先日刀剣乱舞に現れた黒ずくめのシュッとした謎刀(ガラスペンの傘のようなもので顔が隠れている)が有村竜太朗っぽい。というわけで有村竜太朗を描いた絵をXに投稿したわけだが、そのポストに「もしかしてアイコン、ハンセム?」と反応を貰えた。嬉しい!このためにアイコンを黒崎隆景にしているのだ。これをきっかけにハンセムのことを思い出して、また聴いてくれる人がいてほしい。そんな願いを込めたアイコンである。この私はいつバズったり炎上するかわかんないしね。(できれば炎上は避けたい) そう言う割に結構鍵をかけたりもしているが、まあそれはそれである。
反応を下さった方とはその後繋がることができた。V系きっかけで知り合えた新人ハンデッドはこれで2人目、どちらも広島本部の方である。広島本部と縁があるな〜。バンギャは黙って福岡支部だと思っていたが、福岡支部のバンギャとはまだ会えていない。
今日は結局在宅にしてしまった。昨夜の時点で出社しない気がしていた。そういう時って絶対行かない。行けたら行く、すなわち行かないってこと。でも明日と明後日は確実に出社しなければいけないので、今日は早寝をしなければ。
そんなわけで在宅で、仕事がもりもり発生したので黙々と作業。途中オンライン説明会のことを忘れていたりしたけれどなんとかなった。
BGMはこの夏よく聞いていた曲たちを垂れ流していた。今年はブッチギリで「Strange fruits-奇妙な果実-」をヘビロテしていたが、次点でリピートしていたのはポルノグラフィティの「暁」に入っているカメレオン・レンズだった。意外!その次にプラの「剥製」の剥製、大江千里の夏の決心と続く。どれも作業中にエンリピしていたものだろう。
カメレオン・レンズは幼馴染のレウコ(20年以上ポルノグラフィティのファン、歌が異常にうまい)とカラオケに行った時に教えてもらった。「きみが好きそうな曲だから推しカプのイメソンにしてくれ」と言われ、私の脳内では速攻プロイルのイメソンになったのである。いつか描きたい。プロイル描けるのかな…。
プラの再生回数で頭ひとつ飛び出ていたのは、今年ツアーがあった剥製だった。そんなにリピートした自覚がなかったので驚いた。
せっかくだから歌詞をじっくり読もう、と読みながら口ずさんでみたら、胸が抉れて、ジワリと泣いてしまった。ライブでは何度もその世界観に圧倒されたが、フレーズが刺さる程度で、ちゃんと歌詞全体を追って内容を考えるところまでは至っていなかった。それでも元々救いのない歌詞だとは思っていたが、想像以上だった。
特に最後のサビの歌詞。
「ゆうるりと滅べば 静かな躯
傷ばかりいっぱいで何を知れたの?」
ここだけ抜き出してもこの辛さは伝わらないなあ。積みあがっていく虚しさと終焉へ向かう苦しさの果てにこれが来るんじゃよ…。
それまで「たのしいことがありますように」「すてきなことがありますように」「うれしいことがありますように」と祈り続けた僕が、夢中で探した蜘蛛の糸さえ切れて、先もなくて、答えも見えない中で傷だらけの心のまま、息を引き取っていく姿が悲しくて…。そもそも「太陽は僕らから過ぎ去った」のだ。冷たい部屋で、色も温度もなくしていく情景。
それでも2人が奇麗な剥製になれたから、さいわいなのだろう。
ツアー最終日だったか「死んでも残る剥製のように、遺したいと思って作った」といったようなたろさんの言葉を思い出し、このアルバムを制作した当時は死というものが心の近くにあったのかもしれない、と思った。そうしたら苦しくて、涙が…なっ!(島二郎)
最後のサビに入る直前の、耳をつんざくギターが忘れられない。ライブで聞くたびに心がちぎれてしまいそうだった。この歌を、あの日あのステージで歌っていたたろさんは、何を考えていたのだろう~。
本当にプラってすごいバンドだ。言葉にするのがこんなにも難しい。美しくて、重くて、暗くて、キラキラしている。冷たくて暖かい。あかくて、あおくて、心臓の音。だから夢中になっているよ。
夏の決心に関してはタイトルを知らなかったが、真夜中に急にサビを思い出して歌詞で検索して朝までリピートしていた。幼稚園かなんかの頃、パラバルーン?みたいな演目の曲がこれだった気がする。
夏休みはやっぱり短い。8月も後半だ。今年の夏もたくさん思い出を作れたかな。
昨夜味玉を漬けて食べたら、夜中に腹痛で悶え苦しんだ。原因が不明。もう一度作ってみよう、と今夜も漬けているが、どうやら味付けに使った生しょうがの賞味期限が1年以上切れているようで、もしやこれが原因なのか?と気付いた。今夜も悶え苦しんだらたぶんそう。苦しみませんように。苦しまなかったら、今後もこのしょうがを使う。
そんなわけで、今日も日没地区を聴きながら寝る。(剥製じゃあないんかい)
お疲れ様でした。また明日。