雨のあとに虹 その109
「それ!」
俊之は言って賽銭を投げた。
「入ったね。」
久美子は言っては賽銭が箱に入るのを目で追っていた。ふたりは目を瞑って手を合わせると夫婦にも見えるのだった。ここは都内有数の神社である。例年の初詣客は常に日本一であった。その混雑の中でふたりは新年を特別な雰囲気を肌で感じていた。遊園地で新年を向かえて朝までアトラクションを楽しみながら時間を過ごしふたりは夜明けの珈琲を飲んでからここに来たのである。
「凄い混雑だね。」
俊之は言って行列の中で周囲を見回した。
「混んでいるけど楽しいですよ。」
久美子は言った。
「お正月はいくつになっても楽しいからね。」
俊之が言うと久美子は
「俊さんは何をお願いしたの?」
と言った。
「去年より今年が良い年になるようにね。」
俊之は言った。
「それが一番良いですよ。」
久美子は言った。
「久美ちゃんは何をお願いしたの?」
俊之が言うと
「それは内緒ですよ。」
久美子はおどけて言った。
「それはずるいよ。」
と俊之が言うが
「ずるくないですよ。」
と久美子も言った。心穏やかな時間がふたりを包み込むように流れていた。俊之は行列から少しはずれて横道へ行くと
「こちらの道が空いているよ。」
と言った。久美子はなんとなく気が進まなかったので
「その道は止めましょうよ。」
と言った。特に理由はなかったが霊感のようなものを久美子が感じたためであった。
「この道を歩いた方がいいかい?」
俊之は言った。
「もう少し人混みを歩いてみたいの。」
久美子が言った。
「それも良いね。」
俊之は言って道をまっすぐに歩こうとすると久美子が
「そろそろお腹が空きませんか?」
と言った。
「そういえば空いてきたね。」
俊之は言った。
「せっかくだから何か食べて行きましょうよ。」
久美子が言うと
「何か食べたいものはある?」
俊之は言った。
「ラーメン屋さんに入ってみたいです。」
久美子は言った。久美子は以前からこういうところで食事がしたかったのである。ふたりが歩き出してすぐに俊之が行こうとしたわき道から千晴が歩いて来た。千晴の後ろには俊之の妹である静江と夫の純一も一緒であった。もう少しで俊之と顔を合わせるところだったのだ。
「どうしてあの道を通りたくなかったの?」
俊之は言った。
「少し嫌な予感がしたからです。」
久美子は言った。
「嫌な予感?」
俊之は言って首を傾げた。
「何となく女の感ですよ。」
久美子は言った。
「あれ!」
千晴は少し歩いてから後ろを降り向いて言った。
「どうしたの?」
静江が言うと千晴は
「ちょっとね。」
と言った。
「どうかしたのか?」
純一が言うと
「何でもないよ。」
千晴は言った。千晴は純一も静江も置いて今来た道とは方角の道を足早に歩いて行った。俊之のか顔を見たような気がしたのだった。俊之の横には自分とそんなに年が離れていない若い女性が一緒に歩いていた。
「おじさんを見直したよ。」
千晴はそう言うと今来た道を戻って行った。