『幸せになる秘訣』 | wai blog~日々是安泰~

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先日手に入った五日市剛さんの小冊子。



 『しあわせの気づき』の中に素敵な詩が載っていた。


10年以上前、秋桜さんという当時82歳の女性のブログに書かれていた亡き母の教え

『幸せになる秘訣』


とっても良かったので、ご紹介したい。



 

以下、引用。

 

『幸せになる秘訣』

 

だれかに善きことをしてもらったら

けっして忘れないようにしましょう

 

だれかに悪しきことをされても

それは忘れておしまいなさい

  


同様に

誰かに一度でも愛してもらったことは

けっして忘れないようにしましょう


それはあなたの永遠の宝物なのです

 


だれかを一度でも愛したことがあったら

それは忘れておしまいなさい


それは相手にあげたプレゼントなのです

その愛はすでに相手のものであって

あなたのものではありません

 


有形のものでも無形のものでも

もらったものに感謝し

与えたものはさっぱりと手放すこと

 


それが幸せになる秘訣ですよ

 

 

Simplog

 

以下、五日市さんの言葉。

 

「ふつう誰かに悪しきことをされたら、ムカムカ、くよくよするものですが・・・

 

逆によいことを「してもらった」場合は、

つい気付かなかったり、忘れてしまいがちです。

 

誰かに「何かしてやったこと」は

小さなことでもよ~く覚えているのにね(笑)

 

相手に「してやった」とか「やってあげた」といいますが、ほんとうは、自分が勝手にやっているだけなんですね。

 

思い返せば、悩み多き学生時代の僕は、

相手にあげたものにいつまでもこだわり続け、

逆に相手から受けたものにには感謝するどころか、気付いてもいない・・・。

そんなことがしょっちゅうだった気がします。

 

どんなに、良いことをしても、または人を愛しても、相手に見返りを求めたら、幸せ感が薄まるような気がします。

 


見返りを求めれば求めるほど、幸せというものを感じる心の感性が鈍くなるんでしょうね。

 


もらったものに感謝し、

与えたものはさっぱりと手放せる人に

不幸な人なんているでしょうか?

 


これが、「どうしたら幸せになれますか?」という問いに対する答の一つかもしれませんね。」

 

Simplog

 

耳が痛い言葉。

 

多くの人が、自分がしてあげたことにこだわり続ける。

あんなにしてやったのに!

に対して、期待通りのものがかえってきたら、まぁトントン。


ただ、トントンだと満足しないのが人の心。

それ以上をどこか期待している。

 


自分が思っているような形で返ってきたなら、

まだいい。

そうじゃなかったとき、してあげたことの喜びはどこかへ吹き飛び、恨みつらみだけが残ってしまう。

 


そういうことって、今まで何回もありませんでした?

 

 

私が20代の頃、介護の仕事をしていて

職場の方も、お客さんも、ほぼ私より年齢が上だった。

 

なので、私を孫や娘のように思ってくれて

それはもう有形無形関わらず様々なものを「いただいた」

 

その度に、何か、返さなくては!

と思いながらいた時

母より年上の上司の方に言われたのだ。

 

「私たちに返さなくていいのよ。

いつか誰か他の人に、同じようにしてあげて」

と。

 

その時に思った。

 

してくれたから、その人に何か返さなくちゃ。

という考えは

逆を言えば

私が何かしたら、それなりのことを返してね。

ということ。

 

ギブ&テイクであることを求めていたと。

 


でも、人生の先輩たちは、そうじゃないことを知っていた。

ただ、そうしてあげたかっただけ。

それで、おしまい。

 

相手がそれに対して、どうするかは、相手の自由だし求めていない。

 

よかれと思ってしたことで、相手が嬉しそうに笑って「ありがとう」と言ってくれたならば

それ以上何を求めるのか。

 

 

そして、もう一つ、心にずっと残っていたことを思い出した。

 

当時、息子が介護放棄して、トラブルを抱えるおばあちゃんへの対応で悩んでいた。

 

正論で何か解決策を探す私に対して

「子供を育ててみないとわからないことがあるのよ」

と呟いた上司。

 


当時は私がまだ若いからわからない、という意味かなって思っていたのだが

そういうことではないのだろう。

 


母親からの子供への愛というのは、

多くの場合、無償の愛なのだ。

 

母親は子供に、見返りを期待しない愛を与え続ける。

もちろん中には、将来面倒見てよね、という期待をどっぷり込める人もいるかもしれないが。

 

 

介護放棄して、どうしようもない冷たい息子だったとしても

母親にとっては、やはりかわいい息子だということ。

 


その感覚が、当時の私は頭ではわかろうとしても

わからなかった。

 

今ようやく、そういうことだったのかな、とわかりかけている。

 

「あんな息子と一緒に暮らして、なんて不幸なおばあちゃんなんだろう。

私たちが救ってあげたい。

おばあちゃんを幸せにするんだ。

息子さんをぎゃふんを言わせて改心させてやりたい。」

きっと、私はこんなことを思っていた。

 


でも、今は

「おばあちゃんは、息子と暮らせて幸せだったのかもしれないな。」

って思うのだ。

 

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見返りを求めない愛を与え続けられる人生。

愛を与え続けたい人のいる人生。

 

幸せはやっぱり、自分だけのオリジナル。

 

他人にはわからなくていいのだ。

 


この詩でいろいろなことに気が付けた気がする。

 

人生の折り返しをすぎ、あの素敵な上司のように

さっぱりと与えることのできる人になりたい。

徐々にね。

 

wai


同じく小冊子の中のおすすめのお話。

あの世に持っていけるもの