In My Life ☆幸せのカタチ☆ -2ページ目

In My Life ☆幸せのカタチ☆

2009年5月、私達のもとにやってきた赤ちゃんは17週でお空にかえってしまいました。コウノトリを待ちわびながら日々の思いを綴っていきたいと思います。

年末からの風邪をいまだに引きずって絶不調不調起きたくない....

それでも、
今日もおだやかなあたりまえの朝がやって来てくれたことに感謝します。



16年前の1月17日。
あたりまえにやってくるはずの朝はやってきませんでした。

当時、私は神戸の実家に住んでいた。
出勤準備のためそろそろ起きようとしていた早朝の5時46分、
ドーンという山が割れるようななんとも言えない音が轟いた。
その音を合図にベッドから振り落とされるぐらいの揺れがきた。

とんでもないくらい大きな地震がおきたことはわかったけど、
停電し家中まっ暗。。。家の中がどうなってるのかもわからず、
テレビも見れず、どのぐらいの地震だったのかもわからず、、、
それでも、暗闇の中、手探り状態で出勤準備を進めていたら
しばらくして地下鉄が止まっていることをパトカーが知らせに町内をまわってきた。

あの日も今日と同じようにとても寒い日だった。
何がなんだかよくわからないまま居間で家族3人+ワンコでブルブルと震えていた。

郊外に住んでいた私達が市街地の惨劇を知ったのは
電気が復旧したこの日の昼ちかくになってから....
テレビに映し出される被害は予想よりはるかに大きくて目を疑った。

数日後、
実際に変わり果てた見慣れた街を自分の目の前にした時は言葉がでなかった。

会社に行けるようになったのは、地震がおきてから1週間後だった。
代替バスを待つ長い列は被災地ど真ん中の住宅地まで続いた。
倒壊した家の前や、すでに更地となった前にはいくつも花が手向けられていた。
ここでたくさんの人が命を失ったんだ....
そう思うと胸が詰まる思いでその場所に立っていた。

あの地震があと少し遅かったら、出勤途中であったら、
おそらく私は今ここにいなかっただろう。

あれから16年、自分にもいろいろなことがあった。
ダンナと出会い、結婚した。

人生最大の悲しみを経験し、絶望し、
あたりまえの朝がくることが
疎ましいと思ったこともあったけど、
あの日、生かされたこの命だから
どんなことがあっても前を向いて生きていく
それだけはいつも心に留めてきた


だから、
今日もあたりまえにやってきてくれた朝は
とても美しく、まぶしく感じたのでした。



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今年はわたしにとってベベ待ち正念場となる大切な年

そんな新年の幕開けは....

ひどい風邪っぴきで明けましたアンパンマン

この時期、いらぬ風邪をもらわないように神経質なまでに気をつけ、
人の集まるところ、繁華街はさけてまわるぐらいの用心深さなのに
年末を目前にちょっと乾燥気味の居間でうたた寝したら。。。
呆気ないぐらいあっさり風邪ひきましたマスクマン。

しかも、ここ数年ひいたことのないような風邪の諸症状フルコース
おまけにダンナも翌日に高熱でダウン熱
大晦日にふたりして休日診療所へ。
おかげでお正月用品を揃えることもできないまま、
十分な食料品も買えないまま年を越しちゃいました。ガクリ

初詣にも行けず(クリスチャンだけどさ.....)
年明けセールにも参戦できず、
いまだに鼻水ずるずるローションティッシュが手放せない。。。
この歳になると治癒するのもこんなにも時間がかかるのかしらん.....ショック。

そんなこんなでおみくじも引きにいけなかったので
姓名判断でみた今年の1年

わんこわんわん    『大吉』

ダンナニコニコ。   『吉』

わたしニコニコ。  『超吉』!?
     ちょ~~~吉ってこと。めっちゃ吉!スーパー吉!!ハイパーな吉!!!

ここからは
この結果にノッかて超~めでたい1年にしていきたいと思いますキラキラグッド!

松の内も明けちゃいましたが、今年もよろしくお願いします



大空へはばたくような1年
みなさんの1年も超吉でありますように

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2010年も残すところあと1日・・・。

今年はホントに良くも悪くもたくさん泣いたなぁ....泣。

ふりかえってみると、
天使の羽希望天使の羽がお空にかえった2009年もたくさん泣いたけど、
後半は生活環境を変えた引越や、手術なんかでしばらく泣くことも忘れてたような気がする。

年が明けて、やっと手に入れたお気に入りのマイホームを売却し、
なんでも話せると思っていた友達とは自分のなかで大きなわだかまりができ、
我が子をはじめ、自分の大切なものが手からポロポロこぼれ落ちて行くようで
コワかった。。。

物質的なものは諦めがつくのも早かったけど、
友人の言葉はいつまでもこころにグッサリ刺さったままで・・・
なにも我が子を失って毎日がどんなに辛いか苦しいかなんて聞かせたわけじゃない。
めったに感傷的なことは言ったりしないけど、
失ってみて初めてわかるもの、気付くものがあるってことを知って欲しかった...
でも、かえって来た言葉は 『もっと、ラフにいかなきゃ』だった。。。

ラフって・・・ショック。
我が子を失ってラフにいけって?!
って思ったけど、
私自身、ずっと今までラフに生きてきた。
我が子を失うまでは・・・

なんてヒドいこと言うんだい!!
って思ったけど、
経験のない人たちの目には
ここにいない子供をいつまでも想ってることや、
その子が教えてくれたことを語ることは
重く、イタいものに映ってんだね。

そう、この友人は単に正直すぎただけだったんだ。
だけど、はっきり ”そういうのは重い” と言われて
たまらなく孤独を感じた

なんとか気持ちをわかってくれようとしてくれた友達もいたけど
同じ想いをもつ人と話がしたかった。
『重い』も『イタい』も分かち合える人と話がしたかった。

ブログを始めたのはそんなきっかけだった。

全てを記録に残したいと思ったけど、
悲しい記憶をたどるのは思った以上にツライ作業で涙腺決壊状態泣き顔
途中で何度も投げ出したくなったりした。
でもここで、
優しく手を差し伸べてくれる天使ママ
同じ想いですと言ってくれる天使ママ
一緒に泣いてくれる天使ママに出会えた

うれしい気持ちでいっぱいで泣けた。

訪問してくれる中には天使ママになったばかりの人もいた。
きっと悲しみのまっただ中にいることを思うと同じように苦しくなって泣いた。

ジャンプの応援の声に感謝で泣けた。

不安を乗り越えてついに我が子を抱いた天使ママには胸がいっぱいになってまた泣いた。


そんなこんなで
1年中泣いてたような気がするけど、
それは悲嘆の涙ばかりじゃなかった
人の優しさに触れて流した涙だったり、
共感の涙だったり・・・
あったかい涙もたくさん流したぽげムた 嬉し泣き

たくさん泣いたけど、
その涙は前を向いて歩くチカラになりました走る人

そんな涙をくれた方々に感謝でいっぱいですキラキラ
ありがとう~
そして
もうすぐやってくる2011年が素晴らしい1年になりますように黄色い花

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