雨のあとに虹 その128
俊之と久美子にとっていつになく心地よい朝をふたりで迎えた。久美子が目を覚ました時には当たり前のように自然な形で目が覚めたていた。俊之のために朝食を作るのは楽しいと思えるのは久美子が持つ不安が少しずつ消えている事を意味していた。俊之が目を開けた時には今までにはない安らぎを感じていた。家庭を持つとはこういう事なのだと思えるほど自然な空気が周囲に漂っていた。
「おはよう。」
俊之が言った。久美子は俊之の声に振り向いて
「今日は珈琲がおいしくできましたよ。」
と言った。
「いい香りだね。」
俊之は言うと珈琲の香りに酔っていた。
「春香さんがご馳走してくれた料理はボリュームがあったから野菜を増やしたよ。」
久美子が言って差し出した野菜やフルーツは俊之の目を引いた。
「おはようございます。」
久美子が言うとひとみも
「おはよう。」
と言った。久美子が出勤した時にはひとみは仕事に取り組んでいた。ふたりは周囲には何事もなかったように振舞っているが久美子もひとみも昨夜になって突然総武の白仁正樹に会った時の事は鮮明に脳裏をよぎっていた。ひとみは自分が大きな誤解をしていた事に加えて改めて榊原の策略に利用されていた事に気づいて悔しい感情が込上げてきた。だからと言って榊原だけが悪いわけではない。ひとみは貴志と田所に面識はないが斉藤弘子には麗子が亡くなった直後にはよく会って話をしたのだった。斉藤弘子が何かを企んでいるのかは解らなかった。
「開店の時間になりましたよ。」
久美子が言うと」
「そうだったわね。」
ひとみは我に返って言った。
「すぐにオープンですよ。」
小百合が言った。
「それではみなさんよろしくお願いします。」
ひとみが言うとフロアーに音楽が流れてお客が入って来た。
俊之はゆっくりと静かな公園を散歩していた。俊之にはこれからしなければならない事が多くなっていた。矢島の仕事はしないといけない。総武のトップになれば相当な覚悟をして望まないといけない。春香はともかく父親の正樹にあそこまで言われて俊之は断れなかったのである。俊之が総武のトップになる事を承諾したのは短い時間の中で考えての答えであった。あの場にいた全員が証人と言える状況で俊之は総武に来る事を明言した。これからどのような状況になるかは今ここで考えても答えは出ないのだ。俊之は目の前にあるベンチに腰を下ろして目を瞑っていた。俊之に少しだけゆったりした時間が流れていたのである。
「高村さん。」
と自分を呼ぶ声に我に返った俊之は頭を上げた。目の前に立っている上品な女性が榊原の妻である多恵子であった。
「これはご無沙汰しております。」
俊之はすぐにいつもの笑顔を作って言った。
「私も真相が知りたいです。」
久美子は休憩時間になるとひとみに言った。
「堀川さんには直接関係がないのよ。」
ひとみが言うと
「私にも関係があります。」
久美子は言って珈琲を口につけた。
「堀川さんも嫌な思いをするかも知れないのに良いの?」
ひとみが言って紅茶を飲むと
「そんなのは構いません。」
久美子は言った。
「春香さんや育子さんも早く真相が知りたいでしょうね?」
ひとみが言うと
「俊さんや店長を辛い目にあわせた原因をみんなが知りたいと思っているはずです。」
久美子は言った。
「堀川さんは強いわね。」
ひとみが言うと
「俊さんや店長に比べれば軽いですよ。」
久美子は言った。
「春香さんは責任を感じているみたいね。」
ひとみが言うと
「こうして何人もの人が苦しい思いをしていたのですね。」
久美子は言った。狭い控え室にいたふたりはお互いを見つめていた。
「長い時間だったわ。」
ひとみが言うと
「先を見て前向きに考えましょう。」
久美子が的確に言った。