ダンナとふたりで主治医である女医さんの話を聞くことになった。
羊水はもう完全にない状態で昨日の所見と変わりはないこと。
出血に混じって羊水が出てしまっていたこと。(あの水まんじゅうみたいなのはやっぱり破水していたからだったんだ。)
出血の原因はおそらく妊娠初期にとったポリープの芽からもので、その出血の結果、感染して破水したという話だった。
やっぱりもう何もできることはなかった。
”これ以上、この子を苦しめたくはない。”それしか言えなかった。
私を診てくれていたチームのドクター全員で話し合った結果、
もう心拍はとらないことになった。
これは私の気持ちに顧慮してくれたものだった。
わざわざ話合いの場を設けてくれたことに、正直驚いた。
大学病院では珍しくはない症例の一つとしてでなく、悲しいお産に臨むひとりの患者の立場に立ってもらえたことに感謝した。
今までずっと、
『自分の身に起こることの全てに意味がある
意味のないことなんて何ひとつない』
これまでの辛いことも、悲しいことも意味があって起きている。きっとそれはこの先の糧になることだ。って信じてた。
でも、こんな状況下で今の自分の身に起こってることに意味なんて見出せなかった。
辛い妊娠経過を経て無事出産に辿り着けたならともかく、私にはこれからの悲しい出産しかなかった。
このことに意味があるのなら、
何も考えずのほほんと生きてきたことへの戒めなの?
こんなに悲しい思いをするだけの何か悪いことをしたんだろうか?
すべてに意味があるなんて思えたのは、これほど辛く悲しいことがあるって知らなかっただけなんだろう。
この時の私には、まだ、
ただ悲しく辛いだけの毎日だったとしか思えなかった。。。
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