二階堂蘭子シリーズ。顔を包帯で覆った“地獄の奇術師”が復讐を謳い、実業家一族の皆殺しを宣言する。不可能犯罪。[???]

[被害者及び容疑者]
藤林梅女:藤林家の刀自
藤林明彦:梅女の長男, 故人
藤林祥子:明彦の妻, 故人
藤林義彦:土工建会社(株式会社藤林企業)の社長, 梅女の次男
藤林竹子:義彦の後妻
暮林広美:義彦の長女, 先妻の娘
暮林清美:義彦の次女
暮林秀一:義彦の長男
暮林英希:明彦の長男
暮林順希:明彦の次男, 故人
万釣部亀ゑ門:暮林家の執事
野村福子:暮林家の家政婦
鬼津地紫郎:死んだ?, あるいは“地獄の奇術師”?
久松静江:鬼津地紫郎の婚約者, 故人
屋植教司:考古学者, 暮林広美の元婚約者
絹田次郎:“村山乞食”と呼ばれる浮浪者
横野田徳蔵:フィリピンで戦後22年ぶりに発見された元日本兵
ウイリアム・ジョゼフ・ダマン:カトリック神父
フランシスコ・ジョゼフ・ダマン:ウイリアムの父, エクソシスト, 故人

[警察官]
二階堂陵介:警視庁警視正
大塚道輔:三多摩署署長
中村寛二郎:三多摩署警部
村上郁夫:三多摩署刑事
波川六太郎:三多摩署の検死医
高橋信哉:三多摩署巡査
石山作治郎:派出所巡査

[脇役]
九段晃一:多摩日報の新聞記者
二階堂鏡子:二階堂陵介の妻
朱鶯沢康男:一ツ橋大学教授
貝山公成:喫茶店“紫煙”の店長

[名探偵]
二階堂蘭子:主人公

[記述者]
二階堂黎人:私



暮林家の邸宅たる、通称「十字屋敷」の周辺にて、顔中を汚れた包帯で覆い、片足を引きずりつつ歩き回る不審な男の噂が絶えない時期があった。そして、ある夜、石山巡査長もその目撃者のひとりとなったが、その日以来、包帯男の噂は途絶えてしまう。

そんな怪夜から半月ほどが過ぎたある日、二階堂黎人は義妹・蘭子と、友人・暮林英希とともに、いつものように連れ立って家路を辿っていたときのこと。英希の自宅である十字屋敷の門前に、何か様子のおかしい男を認めると、なんとその姿は噂の包帯男だった。彼は、“地獄の奇術師”と名乗り、英希の叔父・義彦とその家族の命を貰いに来た、義彦がその名を聞けば観念するだろうと告げた。

呆然とする三人を残し、“奇術師”は立ち去った。その後、我に返った三人が、彼を追い掛けようと走り出すと、すぐに彼の背中を視界に捉えた。そこからは慎重に尾行を続けると、彼は防空壕の中へと入っていった。さらに彼を追って入るのは危険とも思われたが、英希は見張りとして入り口に残り、黎人と蘭子は中に入るが、“奇術師”の様子の確認に留めるということになった。

防空壕の中は暗かった。頼りは蘭子の持つペンライトの灯りのみで、慎重に奥へと進んでいった。そのとき、いつの間に背後に回られたのか、“奇術師”に襲撃され、二人は昏倒してしまう。

黎人が意識を取り戻すと、自身の体は固く縛られ、そこには“奇術師”。まるで何かの儀式のように、彼は天井から吊るした少女の死体にナイフを激しく突き立て、顔の肉をこそぎ取った。そして彼の次の標的は黎人たちであった。しかし、いよいよナイフが新たな死体を生み出そうとした、まさにそのとき、それを制止する声。間一髪、英希が助けに来たのである。英希の投げつけた石は“奇術師”には命中しなかったが、相手の矛先を変えさせた。“奇術師”は防空壕の入り口へと走り出し、英希もまたこちらに背を向けて走り出した。黎人はこの隙に蘭子とともに逃げようと思ったが、何か薬物でも嗅がされていたのか、体の自由が効かず、時間だけが過ぎていく。しかし幸いにも、“奇術師”を上手く撒いた英希によって、二人は救出された。

二人が目撃した死体は英希の従妹・暮林清美だった。そしてその死体のポケットには、暮林家の者を皆殺しにするという、“奇術師”からのメッセージが大きく書かれた画用紙と、トランプのダイヤのAが入っていた。

さて、三人は“奇術師”と門前で遭ったときに、小箱を渡されていた。その中には、「キヅチ」と刻まれた指輪をした、左手のミイラが入っていた。思い返してみれば、“奇術師”は常に左手をポケットに入れていた。

義彦は命を狙われる心当たりなどないと頑強に言い張った。しかし「キヅチ」という名を聞いた途端、彼は激しく動揺する。彼にはかつて「奇術師」とあだ名されていた、鬼津地紫郎という友人が居た。しかし鬼津地は親友と言える存在であり、彼を恨むはずもなく、そして決定的なことに、既に戦死しているのだから、鬼津地が“奇術師”であるはずはないというのである。

“奇術師”が誰であれ、犯行は続く。次に狙われたのは、義彦の長女・広美。十字屋敷内で入浴中に襲われるが、悲鳴に気づいた英希が急ぎ駆け付けたためか、軽傷で済んだ。浴槽にはスペードのAのカードが沈んでいた。屋敷周辺は警官が固めていたが、“奇術師”は何処から現れたのかも、何処へと消えたのかもわからなかった。

次は“奇術師”はしくじらなかった。ホテルに逗留していた義彦と、その妻・竹子、長男・秀一の三名が殺された。竹子と秀一は毒殺。現場にはダイヤの3と4。義彦の場合は密室での刺殺であった。現場に残されたカードはダイヤの2。

そして万釣部も、十字屋敷の書斎内で死んだ。3発の銃声を聞き、駆け付けた黎人、蘭子、英希と、屋敷警備に就いていた警官。扉を破ると、中には万釣部の死体と、その傍に拳銃が置かれていた。自殺のようにも見える状況だったが、万釣部の命を奪った弾丸はその銃から発射されたものではないことが判明する。万釣部が“奇術師”を銃撃したものの命中せず、逆に相手の銃弾は見事に命中したものと思われた。現場には当然のように、ダイヤの5のカードが残されていた。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



第一章を十ページも読まずとも、そこにあるのは江戸川乱歩の世界。これは誰の目にも明らかなオマージュ作品だろう。しかしあるいは本作は、単に乱歩風な作品なのではなく、乱歩自身が本来はこのように書きたかった、ひとつの形なのではとも思わせる。つまりあの幻想的な世界の中に、「本格推理」を持ち込んでいるのだ。

尤も、あまりにも乱歩に忠実すぎるためか、犯人に至るまで乱歩風。乱歩をある程度読んだ読者には、「謎解き」の部分は見え見えになってしまう可能性も高いと思われる。実際に、僕はそうだったw すぐに犯人の目星がついてしまい、その視点で読むと、以降のすべての出来事について、発生と同時にほぼ真相を把握しつつ読むことになってしまったが、それは乱歩の作風をそこまで消化した結果であるとして、むしろ称賛したいw 動機は掴めなかったけど…と言うか、あの動機は物語上必要なだけであって、推理するための謎ではないような。

防空壕での背後からの奇襲。大きな文字で脅迫文が書かれた画用紙と、内容は同様ながらも文章が1行分多く書かれた、手帳から切り取ったような小さな紙片。ホテルの一階に到着したときには誰も乗っていなかったエレベーター。複数の銃から放たれた銃弾。