣寺の惨劇」と「銀閣寺の惨劇」のそれぞれで描かれた殺意の構造のほかに、もうひとつ、背筋が寒くなるような怨念の人間模様が、いきなり浮かび上がってきます。
あまり成功してるようには思えない。序文の煽りで期待しすぎてしまったのか、両者を読了後には拍子抜けした。どっちも面白く読めたのだが…。
①も②も、作者の狙いはわかるのだが、これって、「金閣寺の惨劇」だけ読んだ段階(僕はこっちを先に読んだ。「銀閣寺の惨劇」を先に読んだと想定しても、やっぱりほぼ同様と思う)で充分推測の範囲内であることを確認するだけ。そういう点からは、これはフェアであることに気を使って書かれた作品であるとは言える。