紫陽花の雨傘
青年は夕立になって仕方がなく雨宿りする事にした。傘を持たずに歩いていると突然の雨に立ちすくんでいた青年あるが偶然にも人家の軒先があった。隠れることにした青年が夕立が過ぎるのを待っていると梅雨には珍しい夕立は自然の誇りを少しだけ洗い流して小道を綺麗にしてくれていた。青年は雨が弱くなってくるのを知って周囲を見回して歩き出すタイミングを考えていた。
「急に雨が降ったけれどこの大きな軒先があったので助かった。」
青年は言った。
「この家には誰が住んでいるのだろうか?」
青年は言いながら人家の様子を伺ったが今は人の気配は感じられなかった。
「雨が止みそうだ。」
青年はホッとしたように言うと少しだけ微笑んだのである。やがて雨が止んで周囲の空気が透き通ったように塵や誇りを浄化してくれると青年は歩き出そうと目を向けた時に近くで紫陽花が咲いているのを見つけたのであった。
「こんなところに紫陽花が咲いている。」
青年は言った。
「小さいけどしっかり地に根をつけている。」
青年は感心したように言うと
「いつまでも綺麗に咲いてください。」
青年は紫陽花に向かって言った。青年が歩き出してその場から帰って行くのを紫陽花の花びらは見ているようであった。
何日か経って青年は同じ場所を歩いているとまた夕立になったのである。
「急に雨が降ってきた。」
青年は言ってから雨宿りをする場所を捜して先日と同じ軒先で時間を過ごす事にした。強く降る雨が時間の経過とともに少しずつ弱くなっていった。やがて青年は紫陽花が咲いていたのを思い出してその方角を見ると紫陽花は今日も綺麗に咲いていた。
「元気そうに咲いていてくれてよかったよ。」
青年は微笑みながら言った。
「また来るからね。」
青年は言うと足早に歩いていったのであった。
更に何日か過ぎて青年は同じ場所で夕立にあったのである。
「今まで晴れていたのに急に雨が降ってきた。」
青年は言うと小走りで軒先に入っていた。
「この場所を通ると必ず夕立になるのが不思議だな。」
青年は言うと不思議に思いながら軒先で雨が止むのを待っていた。今日はなかなか雨が止みそうになく長い時間が経っても雨は強く降り続いていた。
「仕方がないから走っていこうか?」
青年が言った時に傘を差した着物姿の婦人が青年の傍を通りかかったのである。
「雨が止みそうにありませんね。」
その婦人は青年に言った。
「先日の夕立はすぐに止んだのですが今日は止みそうにありませんね。」
青年は言った。
「よかったら私の傘に入りませんか?」
婦人が言うと青年は落着いた大人の女性が微笑みかけてくれるのを青年は素直に喜んで心は弾んでいた。
「ご迷惑ではありませんか?」
青年は照れ婦人に言うと
「どうぞ構いませんよ。」
婦人が微笑みながら言うと青年は素直に微笑んで婦人と視線を合わせたのである。
「ありがとうございます。」
青年が言うと
「どうぞ。」
婦人も微笑んで言った。
「その前にいいですか?」
青年は目線を紫陽花に向けてから言うと婦人も目線を紫陽花をやさしく見たのであった。
「とても素敵な紫陽花ですね。」
婦人が優しく微笑んで言うと
「小さいけれどひっそりと咲いていますね。」
青年は言うすぐにと婦人の傘に入っていた。ふたりが歩き出すのを紫陽花は優しく見守っているようであった。
その日から数日に一度のペースで青年がその場所を通ると必ず夕立になるのであった。そして約束したように婦人が傘を持って現れて軒先で立っている青年を傘に入れてふたりは散歩を楽しんでいた。紫陽花はいつも鮮やかな花びらを青年に見せてくれて婦人はいつも青年に優しく微笑んでくれた。そんな癒しのひと時が青年の心を少しだけ成長させていた。まるで日課のように青年は夕立が来るのを楽しみにして婦人との楽しい時間を過ごしたのであった。季節が終わろうとするある日も青年は婦人と散歩を楽しんでいると
「今日はあなたにお別れを言いに来たのよ。」
婦人が青年に言うと青年は驚いて婦人の顔と目を合わると悲しい気持ちになっていた。
「どうしてなのですか?」
青年が言うと
「今は言えないわ。」
婦人はそれだけ言うと口を閉ざしたのである。
「何かあったのですか?」
青年が言うと
「何もないわよ。」
婦人は落着いた口調で言った。
「時間が経ってひとつの季節が過ぎたとしか言えないわ。」
婦人が言うと青年は婦人を見ただけでその先の言葉が浮かばなかった。婦人が少しだけ寂しそうな表情なのを青年は見逃さなかった。傍でいつも綺麗に咲いていた紫陽花も元気がなさそうに咲いていたのであった。
次に青年がその場所を通った時には不思議な事に夕立が来なかったのである。青年は不思議に思ってしばらく立ち止まっていたが雨は降らなかった。軒先に立って待っていても雨は降らないのが青年には寂しかたのである。
「今日は雨が降らないとは不思議だな。」
青年は言うと傍に咲いていている紫陽花に目線を移していた。紫陽花の季節は終わったようであり枯れた紫陽花の花でひっそりと影を落としていた。青年はその時になってある事に気づいたのであった。
「今更気づいても遅いかな?」
青年が言うと婦人の声がかすかに青年の耳に聞こえてきたのであった。
「だから私が言ったでしょう。」
婦人は優しく言った。
「会えなくなるとはこういう意味だったのですか?」
青年が言うと
「もう別れの季節なのよ。」
婦人が言うと青年にはその婦人の姿が見えたような気がしたのであった。