雨のあとに虹 その190 | 開運童子のブログ

雨のあとに虹 その190

「この海岸線は電車に沿っているからゆっくり歩こうよ。」

小さな店で軽食と珈琲を注文したあとに俊之が言った。時々見かける店で焼きそばやソーセージなどを食べているからふたりにはそんなに空腹感はなかった。

「この海岸をゆっくり歩いたことはあとできっと良い思い出になるでしょうね?」

久美子が意味を含ませて言った。俊之は久美子の目を見て次の言葉を捜した。

「寒いけれどふたりで海岸を歩くのは忘れられない思い出になると思うよ。」

俊之は言いながら珈琲を口にした。

「私も忘れられなくなりそう。」

久美子も珈琲を口にして言った。

「この新しいデザインの方が前のより良いよ。」

大介が春香に言った。

「こちらの方が落着いているでしょ?」

春香が言うと

「落ち着いて大人の女性をうまく表現しているね。」

大介は言った。褒められて春香は嬉しくなった。

「もうひとつデザインが出来たらはじめるわよ。」

春香が言うと

「HARUKAーSHIRANIを設立だね。」

大介が言うと

「総武とは別の事業を開始するわよ。」

春香は決心するように言った。

「波の音と言うのは静かなように大きいね。」

俊之は言った。久美子も耳をすませて打寄せる波の音を聞いていた。周囲にはほとんど人はいなかった。北風が冷たく俊之も久美子も身体を少しばかり振るわせていた。太陽が傾き日中の輝きから夕日へと変わっていくのがよく解った。ふたりだけで借り切ったような海であり波であり空であった。その海が静かではあるが力強くふたりを迎えているような錯覚を覚えるのは俊之も久美子も一緒だった。

「俊さんに話があるから聞いてください。」

久美子は決心したように言った。波が静かであるが力強く押し寄せて来た。

「僕にどんな話なの?」

俊之が言うと久美子は一呼吸して辛い表情を浮かべて

「私は春になったら1年間国際協力隊に参加するためにカナダに行こうと思っています。」

と言った。その瞬間に波は大きな音を立てて言葉と共振していた。

「久美ちゃんが1年間カナダへ行ってしまう。」

言いかけた俊之の耳に久美子の言葉と押し寄せる波の音が響きあった。思わず自分の耳を疑った俊之であった。

「トレンドカフェの経営母体であるワールドコミュニケーションズが海外で国際交流などの活動を展開していています。」

久美子が言うと

「世界40カ国に展開しているそうだね。」

俊之は言った。

「ワールドコミュニケーションズの社長からカナダへ行って活動をして広い世界を見てはどうかと勧められました。」

久美子は言った。久美子の言葉は俊之の耳を通貨するだけであった。

「どうしても行かなくてはいけないのかい?」

俊之はそれだけ言うのがやっとだった。

「そんな事はないですよ。」

久美子は言った。

「久美ちゃんの意思で決めた事だね?」

俊之が言うと

「私もカナダで国際交流活動を経験して俊さんのように少しでも広い価値観を持った人間になりたいです。」

久美子は言った。

「広い世界を見る事は良い事だよ。」

俊之が言うと

「そのためには1年海外へ行くのも良いと思いました。」

久美子は言った。久美子の言葉が音楽を奏でるように響いて波の音や沈む夕日が形容しきれない美しさを映し出していた。俊之はその水平線に輝く光と久美子の顔を交互に見つめていた。

「それは今しか出来ない事だと思うよ。」

俊之が言うと

「私も今しか出来ないと思います。」

久美子は言った。

「久美ちゃんは若いからいろいろな事に挑戦した方が良いかもしれないね。」

俊之は小さな声で言った。冬の海は美しく寒かった。夏にはない大人の憂いを映し出して俊之と久美子の心にメッセージを送るようにいつまでも空は赤く輝いて海の青さを変えていた。今の季節には珍しく鳥が一羽だけ飛んでいた。

「OKです。」

監督が言うと声が大きく響いた。

「今日の撮影はこれで終わりです。」

スタッフが言った。

「みなさんお疲れ様でした。」

監督が珍しく優しく言った。少し離れた所で時計を見た。

「少し長引いたね。」

一緒に参加していたメンバーが直子に言った。

「でもこのくらいは当たり前だからね。」

言いかけて直子は知っている顔を見つけていた。いつの間にか現れた翔太が直子の近くに立っていた。翔太は直子に軽く会釈をした。

「笹川さん。」

直子は言うと翔太の方へ寄って歩いて行った。

 純一はビデオが入った鞄を持って歩いていた。オリジナルは家に置いてコピーを持って来ていた。純一は弘子にオリジナルではなくコピーを渡そうと考えていた。待合わせの時間まではまだ余裕がありファーストフォード店で珈琲を飲んでゆっくりしようと考えていた。ファーストフード店の入口に立った純一はふたりほど待っている客を見て振り返ろうとした。

「今だ!」

と言った関口が支持を出すと3人の若者が純一に体当たりをしていた。

「何をする!」

純一は叫んでいた。3人はビデオが入ったバッグ抱えて走っていた。

「スピードを出して走り抜けろ。」

関口は言った。

「泥棒!」

純一大声で叫んで追いかけていた。周囲の人が純一を見た時には4人の姿は近くになかったかなり遠くであった。純一は必死になって走った。純一が3人を見失いかけた時に道端にバッグが落ちているのを純一は発見して痛いた。純一は急いでバッグの中を見とビデオだけが抜かれていたのである。

「私は胸が張り裂けそうでした。」

久美子は電話の向こうにいる育子に言った。

「久美ちゃんも落着いてね。」

育子は優しく言った。

「私は俊さんの顔を最後まで見られなかったです。」

久美子は涙声になって言うと

「辛くても通らなければならない試練だからね。」

育子が言った。

「それは解っています。」

久美子は言ったが他に言葉が出てこないのである。

「高村さんは普通の男とは違うからきっと乗り越えてくれると思うよ。」

育子は確信して言った。