日本航空123便墜落事故当日私が聞いた航空機のエンジン音

 

1985年8月12日 私は20代だった。

当時、長野県北佐久郡軽井沢町で勤務していた。

 

夕刻18時半ころだったと思われるが航空機が超低空で飛行する大きな大きなエンジン音がした。

私のイメージだが、大型機が真上を通過する音に聞こえた。

ちなみに軽井沢地域はおおむね1000メートルの標高があるので正しくは

標高1000メートル程度の高度を飛んでいる航空機のエンジン音だ。

 

この地域で航空機の音がすることは無いので、同僚と「さっきの音なんだろう」と話したのを覚えている。

 

しかしながら公式発表の123便の飛行経路には長野県上空は飛行していないことになっているのが今でも実に不思議である。

 

羽田を出発した123便は相模湾→伊豆半島→焼津あたりで旋回し山梨→大月→横田基地→埼玉県を通過→18時56分に御巣鷹山に衝突したことになっている。

 

当日の19時過ぎだったか、中軽井沢近辺のお寿司屋さんに食事に行った。既にそのころは寿司店のテレビから「日航機行方不明」と伝えていた。寿司屋の大将は「高崎の方に落ちたらしいよ」と言っていたのを覚えている。

 

翌早朝から、146号線を北に走行する自衛隊の車両を目にした。数百台レベルの車両数である。幌の中に自衛官が大勢載った車両もあれば、通信用車両と思われるパラボラ型の折り畳みアンテナを搭載した車両、いわゆる軍用ジープのような形状の車両など様々だった。

 

あれから40年近くになるが、毎年この時期になると、あの音と自衛隊の車両の光景を必ず思い出す。そして40年も経過すると事故自体が風化され覚えている人が少なくなってきた。

 

事故にあわれた方々のご冥福を心からお祈りしたい。