雨のあとに虹 その108
初日の出が東の空から少しずつ顔を出してきた。水平線から差し込む光が神々しくさえ見えている。その光が射す方向から飛んで来た飛行機はロンドンのヒースロー空港から新東京国際空港への直行便であった。飛行機は空港に接近して水平飛行から着陸態勢にはいった。日本が誇る2代航空会社のひとつが所有して運営するジャンボジェット機である。事故が少なく経営も健全なこの日本広域空輸は国内便の安全と高品質なサービスには定評があり国際便も同じクオリティを維持していた。定刻より5分ほど遅れてA滑走路に着陸した飛行機には神々しいまでの威厳と余裕があった。お正月のサービスに追われる空港職員はとても忙しくしていた。到着ロビーに乗客が降りて来ると一段とにぎやかになるのだ。30代半ばの春香はその中でも気品に満ちていた。身のこなしなどから高い教養も窺われて周囲の人間とは違う雰囲気を持っていた。横には夫の大介が居るが春香の影に霞んで見えるほどであった。
「失礼しました。」
春香は言った。前を歩く人に接触しそうになったのである。きちんとした言葉を返す教養を身につけた春香は日本の土を踏むのはこの春が来れば3年ぶりであった。
「長いフライトに疲れなかったかい?」
大介は優しい言葉を言ったが春香は
「これくらい大丈夫よ。」
と言った。
「入国手続きは向こうだよ。」
大介は言うと
「帰って来たのね。」
春香は言った。ふたりは所定の手続きを済ませて大きなカートを引きながら空港の外に出て行った。外には50歳を少しばかり過ぎた紳士が高級車を止めて春香を待っていたのである。
「春香さん。」
男は言った。
「田中さん」
春香が言うと田中進は
「お帰りなさい。」
と言って深々と頭を下げた。春香は
「お正月なのにごめんなさいね。」
と言って労いの言葉をかけるのを忘れなかった。
「ありがとう。」
大介も田中に言った。
「とんでもありません。」
田中は言った。
「3年ぶりね。」
春香は懐かしそうに田中を見て言った。田中進は3年ぶりに見る春香が一段と成長している事をすぐに理解した。
「大介さんもお車へどうぞ。」
田中は言った。荷物を入れてから春香と大介は高級車にゆっくりと乗り込んでいた。田中が運転する高級車は静かに走り出してスピードを上げていった。高速に入り空港から遠ざかると少しずつ都心に近づいてくるのが解った。春香は少しだけ窓を開けて久しぶりに日本の空気を吸込んでいた。
「懐かしい。」
春香が言うと
「3年ぶりの日本だからね。」
大介が言った。何とも形容できない懐かしさがあり春香は嬉しかった。
「気が済むまで空気を吸ってください。」
田中は言った。春香は目を閉じて空気を吸い込んでいたがおもむろに携帯を取り出して耳にあてた。呼び出し音がしてすぐに相手が出た。
「笹川さん。」
春香は言うと
「春香さん!」
翔太は言った。
「お正月なのにごめんなさいね。」
春香が言うと
「気にしないでください。」
翔太は言った。
「予定通りでしたね。」
翔太が言うと
「飛行機が遅れなくてよかったわ。」
春香が言った。
「ご帰国を待っていましたよ。」
翔太が言うと
「落着いたら早めに会いましょう。」
春香が言った。
「なるべく早く会いたいですね。」
翔太が言うと
「私も笹川さんに早く会いたいわ。」
春香が言った。
「積もる話もあります。」
翔太は言った。
「高村さんにも早く会いたいわね。」
春香は言いながら全身からエネルギーが出て来るのを感じていた。電話を切った翔太はすぐに関口に電話をかけた。
「いよいよ本格的に力を借りる時が来るぞ。」
翔太が言うと
「任せてください。」
関口は言った。翔太は春香の帰国が誰よりも待ち遠しかったのであった。