黄色いタンポポの記憶 その1
青年は珍しく散歩をしていた。夏の日差しの中に暖かさを感じて蕾が花を咲かせるのを待つように青年の心も嬉しさを隠せなかった。思わず足元を見た青年に早めに散ったタンポポの綿帽子がとても綺麗に見えたのだった。青年はその綿帽子を折って手に取ると
「ふうっ!」
と息を吹きかけたてみた。綿帽子は風に乗って飛んで行った。
「どこまで行くのかな?」
と青年は呟いて綿帽子を見ていた。
「きっとどこかにたどり着いて根を伸ばして花を咲かせるだろう。」
青年はそう言って綿帽子をいつまでも見ていた。
季節は過ぎて翌年の夏に青年は夏の小道を歩いていた。子供たちが遊んでいる声が聞こえても静かな風景は青年の心を和ませてくれた。空が青く澄んでいるのが絵具で書いた絵のように鮮やかであった。
「こんなところにタンポポが咲いているよ。」
男の子の声が聞こえて青年はその声の方に目を向けると。
「黄色の花が綺麗だから折って帰ろう。」
男の子がそう言ってタンポポを摘もうとした時であった。
「やめなさい。」
青年は思わず声を出していた。男の子も周囲で遊んでいた子供たちも驚いて青年を見たのである。
「驚かせてすまない。」
青年は言った。
「このタンポポを折ってはダメだよ。」
青年は優しく言った。
「どうしてなの?」
男の子が言うと青年は
「タンポポは花瓶に入れる花ではないからだよ。」
青年は言った。
「こうして地面に根を張って生きないとすぐに死んでしまうからだよ。」
青年は言った。
「タンポポにもっと生きていてもらおうよ。」
青年は男の子を諭すように言った。
「かわいそうだから折るのを止めるよ。」
男の子は素直な表情で言った。青年は笑顔で男の子をみていた。
冬が過ぎて春になると青年の家の隣にひとつの家族が越してきた。青年よりかなり年上の旦那さんに青年より少し年上の奥さんと夏の日にタンポポを折ろうとした男の子と同じくらいの年の女の子であった。女の子と少し年下の男の子が無邪気な笑顔を見せていた。
「今度となりに越してきました。」
と旦那さんが明るく言うと
「よろしくお願いします。」
奥さんも優しく言った。
「今度私と一緒に遊ぼうよ。」
女の子が言うと
「何処か楽しい場所に連れて行ってよ。」
男の子も言った。その時から青年はその一家と親しくなっていた。青年はその一家と家族のように付合っていた。旦那さんとは友達のように男の子や女の子とは幼児期にかえったように無邪気に遊ぶことが多かった。奥さんとは恋人のように胸が締め付けられる淡い時間を過ごすことが多かった。上品で優しい奥さんに青年はいけないと知りつつも引かれていくのを実感していた。
ある日の事である。
「今日は一緒にふたりで散歩をしませんか?」
奥さんは青年に言った。青年は嬉しかったのだが少し驚いて
「僕と一緒に大丈夫ですか?」
奥さんに言った。
「あなたと一緒に花が咲いている所を歩いてみたいわ。」
奥さんが青年の目を見て言うと
「この先にある公園に行きましょう。」
青年は言うとしくなって心が弾んでいたのである。さりげなく青年に腕を絡ませてくる奥さんがいつもの奥さんではなかった。 公園を散歩してベンチに座ると青年の心は緊張していた。
「一度だけでいいからあなたと歩いてみたかったのよ。」
奥さんは微笑んで青年に言った。青年は驚いて奥さんから目をそらしていた。青年の足元には枯れた花が落ちていた。
「この花の前を知っていますか?」
青年は奥さんに言うと
「私にも解らないわ。」
奥さんは言った。青年は奥さんと目線を合わせてそのまま動けないでいた。