あいつとは議論にならない、

あいつの話は支離滅裂だ。


難しい議題について議論を重ねれば重ねるほどこういう風に感じることがあるかもしれません。

しかし、自分の話が支離滅裂だと思って意見を言う人などいません。

何か原因があるのです。


相手の事を非難する前に、
相手の事を見限る前に、


このことを確認してみてください。



本当に
あなたとあなたの議論の相手は
共通言語を用いて議論していますか?



お互いが日本語を使っているからと言って、共通言語を使えているというわけではありません。


もっと言うと、


議論で用いているその言語は、
共通の定義の下、使われていますか?



ということです。




そもそも日常生活で用いる機会が少ない言葉は、
双方が正しくその教科書どおりの意味を持って使用しているという保証はどこにも有りません。



議論に行き詰まったら、


その言語、どういう定義で使ってる?


と尋ねてみるのもよいでしょう。



議論は、同じ土俵上で。


自分を含め、話しているうちに、議論の方向がずれていく人が、よくいます。


自分の意見を言うこと、自分の知識や考えを披露することに夢中になってしまうんですね。


確かに知識は尊い。

考えも崇高かもしれません。


しかしそれは適切なタイミングかつ適切な文脈であって初めて意味を持ちます。


So, what?


だから何なのか?と言われることを念頭において口を開けばそれは回避できるかもしれません。


議論の場は、各々が自らの存在意義を確認するためのものではなく

有効なアウトプットを創出する場です。


忘れないようにしたいものです。






何かプロジェクトが発足し、問題解決に向けての話し合いをするとします。
参加者は大きく二つのパターンに分かれます。

1.アイデアマン
  ポンポンと次々に独創的なアイデアを出すアイデアマン
2.ロジカルマン
  マインドマップを作成したり、2軸で切ったり、マッピングを始める、ロジカルマン

前者が右脳思考で、後者が左脳思考の人間です。
右脳思考の人は、いちいちマッピングしたりして図に落として考えるのが面倒だと考えますし、
逆に
左脳思考の人は、ロジカルに考えることによって抜け漏れなく分析できて、結果的に時間はかかっても右脳思考の人よりも実現性の高い、説得力のあるアイデアを発案できると考えます。

この二人が自己主張の強いタイプなら険悪なムードになること必至です。笑

じゃぁ、どちらがいいのでしょうか?


結論を言うと、甲乙付けがたいのです。


右脳派の人のぶっ飛んだ(?)アイデアは貴重なものですし、
そもそもディスカッションは最良のアウトプットを出すことが目的ですから、
それでうまく行けば何も問題ないわけです。

しかし問題が複雑になればなるほど、そういった右脳思考は通用しないことが多々有ります。
そういう時には、問題を解きほぐしていき、解決可能な場所をロジカルにあぶりだしていく
左脳派の思考は非常に有効です。


どちらが良い、ということはありませんし、
右脳(左脳)派だから左脳(右脳)的思考は俺には必要ない!というのも筋違いです。

せっかく人間なんですから、

ある脳みそは全部つかって考えたいものですね。