黄色いタンポポの記憶
その日を最後に青年は奥さんを見ることがなかった。旦那さんも男の子も女の子もいつものように言葉を交わしていつもの付合いをしているのに奥さんだけが姿を見せてくれなかった。ある朝に青年は我慢が出来ずに旦那さんに
「最近奥さんをお見かけしませんね。」
と緊張して言うと
「奥さんとは誰の事ですか?」
旦那さんが首を傾げて言った。
「お宅の奥さんですよ。」
青年は言が言うと
「私の家内ですか?」
旦那さんは言った。
「とても上品で優しい奥さんですね。」
青年が言うと旦那さんは笑いながら
「それはご冗談でしょ?」
と言った。
「冗談ではありませんよ。」
青年が言うと
「私たちは最初から3人ですよ。」
旦那さんは言った。青年は驚いて
「いつもご一緒にいらっしゃいましたよね?」
と言っただけで言葉が出で来なかった。
「妻とは事情があって別れましてね。」
旦那さんは言った。
「別れられたのですか?」
青年が言うと
「私たちは過去を忘れるためにこちらに越して来たのですよ。」
旦那さんが穏やかなに言った言葉が青年の耳には入っていなかったのである。
気がつくと青年は奥さんと散歩をした公園に来ていた。
「あの奥さんはどうしたのだろう?」
青年は言った。
「確かに奥さんはいたはずだよ。」
青年は言った。青年は奥さんと腕を絡ませた感触を今でも覚えていたのである。呆然としていた青年は人の気配がして目を向けると奥さんが優しく微笑みながら立っていたのである。
「奥さん。」
言った青年が言葉を捜していると
「驚かせてごめんなさい。」
奥さんは言った。
「私はあなたの心に呼びかかけているのよ。」
はっきりと響く声で奥さん青年に言った。
「それはどういうことでしょうか?」
青年が言うと
「夏の日にあなたが綿帽子に息を吹きかけて飛ばしてくれましたね。」
奥さんは言った。
「私は秋風に乗って空を飛んで降りた地に根をおろして花を咲かせました。」
奥さんが言うのを青年は黙って聞いていた。
「その花を摘もうとした男の子を諭して摘むのを止めさせました。」
奥さんが言うと青年はその時の事を思い出していた。
「そのおかげで私は生命をつなぐ事が出来たのです。」
奥さんの言葉に青年は驚いていた。
「それならどうして姿を見せてくれないのですか?」
青年は言った。
「いつまでも僕の傍にいてくれても構わないのですよ。」
青年が言うと奥さんは
「それは無理なのです。」
奥さんは言った。
「私の季節はもう終わりになりました。」
奥さんが言うと
「終わりとはどういう事ですか?」
青年は言った。
「次の季節もあなたに会えると嬉しいです。」
奥さんは言ったが最後の言葉は青年に聞こえていなかった。青年は目を凝らして奥さんの姿を捜したが奥さんはいなかった。耳をすましても何も聞こえず公園には青年以外に誰もいなかった。青年の足元には枯れたタンポポがあるだけであった。